気ままな日記
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2008年06月16日(月) 優先席付近では…

 電車の中での光景である。
ひとりの男性が乗ってきて、優先席に座った。わたしが座っている座席とは、通路を挟んだボックスシートである。
 彼は腰かけるなり、大声で隣人の女性に曰く、
「すいません。優先席では携帯の電源切ってください。ペースメーカーつけてるんで、止まっちゃうと怖いんです」
 と自らの胸を押さえて見せる。
 彼女、無言で携帯をバックにしまう。(ただし電源まで切ったかは不明)。
 彼からは、「ありがとう」とお礼の言葉。
 次の駅でも、携帯を開いて画面を見つめたままの客が、何人か乗り込んできた。そして、吸い寄せられるように、くだんの男性の座っているシートの方に近づいていく。
 再び、「お願いします!」「ありがとう」のやりとりが始まる。
 無関係の人が、「電源切れよ。ここは優先席の近くなんだぞ」などと言うと、カチンと来る人もいるかもしれないが、ペースメーカーをしている本人自らが頼んでいるので、皆一様に素直に、カバンにしまうなりしている。
 初めのうちは、同じボックスシートに座った人限定で注意していた彼だったが、段々気になり始めたらしく、そのうち、5メートル以内にいる人々に向かって、同じことを呼びかけ始めた。その声、さらに大きく、悲壮感さえ漂っている。
 電車が駅に到着するたびに、これが繰り返されるので、見ているこちらの方が、なぜかひやひやとした気分になり、
「来るなああ、こっちへ来ないでくれー」と、携帯を手にした若者に向かって、心の中で念じ始める始末。
 優先席付近では、携帯電話の電源をお切りください、というステッカーが貼られているのだし、車内でも、そのように放送されている。命にかかわることなのだから、彼の主張は、もっともなこと、わたしたちが無頓着なのである。
 それなのに、このいたたまれなさは、なぜだろう。
 彼の言い方が、切羽詰っていたからというわけでもなく、実は私のカバンの中で、携帯はずっと電源入れっぱなしだったから、というわけでもないらしい。
 悪意でないにしろ、というか、悪意ではないからこそ、自分の無頓着さ、うっかりぶりを、このように大衆の面前で大っぴらに咎められてしまった人に対する、共感じみた感じ、といったらいいのか。
 電車の中のように、見ず知らずの人々が、なるべく関わりあわないように、摩擦を起こさないように、視線を合わせないように過ごしている空間で、その空気を打ち破り、自分の要望をはっきりと口にするということに対して、わたし自身慣れていないせいかもしれない。
 彼が電車を降りていったあと、ホッとしたのは、わたしだけではないような気がする。

 もしもわたしが、彼の立場だったら、きちんとあのようにお願いができるだろうか。
 例えば、右隣に座った人が、親切そうな雰囲気の人だったので頼んでおいて、次の駅で乗ってきて左隣に座った人が強面だからといって、遠慮して何も言わなかったら、先の右隣が、「は? なんでわたしにだけ」と気を悪くするかもしれない、などとくよくよ悩みそう。心なしか、その間、動悸鳴り止まず……。
 いずれにせよ、心臓に悪いことこの上ない。そうなってくると、なんのためのペースメーカーだか、わかったものではない。
 心臓が強くないと、できないことである。


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