囚はれのシネマ日記
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2006年03月25日(土) カテドラルをめぐつて

窓の鎧戸を開けると今朝のベルンは晴れてゐる。
ベル・ビューのレストランからの眺めはうつくしい。
このホテルはとてもサーヴィスが行き届いてゐて、部屋に薔薇を活けてくれたりチョコレートを置いてくれたり、従業員はみな感じよく挨拶してくれたりする。
朝食もいままででいちばんゆたかで美味しかつた。
この山と川の眺めが部屋から見えたならもつと幸福だつたのに。
もしもう一度ベルンに来ることがあるなら、奮発してこのホテルのバルコニーつきベル・ヴューの部屋を予約したい。
しかし、たぶんそれはないだらう。
旅人にとつて人も町もホテルも一期一会のものなのだ。
ホテルをチェック・アウトする前にカテドラルへ行く。
カテドラル近くの通りでは土曜の朝市が出てゐる。
果物屋、チーズ屋、花屋、ソーセージ屋、パン屋、ケーキ屋、エスニック料理屋。





ヨーロッパの旧市街はすべてカテドラルを中核に広場があり、噴水があり、そこから小路がのび、小路には住居や店がひしめいて人間の営みがある。
それら旧市街は城壁や自然の要塞である川や山によつて守られてゐる。
そんなヨーロッパの旧市街がわたしの「趣味」かも知れない。
さてベルンのカテドラルのてつぺんまではスイス一の高さをほこる100mで、344段の階段をのぼる。
晴れた日にはベルナーアルプスまで見渡せるさうだ。
途中ステンドグラスのなかを昇天してゆくやうな感覚におそはれながら、また激しい風によろけながら塔の尖端までのぼる。
尖端では恐ろしくてとてもカメラどころではなかつた。
ヒッチコックの『めまひ』みたいな眩暈を感じる。
ベルンの町並みはとてもよく見渡せるけれど、アルプスは見えず、だつた。









いつものやうにお昼ごろベルンに別れを告げる。
そして列車で1時間ほどのローザンヌへ向かふ。
ベルンまではドイツ語圏だつたがローザンヌからはフランス語圏。
ゆゑに列車のなかはドイツ語で金属的にしやべり続けるおばさんと、フランス語で甘くささやく美しい娘と、日本語でぼそつと話す私たち、といふ言語のポリフォニーが生ずる。
やがて車窓の左手に白い山と青い湖が太陽のひかりを浴びてくつきりとした陰影を映し出す、天使がその翼で描いたやうな風景があらはれる。
レマン湖だ。
雪をかぶつたアルプスとその水をたたへた青いレマン湖。
ローザンヌは傾斜地にある街なので、そのアルプスとレマン湖が街のあらゆるところから眺められる、稀有なうつくしさに恵まれた街だつた。
しかし私たちのホテルからは旧市街のカテドラルのそばではあるが、レマン湖もアルプスも見えない。
見えるのは(またしても)巨大スーパーマーケットCOOPとスイスの大手スーパーマーケットMIGROSとバス通り。
これは安い料金だけあつて失敗だつた。
フロントの女性は無愛想だし部屋は狭いして安つぽいし、で。
なぜカテドラルに拘つたかと言へば、ローザンヌのカテドラルの鐘楼からは22時から深夜2時の間はいまだに肉声で「いま何時だぞ」と時を告げてゐると、あるテレビ番組で見たからなのだ。
番組ではその鐘楼係の仕事を取材し、ローザンヌの町を紹介してゐた。
そのホテルの部屋にゐると気がめいるので私たちは、湖の方、ウッシー地区へ歩いて降りて行つた。
坂道をおよそ20分を歩いて草臥れたころ、ふいに目の前がぱーつと明るく開ける。
雪をかぶつたアルプスを背景に青いレマン湖がひろびろと水をたたへ、湖畔は市民の憩ひの場になつてゐたのだつた。




土曜日なので湖畔はローザンヌ中の市民が集まつたかと思ふほど賑はつてゐた。
そして私は自分の間違ひに気づきつつあつた。
ローザンヌでは旧市街よりレマン湖畔を選ぶべきだつた、と。
この眺めを前にしたら人工的な街がなんとちつぽけに見えることだらう。
私たちは湖畔のシャトー・ホテルのカフェをしばらく動けなかつた。
しかしあのみすぼらしいホテルにも発見はあつた。
夜になつて外へ出たら、意外なことにカテドラルがライトアップされて闇に黄金に浮かびあがつてゐたのだ。
私はそれをほんの100m先に発見した。
そしてまた夜の浅い眠りのなかで短い大声を2度聞いたやうな気がする。
それが鐘楼で時を告げる「いま2時だよ!」だつたのかも知れない。
あるいはただの酔つぱらいのわめき声だつたのかも知れないけれど。



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