囚はれのシネマ日記
DiaryINDEX|pastwill


2006年05月10日(水) 切腹ごつこ

三島由紀夫の自作・自演映画『憂國』のDVDを観る。
切腹の場面があまりにもリアルらしいのでおそるおそる観る。
といつてもこの映画はとても抽象的な作り方をしてある。
小説『憂國』では麻布のしもた屋での軍人の新婚夫婦の生活が細かく描かれてゐるらしい。
だが映画では能舞台に見立てられたセットで、サイレントで、白黒で、生活とは無縁のかたちで愛と死の儀式のみが描かれる。
サイレントなので三島自身が毛筆で巻紙に書いたクレジットがところどころで入る。
(フランス語版・英語版・ドイツ語版では巻紙にそれぞれの言語でやはり三島自身が書いた毛筆が入る)
そして30分ほどのこの儀式のあひだずつとワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」が流れてゐる。
物語は昭和11年2.26事件にまつはる。
新婚であるがゆゑに仲間から決起にさそはれなかつた武山中尉は、こともあらうかその仲間たちの鎮圧を命じられる。
国と友との板ばさみになつた彼は最愛の妻との死を選ぶ。
まづ帰宅した中尉を妻が迎へ、雪をはらひ、ふたり橋掛かりのやうな廊下を渡つてくる。
そして儀式の舞台となる能舞台のやうな黒白の部屋に入る。
部屋には三島自身が揮毫した「至誠」といふ文字の大きな掛け軸だけがかかつてゐる。
蒲団もちやぶ台もなにもないその部屋で夫婦は最後の愛の交歓をし、中尉の切腹を妻は見届け、死化粧をした妻も短刀で喉をつく。
ラストシーン、いつのまにか自死した中尉と妻は黒い血だまりではなく、海の波が渦巻くやうな白い石庭に重なり横たはつてゐる。
とても清らかで安らかな表情で。
この石庭のラストシーンはいいちばんはじめに撮つたさうだ。
妻の白無垢はまだ血だまりを歩いてはゐず、血しぶきも浴びてはゐず、汚れなき清らかさでなければならない。
三島由紀夫と兄弟の契りを結んだ堂本正樹(この映画の演出)著『回想 回転扉の三島由紀夫』によれば、切腹シーンのリアリティを出すためホンモノの豚の臓物を使つたと言ふ。
三島がそれに拘つたさうだ。
同様に軍服や軍帽にも相手役にも拘つたさうだ。
スタッフの談によれば豚の臓物ははげしく臭つたさうだ。
そして腐らないやうにホルマリンに漬けておいた臓物の冷たさのためか、三島は寒い寒いと言つたさうだ。
この映画がアートシアターで劇場公開されたのは1966年。
日本で公開される前にフランスのツール短編映画コンクールに出品され、惜しくも優勝はしなかつたが2位に輝いた。
妻役の鶴岡淑子がとても好評だつたといふ。
たしかに清楚で能面のやうにあでやかな表情がとてもいい。
三島の死後、この映画のプリントは遺族により焼却された。
三島映画は封印されて幻のアート・フィルムになつてしまつた。
けれど遺族なきあと三島邸の三島夫人の茶箱のなかからネガ・フィルムが発見されたといふ。
それも完璧な保存状態で。
この映画のやうな切腹を三島由紀夫はなんどもなんどもイメージしたことだらう。
そして温泉に行つてはしばしば裸で堂本正樹の言ふ「切腹ごつこ」をしたことだらう。
切腹はもはや遊びの域を超えて切望になつてしまつたといふことだらうか。


m.m |MAILHomePage