囚はれのシネマ日記
DiaryINDEX|past|will
「フランス映画への旅」の最終日はふたつの作品を見た。 まづ三島由紀夫の小説を映画化したブノワ・ジャコ監督の『肉体の学校』。 そしてヴァレリア・ブルーニ=テデスキ監督デビュー作で主演の『ラクダと針の穴』。 ヴァレリア・ブルーニ=テデスキはフランソワ・オゾン監督の最近作『ふたりの5つの分かれ岐』に主演してゐる女優でもある。 イタリアの資産家の令嬢であるらしいが、ふつうの庶民的な女の子、といふか世間知らずのおばさんといふ感じでもある。 映画もなんとなく世間知らずの蛮勇で作つたといふ印象だつた。 ところどころに奇妙なおかしさがただよふけれど、全体としてうすぼんやりしてゐる。 だいたい自伝的な映画はあまりおもしろくないものだ。 それにしても超お金持ちといふことをもつと生かす手がいくらでもあるだらうにと思ふ。 でも女優としてはいいのかも、あのおつとりし過ぎたところとか。
『肉体の学校』はやはり原作と比べるとよくないやうに思つた。 三島に敬意をあらはしたのだらうが、和をしつらへた室内装飾とか日本料理屋の「テリヤキ」と「シャブシャブ」は感心しない。 そんなものが日本料理の真髄であるはずがない。 イザべル・ユペールは陰影のある表情でとてもよかつた。 『ピアニスト』のあの歪んだ中年女の表情にはおよばないけれど。 しかし愛人役の男優ヴァンサン・マルチネスが決定的によくなかつた。 どこにも美青年の傲慢で野性的な存在感がない。 ただ阿呆で幼稚なニイチャンなだけ。 ほかにゐなかつたのかなあ、若いころのアラン・ドロンとかヘルムート・バーガーみたいな野卑だけれど高貴な役者が。 『ピアニスト』のブノワ・マジメルとの共演で見たかつた。 イザベル・ユペールはもう50歳を超えてゐるはず。 その歳で顔の巨大スクリーン・アップと裸はつらからうと思ふ。 まだまだ美しさを死守してゐるけれど。 ふつうに言へば西洋人の50代女性はおぢさんおばさん(←造語・男女の区別がつかない存在)になつてしまつてゐる。 そしてそのやうなおぢさんおばさんが厚化粧をするとどういふことになるか? 答へは老けたオカマ。 どちらも怖いもの。 (この項、続けて考察したし)
|