囚はれのシネマ日記
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| 2004年05月13日(木) |
アダム・クーパーは雑巾ぢやなくタオルで |
アダム・クーパー主演/振付のミュージカル『オン・ユア・トウズ』を観た。 五反田の簡易保険ホール。 観客は99%が女性。 若い女の子からお婆さんまで。 席は2階の2列目だけれど端から4番目なのでかなり隅つこな感じだ。 マシュー・ボーンの『白鳥の湖』は彼の主演では観ることができなかつた。 だから彼の生のダンスははじめて観た。 アダム・クーパーの腕と脚はふつうより2割ぐらゐ長くできてゐるらしい。 なぜなら彼がひとたび踊りはじめると舞台がきゆつと凝縮されてしまふ。 そして舞台の上の空気がはげしくシェイクされ風が起きる。 つまりアダム・クーパーといふ星から異様なエネルギーが放出されてゐるのが見える。 踊るアダム・クーパーは2倍ぐらゐその存在を膨張させる。 まるで小人の国のガリバーみたいに大きな男になつてしまふ。 この人は踊るために生まれてきたし踊らなければもう収まらない、といふことは誰の目にも明らかだ。 とにかくアダム・クーパーが腕を振りはじめただけで世界が息詰まるやうに華麗に急変するのだから。 とは言つてもこの作品に完全に魅了されたわけではない。 タップ・ダンスにジャズ・ダンスにクラシック・バレエに歌と芝居が加わつたにぎやかな作品だつた。 ちよつと『シカゴ』を思ひださせるやうな。 結論を言へばあの『白鳥の湖』にはとうてい及ばない。 『くるみ割り人形』(アダム・クーパーは出ないが)でもさう感じた。 『白鳥の湖』の神秘と魔力がないのだと思ふ。 ミステリアスでデモーニッシュなものが足りないのだと思ふ。 こうなれば何としてもアダム・クーパーの踊つた『白鳥』のDVDを手に入れなければならないだらう。 たぶんそこにわたしが観たいものが完璧にあるだらう。
ところで「歌は涙を拭くための臭く湿った雑巾」といふフレーズ。 「臭く湿った雑巾」といふのはこの現実のことだ思ひ至つた。 だからむしろ「歌は臭く湿った雑巾からしたたる雫」といふべきではないのかしら? 現実はいつも雑巾のやうな様相をしてあらはれるものだから、私にとつて。 アダム・クーパーにも雑巾のやうな日々があるのだらうか? 彼はまつ白なタオルをかけてカーテン・コールにあらはれた。
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