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2001年04月10日(火) Dearフレンズ

1949年4月10日、当時の厚生省が、
「4月10日は婦人の日」と
制定しました。
1998年に、名称が「女性の日」と改められたそうですが。
それに因んで、デミー・ムーアが自らプロデューサーとなり、
あらゆるスタッフに女性を起用することにこだわった、
「Dearフレンズ」を御紹介します。
大昔のイタリア映画だかフランス映画だかで、
「女だけの都」というのがありましたが、
見ていないものは取り上げない主義なので、
興味を抱きつつも、
「まあ、そういうことで」にさせていただきました。

Dearフレンズ Now and Then
1996年アメリカ レスリー・リンカ・グラター監督


原題は「NOW AND THEN」とのこと。
安直に、「少女版スタンド・バイ・ミー」だと、
公開当時はよく紹介されていましたが、
私は正直言って、「スタンド・バイ・ミー」より好きです。
あの映画も好きは好きなのですが、
誤解を恐れずに言えば、
「あ〜あ、男って気楽でいいわよね」と思ってしまうのです。
逆にいえば、この「Dearフレンズ」は、そういう意味では
あんまり男性にお勧めできない映画かもしれません。
「ウザい」「タルい」と一蹴される可能性が高いです。
それを言ったら、性別を問わず、「スタンド…」が好きという方には、
評判がよくない作品かもしれないのですが

「スタンド・バイ・ミー」と決定的に違うのは、
4人(数まで一緒!)の少女が成人してからの模様も、
かなり重要なウェートを映画の中で占めているところです。
これが「ウザい」原因でもありますが、
ただ昔を懐かしむだけの映画でないということは、
原題「NOW AND THEN」からも察せられるとおり。

ところで、思ったのですが、この4人って数字は重要です。
なぜならば、群像劇であると同時に、「2人と2人」に分けられます。
奇数だと、バランスが難しいんですよね。
私は学生時代、女子生徒が7人(村の分校みたいですが)
という環境にいて、いつも何となくはみ出していました。
もちろん、3人と2人と2人という分かれ方だって可能ですが、
3人だと、うまく自分の身の置き所を確保できないという人間もいるのです。
私が「そう」でした。
で、別に1人でいるのも気楽で苦にならないからと、
何となく単独行動をとることが多かったのですが、
担任教官に、「君はどうも浮いているなあ」と言われました。
他人に合わせてマイペースを崩すよりも、
「浮いている」方が気楽という人間もまた存在するということを、
ぜひわかっていただきたかったのですが、
以後、どこに行っても私が自分のキャラクターとして
自覚するものとなりました。

この映画の4人の場合、
ギャビー・ホフマンとトーラ・バーチ、
クリスティーナ・リッチーとアシュレイ・アストン・ムーアが
何となく「ペア」でした。
ちなみに、それぞれの成人後は、
デミー・ムーア、メラニー・グリフィス、
(町を出て、作家と女優になる)
ロージー・オドネル、リタ・ウィルソン
(町に残って、医者と専業主婦)
が演じていましたが、
まだ細かったクリスティーナ・リッチーが巨体のロージーに、
(最近のクリスティーナって、かなりぽちゃっとしてきましたね)
ぽっちゃりしたアシュレイが細いリタになるあたりに、
妙なリアリティーを感じました。
リタのお産が間近なところに、
町を出た2人が帰ってくるという設定でしたが、
久々の再会で、ぎこちなく接しているのを見て、
「おっ」と思いました。
幾ら仲のよかった友達でも、
そうそう「昔に戻ったみたい」とはいかないのが
普通ではないでしょうか。
「この映画、当たりかもしれない」と思えたのは、このときです。
リアリティーだけが映画の真価ではないし、
ウソっぽいほどのファンタジーも嫌いではないのですが、
少なくともこのときは、細部のリアリティーが
すごく小気味よく覚えたのは事実です。

ところで、4人のうち、成人してからをリタ・ウィルソンが演じていた
アシュレイ・アストン・ムーアの名前が思い出せず、
検索して調べてみたら、
大抵は個人で運営している映画批評のサイトでしたが、
この映画、評判悪いんですね。びっくりしました。
大かた「少女時代だけでいい」というような調子でしたが、
もしもそういう映画だったら、
私がちょっと「アカン」かったかもしれません。
子供のころのきらめきやときめきを振り返る大人、
というのはよく使われる手法ですが、
この映画は、そんな中でも処理がうまいと思うのです。
(劇場版「フランダースの犬」を見にいったら、
ネロのガールフレンドだったアロアが、
修道女スタイルでいきなり出てきたのにはぴっくりしました。
そこまで彼のことを思い詰めていたのね……と、
オールドファンなら思うシーンです)

おバカな70年代ファッションで登場するギャビー・ホフマンの母親役を、
ロリータ・ダビドビッチが演じていました。
州知事とストリッパーが恋に落ちる実話がベースの「ブレイズ」で、
ポール・ニューマンと愛をはぐくむストリッパー役でしたが、
あの映画が大好きなので、その後の彼女の伸び悩みが残念でなりません。
ほかにも案外豪華キャストだったようですが、
「ジャニーン・ガロファロウ※、ハンク・アザリア」と言われても、
「え、どこに出てた?」としか言えないのが残念です。
ハンクは、家を出て行ってしまうギャビーの父役だったかもしれませんが、
本当に、全く覚えていません。
そんな中、出演シーンは長くないのですが、
無精髭だらけのベトナム帰還兵を演じた
ブレンダン・フレイザーのがっしりした首元が、
すごく存在感がありました。
小汚い格好でも、少女たちは「どこかカッコイイ男性」に敏感で、
みんなで大人ぶって彼に接し、吸えないタバコを無理にふかし、
ちょっとはすっぱな口を利いたりする姿がかわいかったです。
実際は、そんなことがあったわけでもないのに、
「私にもこんな日があったんだワ」と、当時28だった私は思いました。
もうすぐ33になる私は、その28歳当時の私を、
「年寄りぶりたい年頃だったからねえ」と冷静に見る始末です。
人間、適当な年齢になると、基本的にはそうそう成長するものではないけれど、
自分の変化に驚いたり、呆れたり、感心したりってあるものです。
実際、映画の中のデミー・ムーアも、お世辞にもうまいとは言えない演技で、
自分は一体大人になったのか?というような戸惑いを、
少しだけ子供に戻って、親友たちに打ち明けていました。

結論。この作品と「スタンド・バイ・ミー」は、結局テーマが全く違います。
並べてどっちが優れているか劣っているかを論じるのは、
お互いの「不幸」につながるだけという、
至極当然なところに帰結しました


ユリノキマリ |MAILHomePage