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Deckard's Movie Diary index|past|will
友人と二人で前の回が終わるのをドアの外で待っていた時、エンドタイトルが流れていると思われる辺りで80年代のノリの良いヒットソングが聴こえてきたので思わず友人に「こんな曲を使ってんのかよ・・・なんだかなぁ・・・」とボヤいてたのですが、2時間後・・・この曲がこんなにも哀しく胸に響いてくるとは思いませんでした。とにかく辛い映画でした。その生い立ちからなのか、人より大きな夢を抱き続けた為に歯車の狂った一人の女性の人生。地道に働き、慎ましい生活を選ぶことも出来たかもしれないのに、傍からは妄想としか思えない大きなコトばかりを口にして、いつのまにか連続殺人犯になってしまったアイリーン。ラスト、有名になりたかったアイリーンは最終的には皆から注目を集める存在になったのですが、法廷でのアイリーンのふてぶてしい態度もその心情を慮ると・・・本当に心に痛い映画でした。アイリーンが他のシリアルキラーと一番違う部分は動機です。殺人に絡む感情に“快楽”とか“妙な信仰”とかは一切無く、あるのは防衛と復讐と理想と欲望が入り混じった複雑な肉体的な女心(女性の肉体を持っているだけで生じる様々な出来事に絡む心模様)なんだと思いました。そして、当然ですが、その女心は“男”のオイラには理屈としては理解出来ても、実感としては一生分からないモノなのでしょう。そんなオイラでも、この映画は心に痛く、切なく、哀しく響く映画でした。辛く感じた要因のひとつは、シャーリーズ・セロン演じるアイリーン・ウォーノスの容貌が、最後の最後までキッチリと“娼婦”そのものだったからのような気もします。それは、女性監督(パティ・ジェンキンス)だから描けたような気がしてなりません。男性監督の演出だったら、どうだったんでしょう?おそらく観客に「最後は可愛く見えるのよねぇ・・・」な〜んて印象を与えるような甘い演出をしたんじゃないでしょうか?常に不安定な精神状態の主人公を恐ろしいほどのテンションで演じきったシャーリーズ・セロンは間違いなくアカデミー賞に値するでしょう。もちろん、相手役のセルビーを演じたクリスティーナ・リッチも素晴らしいのですが、これは監督の演出の的確さもあると感じました。また、セルビーの性格づけ(自立心に欠け、自己表現力にも欠け、それでいて自己防衛本能だけはしっかり持ち合わせている若者@copyright by ぶらん丼)は映画の中では説得力のあるモノですが、実際にはどうだったんでしょうか?実際は“タイラ”という名前らしいですから、名前を使わせなかったコトを考えても思うところがあるのでしょう。この手の映画ではついて回る問題ですが、第三者の無責任な感想としては、この映画を観ることが出来て良かったとしか言えません。余談ですが、かの『テルマ&ルイーズ』もこの事件にインスパイアされた作品だったそうで、そう聞くと驚くと共にちょっと複雑な想いが頭を過ぎりました。
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