囚はれのシネマ日記
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2006年03月23日(木) ベルン到着

お昼ごろにホテルをチェック・アウトしてタクシーを呼んでもらふ。
今日は列車でベルンへ移動する。
タクシーの運転手さんはとても紳士的で親切な人だつた。
観光都市のタクシーの運転手の役割をよく認識してゐる人だ。
駅へ着くまでずつとゆつくりした英語でルツェルンのことを話してくれた。
「あなたたちは日本から来たのですかか?」「ええTOKYOからです。」
「川岸の**教会を見ましたか?素晴らしい教会でルツェルンの市民はみなカソリックなのです。」
「2月にはカーニヴァルがあり賑わひました、まるでベニスのやうに。」
「ベニスのやうに!」
「駅の隣のコンサートホールを見ましたか?素晴らしい建築物です。ベルリンフィルも演奏に来ました、音楽祭があり…」
「知つてゐます。ルツェルン音楽祭ですね?」
「知つてゐるのですか?」
そんな風になんとか会話らしきものが成り立つ。
駅へ着くと何番線の列車に乗ればうつくしい雪景色を見ることができると詳しく教へてくれた。
教へられた通りの列車に乗り約1時間半でベルンに到着。
ベルンは街全体が世界遺産なので埃まみれの歴史がぷんぷんと匂ふ。
すごーくくすんだ色の中世の街だ。
タクシーでホテル・ベル・ヴュー・パレスへ。
隣にある立派な建物は連邦議事堂で、ホテルも堂々たる建物。


わたし達の部屋はベル・ヴューとは言ひがたいけれど窓からは旧市街やカテドラルが見えた。








 
さつそく街歩きへ。
ホテルを出てまつすぐ行くとベルン名物アーケードに突き当たる。
そこにはまたしてもCOOPがある。
(ふたたび)われらが行く手につねにCOOPあり。
ベルンの街は駅から旧市街を東西に横切るメインストリートがあり、それを4つのエリアに分けて名づけてゐる。
シュピタール通り、マルクト通り、クラム通り、ゲレヒティクカイト通り、と。
もつとも古い地域は東端のゲレヒティクカイト通りであり、町が大きくなるにしたがつて塔の位置を西へ移動して行つたと言ふ。
したがつて西端にある駅のあたりは新開地といふことになるだらう。

          




はたしてそのアーケード街の駅寄りはアメ横のやうでありごちやごやと店が並んでゐる。
歩いてゐる人もアメ横のやうなおばさんおじさんが多い。
デパート、スーパー、パン屋、チーズ屋、肉屋、洋服屋、時計屋、チョコレート屋、カフェ。
しかし駅から離れ東へ進むにつれてアーケード街は銀座並木通りのごとく洗練されて行く。
それはウィンドウ・ディスプレイに反映される。
つまりより歴史の古い通りがより洗練された町並みになつてゐるわけであります。
メインストリートのど真ん中には1218年から時を刻んできた時計塔があり、前述のやうにかつてはここが町の西の端だつた。
この時計塔は毎時56分にぜんまい仕掛けのからくり人形が動き出す。
そして塔の頂上では毎時00分に黄金の鐘つきジャックが金槌でゴンゴンと鐘を叩き出す。
さすがに時計の国スイスの首都らしき光景!
それを見やうと時計塔の前にはいつも人が集まつてくる。





時計塔が夕刻の6時のパフォーマンスを終へたのち、私たちは日本料理屋へ直行した。
カウンターの中で日本人らしき板前さんが寿司を握り、インド人らしき人が揚げ物をしてゐるのが見える。
接客は日本人の女性だつたのですごーくホツとする。
私たちは春巻きとお寿司を食べ、ビールとお味噌汁を飲んだ。
味噌汁は8スイスフランでビール3.8スイスフランよりずつと高い。
春巻も8スイスフランでお寿司はなんと42スイスフラン。
1スイスフランは約92円なので約4000円といふことになる。
日本料理はなんて高いんでせう。
でもそのお味はこのうへもなく美味しゆうございました


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