囚はれのシネマ日記
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こなれの悪い日本語を327ページも読んだせいか風邪をひいてしまつた。 最初はのどの痛み。 つぎは鼻づまり。 つぎは咳こんこん。 どんよりと頭の重い日々。 こなれの悪い邦訳ではあるけれど作者イェリネクの顕微鏡のごとく「書く」執念にひきずられるままに『したい気分』を読了。 つづいて『ピアニスト』を読書中。 こんな世界は誰にもマネできない。 こんな露骨で切実な表現をよくぞ思いついたものだと感心する。 『ピアニスト』は抑圧的な母親によつてエリート教育をしいられた娘が中年になつてもまだ他者のノーマルな愛し方を知らず、マゾヒスティックに自分をいたぶる。 俗に言へばさういう話でこの小説は自伝的要素が含まれると言ふ。 現実のイェリネクはコンピュータ会社の社長と結婚し、詩や戯曲やシナリオや小説を書き、音楽祭の演出をし、と頭脳的に大いに活躍し、オーストリアの国民的な作家であるらしい。 とても冷静でバランスがとれてゐる、と感じる。 この作品世界では作者の執拗な拡大鏡のやうなことばによつて現実が大きくデフォルメされ映し出される。 ネット検索で『ピアニスト』をうまく要約したことばを探すうちに「マチズム」といふのに行きあたつた。 「マチズム」=「マッチョイズム」=「男性優位主義」らしい。 そしてこの「マチズム」は「ナチズム」にも通じるやうだ。 すべての抑圧的なもの。 ヒロイン・エリカはウィーンの音楽界でのマチズムに適応するべく男性として育てられた。 だから彼女は青年ワルターの愛に歪んだ欲望でこたへる。 そのやうに映画ではよくあることだが愛の問題に終始してゐた。 でも小説にはもつとごちやごちやしたその都市の、その国の救ひのなさが切々と描かれてゐるやうに思ふ。 ああ音楽の帝都ウィーンなのに。 ちやうど『したい気分』がオーストリアの労働者階級の救ひのなさ、ブルジョワに属する所長のあくことのない欲望、その妻の性の奴隷状態…さういふものに立ち向かつてゐたやうに。 これを読むかぎりオーストリアつて国は瀕死の白鳥なんだ、さう思ふ。
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