囚はれのシネマ日記
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2006年04月30日(日) 秘密の花園

北千住のシアター1010へ唐十郎作『秘密の花園』を観にゆく。
主演は三田佳子、松田洋治、大澄賢也。
共演は金守珍、大久保鷹、十貫寺梅軒らの状況劇場のOBに「頭脳警察」のPANTAも。
演出はNHKのディレクターでもある三枝健起。
舞台は日暮里の坂の下の安アパート。
その安アパートに住むキャバレーの女給(三田)と恋人(松田)との純愛を軸にしたドラマ。
けれど女給には夫(大澄)がゐるし、恋人はシス・コン(姉恋ひ)である。
女給と姉はそれぞれ一葉と双葉といふ名で三田佳子がひとり二役で演じる。
ここまででもかなりややこしい筋書きである。
さらにこの日暮里の坂では、ブレーキのきかない自転車で坂を下る競走とやらがかつて行はれ、その競争で大怪我をした大久保や十貫寺、医者のPANTAが絡んで筋をいつそうややこしくする。
さらに恋人の姉は女だてらにその自転車競技で死んだ「日暮里のねえさん」であるやうなのだ。
舞台はアパートの部屋と「御不浄」と坂の三つの場所によつて構成されてゐる。
坂はちやうど能の橋掛かりのやうな感じ。
坂をオートバイやら徒歩で下つて来た人間が、つぎつぎに女給の部屋へ上がりこみ、ふたりの恋に花を添える。
しかし女給の恋はなかなか成就せず、ふいに破滅へと急展開をみせる。
それは「御不浄」での首吊りといふ衝撃的なシーンによつて。
このシーンで突如大音響でながれるのはブラームスの弦楽六重奏 第1番 変ロ長調 作品18の2楽章。
ルイ・マルの『恋人たち』で使はれたあの曲でありました。
第一幕のラストシーン、御不浄、首吊り、ブラームス、この三位一体でわたしは背筋が寒く、鳥肌が立つやうな感じになつてしまつた。
そうか、そうだつたのか、唐十郎はやはり凄い、詩人だ、浪漫派だ。
第二幕の見せ場は水。
嵐が来て日暮里の坂下は大水になる。
窓をあけるとホンモノの雨が大波のやうに押し寄せる。
(唐十郎の芝居にはいつも水が大道具として使はれる)
そこから船を出して恋人は女給と逃げやうとしたのだつたか…
それとも生まれてくる前の子供たちの国へ遡らうとしたのだつたか…
なにしろ話の筋が入り組みすぎてゐるし、早口で怒鳴るのでセリフも聞きとれないし、あまりにも雨がはげしすぎるし。
水のごとくほとばしるイマジネーションに観客の方はついてゆけない。
でもこんな愛らしい女給のセリフは入つてきた。
「未来の国で恋人同士の女の子と男の子は一緒にこの世に送りこまれないの。だから女の子は港で男の子に言ふの。「わたしはいちばん悲しいものになつて待つてゐるから、あなたはきつとわたしを見つけてくれるでせう」つて」。
いちばん悲しいものになつて待つてゐる…
なんとうつくしいセリフではないでせうか?
唐十郎は少女的感傷をもそなへた幻想派作家なのだ、きつと。
その唐十郎、カーテンコールで呼ばれてずんぐりと観客席から舞台にあがつた。



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