囚はれのシネマ日記
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寮美千子さんの『楽園の鳥 カルカッタ幻想曲』を読んだ。 今年の泉鏡花賞を受賞した小説で2001年3月から2002年4月まで公明新聞に連載されたもの。 523ページもある長大な作品だ。 なぜ読もうと思つたかと言へば2〜3年前に明治学院大学で行はれた朗読会で寮美千子さんの朗読を聴き鳥肌が立つたことがあるからだ。 そのときは寮さんが小説家であることすら知らなかつた。 詩人の小池昌代さん、蜂飼耳さん、歌人の田中槐さん、石井辰彦さんらも出演した朗読会だつた。 寮美千子さんは最初に朗読した。 すたすたとマイクの前に行き、なんら臆するところなく、なんの気取りもなく朗読をした。 ジーンズの上下を着て髪を短く刈りこんだ男子のやうな人だつた。 9・11のテロをモチーフとした詩だつたと思ふ。 その朗読はいままで聴いた歌人たちのものと大きく違つてゐた。 たぶんエモーションの表現の仕方なのだらう。 ぜんぜん自己陶酔的ではないのに(ないのでと言ふべきか)聴く人を幻惑させるような妖しい演技力があつた。 役者のひとり芝居を見てゐる感じに近いかもしれない。 朗読はあつと言ふ間に終はり、わたしはあつけに取られた。 その朗読会では四方田犬彦さんの猥褻すれすれの朗読にも度肝を抜かれた。 歌人のやつてゐる朗読がいかにもお上品で幼いと感じられた瞬間だつた。 そのときの感想を当時「さるさる日記」に書いたら寮さんは読んでメールを下さつた。 朗読会のお知らせをその後も何度か下さつた。
わたしはこの『楽園の鳥』を読んでゐる間中、ヒロインのミチカ(未知花と書く)をあのときの寮美千子さんに重ねて読んだ。 それはほぼピタリと合はさる気がした。 わたしはヒロインのミチカとバンコクを、カルカッタを、ヒマラヤを旅した。 この途方もないエネルギーの持ち主でありながら孤独の牢獄を怖れるヒロインは作者の分身だと思つた。 そうでなくてこんな痛みにあふれた作品を523ページも書きつづることが出来るはずがない。 そしてそんなことが出来てしまふ寮美千子さんのエネルギーに圧倒され羨ましく思つた。 奇しくも帯にはあの四方田犬彦さんの言葉が刻まれてゐる。 「かくも華麗に夢見られた 地獄というものがあっただらうか これは香り高き南国の花に飾られた 夜の果ての旅の記録である。」
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