囚はれのシネマ日記
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2004年06月19日(土) エコノミーの哀しみ

KLMオランダ航空のエコノミーの座席は3・3・3の配列となつてゐる。
そして前座席と後座席のあひだに人が通れるやうな余地はない。
中央の3席はどうにかなるとして両サイドの窓際席にあたると辛い。
トイレに立つときには通路側のふたりにもその都度立つてどいてもらはなければ通れないのだ。
(帰りの飛行機で外国人の男性が裸足で跳び箱の閉脚飛びのやうに隣の人を立たせることなく一気に通路まで座席を飛び越えるといふ離れ業をしてゐるのを見て、その勇気に感心した)
わたしはその右サイドの窓際の席にあたつてしまつた。
隣はおなじツアーの老夫婦。
老夫婦であるのでいろいろなものを足元に持ち込んでゐる。
そのうへ立つたり座つたりの動作もなかなか大変さうなのだ。
機内ではさつそく食前のドリンクが配られ、わたしは迷はずハイネケンのビールを所望した。
そしてさきほどの空港のカフェでのアイス・コーヒーである。
わたしは気もそぞろに機内食のドライカレーを食べ窓の外の景色に集中した。
つまりわたしは老夫婦がトイレに立つときに便乗して行こうと図つてゐた。
窓の外はウラジオストックからイルクーツクの山々の深いみどりへと移りつつあつた。
高い山と深い河のすばらしい鳥瞰図。
でもわたしの心はいつか見たちびまるこちやんの全身膀胱人間だ。
不思議なことに老夫婦は搭乗してから6時間近くもトイレに立つことがない。
いつたいどのやうに巨大な膀胱を備へてゐるといふのだらう。
窓の外はウラジオストックからシベリアへと移りつつあるといふのに。
わたしはパーソナル・テレビで映画でも見て気を紛らはさうとした。
プログラムには『ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還』もある。
しかしパーソナル・テレビはあまりにも目に近すぎて気分が悪くなりさうだつた。
シベリア上空でわたしはつひに老夫婦をよろよろ立たせて通路に立つた。
なにもわたしが我慢するやうなことでもないのだ。
それからは身も心も軽々としてわたしは音楽番組を聴きながらフライト情報を画面で見たり、窓の外の景色を楽しむことができた。
見下ろせばシベリアには流氷がレース網みのやうにうつくしい模様を描いて世界を覆つてゐる。
自然の創るものはかならず人間の意表をつく。
人間の想像力のおよばないもの、それが自然だと言ふべきかもしれない。
そしてヘッド・フォンからはジャニス・ジョプリン、デヴィッド・ボウイ、サイモン&ガーファンクル、ボブ・ディラン…
およそ12時間のアムスまでのフライトはこうして忍耐とわづかな喜びのなかで遅々として進んで行くのでありました。



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