囚はれのシネマ日記
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2004年05月20日(木) スウィミングプール

フランソワ・オゾンの『スウィミングプール』を観た。
日比谷のシャンテ・シネ。
上映20分前にはすでに長蛇の列。
前日の朝日の夕刊の映画評とレディースデイの割引料金のためだらう。
フランソワ・オゾンの映画はいつもスキャンダラスに予告される。
プールサイドに寝そべつたビキニの若い女の写真に象徴されるやうに。
だからDVDの発売を待ちきれずわたしは映画館まで足を運んでしまふ。
『8人の女たち』『まぼろし』そしてこの『スウィミングプール』。
シャーロット・ランプリングがパトリシア・ハイスミスばりのミステリー作家を演じる。
売れ子作家ではあるが華はなく、ハイミスの意地悪さと意固地さをうまく表現してゐる。
舞台は南仏。
曇り空のロンドンから陽光の南仏へあたらしい小説を書きにゆく。
(場所はサドの城があるラコストの隣村リュベロンらしい)
そこに編集者の別荘がある、プールつき、しかも編集者の娘つきの。
南仏に来ても彼女の友はパソコンだけ。
ときおり村のカフェに寄るだけであとは孤独にキーボードを打つのみ。
しかしあるときから彼女は妖しく華やぎだす、やうに見えた。
それは殺人事件の端緒をつかんだときからだ。
そしてシャーロット・ランプリングは57歳のヘア・ヌードを見せる。
それが綺麗なのか醜悪なのかよく分からない。
さういふことを超えて「イコン的」な存在をめざしてゐるのかもしれない。
結末はなんだなんだ、といふ感じで期待するほどのことではなかつた。
それは『8人の女たち』でも『まぼろし』でも味わつた落胆だ。
パトリシア・ハイスミスの『リプリー』を映画化したルネ・クレマンの『太陽がいつぱい』には遠くおよばない。
ただし、この映画は女流ミステリー作家の気息の描き方には素晴らしくリアリティがあつた。
それはまるでプールの水のゆらめきのやうに微妙にさざなみを立ててゐる。
この映画の舞台がプールつき別荘でなければならない理由がわかる。
わたしはシャーロット・ランプリングのすべての仕草と表情に集中した。
その演技に惜しみない讃辞をおくりたい。
そして監督にも。
フランソワ・オゾンは女の自意識といふものを女以上に分かつてゐる男だ。


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