囚はれのシネマ日記
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| 2004年07月22日(木) |
セビージャはカルメンのやうな女 |
写真はセビリアのスペイン広場
きのふの夕刊にアントニオ・ガデスの訃報が出てゐた。 癌のためマドリードで死去、67歳。 つい1週間ばかり前に彼の出た『カルメン』のDVDを見た。 83年の作品なのでガデス46歳のとき。 彼はスペイン人にはめずらしく中年になつても太らなかつた。 フラメンコ・ダンサーのスラリとした体形を維持してセクシーだつた。 『カルメン』はカルロス・サウラ監督でクリティーナ・オヨス、ギターのパコ・デ・ルシアも共演してゐた。 けれどこの『カルメン』はあまり好きにはなれなかつた。 カルメン役の若い女優よりクリスティーナ・オヨスの方がずつといい女だ。 ガデスが演出する劇中劇『カルメン』と同時進行する「カルメン」のやうな現実の恋といふ演出も凡庸な印象だつた。 ゴダールが『カルメンのやうな女』を撮つたのも同じ83年。 この映画は女優も非現実的なうつくしさでユニークな作品だつたと思ふ。 2003年にスペインのビセンテ・アランダ監督が撮つた『カルメン』はたぶんもつとすごい、そんな予感がする。 なぜならわたしはきのう飯田橋のギンレイホールでその予告編を見てきたばかりなのだ。 カルメンを演じる女優もドン・ホセを演じる男優も完全にトランス状態にあるやうに見えた。 しかしなぜ「カルメン」はかくも繰り返し繰り返し作られるのだらう。 あの『白鳥の湖』のマシュー・ボーンも「カルメン」をアレンジしたミュージカル『ザ・カーマン』を作つたし。 1875年パリ・オペラ・コミーク座初演の歌劇『カルメン』から2004年現在まで創作者のたましひをゆさぶり続けた。 たぶんカルメンは誰にとつても永遠のファム・ファタールだからだ。 不実で淫乱で自由で誰のものにもならない、女のなかの女だからだ。 男はカルメンのやうな女に出会ひたい、女はカルメンのやうな女になりたい。 そして身を滅ぼしたい。 ほとんど不可能な夢には違ひない。
カルメンの舞台となつたセビリア(スペイン語ではセヴィージャと発音)は広くて華やかそして暑かつた。 おなじアンダルシアでもコルドバが思索的な街だとするとセヴィージャは快楽的な街だと感じた。 タバコ工場もスペイン広場もカテドラルもすべてカルメンのやうにゴージャスに燃えてゐた。 夜になつて闘牛場のとなりの劇場でフラメンコとクラシコ・エスパニョ−ルのショウを見た。 男性ダンサーの色気といふものがやけに匂ひたつショウだつた。 浅黒く長髪の若いダンサーはホアキン・コルテスみたいだし、年長の金髪のダンサーはデヴィッド・ボウイを太らせたみたいだ。 イケメン好きなわたしは彼らだけカメラに収めたつもりが暗くて写つてゐなかつた。 翌朝ホテルの前からバスに乗り込むとフラメンコのカスタネット売りがカモ(われら日本人)に向かつて叫んでゐた。 「マホガニーのカスタネット1000YEN、1000YEN,ベサメムーチョのなんとかかんとか!」 そしてカルメンのやうにかちやかちやとカスタネットを鳴らし挑発する。 わたしは思はず千円札を差し出してしまつた。 ひよつとしてこの先フラメンコを習ふことがないとも限らないと思つて…
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