囚はれのシネマ日記
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パソコンがなくなつてみると日々がゆつたりと過ぎてゆく。 情報の洪水がダムでせき止められたからだ。 さういふときは久しぶりに読書でもしやうかと思ふ。 どうせ青あざのために外出できるやうな顔でもないし。 そこでもう一度E・イェリネクの『ピアニスト』を読みさらに感心した。 どうしてこんなに病んだ世界をこの音楽的な文体で書き上げることができたのか? 邦訳ではあれど、まるで繰り返し聞きたくなるピアノソナタのごとし。 この小説がポルノであるといふ批判に対して「この小説はポルノ以外のすべてです」と作者は言つたさうだ。 たしかにこの小説はモラルをまつたく踏み外してゐる、ただし未だかつてあり得なかつたやり方で。 「ジェンダーの転換」といふやうな批評家用語では説明のつかない、なにか激しく破壊された精神世界を感じとつて揺さぶられる。 自伝的要素が濃いと言はれる作品ではある。 自伝的要素をもとに、さらに容赦なく想像力をふくらませて残酷なフィクションに仕上げ、読者をかどわかし、おのが来歴に復讐する。 そんな創作者としてのしたたかさを感じる。 結局のところわたしはこの作家の文体のなみなみならぬ緻密さ、ふしだらさ、優雅な感じ、そのすべてをひつくるめて好きにならずにはいられない。 ウィーン気質つてなんだつたらう? ハプスブルク家の、シューベルトの、シェーンベルクの、クリムトの、ウィトゲンシュタインの、ウィーンフィルの、第三の男の… あ、退廃したあでやかさかも。 わたしはこの小説のウィーンといふ街にエリカ先生とともに数日間行つてきた、といふ気がしてゐる。
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