囚はれのシネマ日記
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2004年05月11日(火) 臭く湿つた雑巾なのか

吉田純さんの童貞歌集『形状記憶ヤマトシダ類』にはちよつとびつくりした。
つぎに出る歌集はおもしろいと柳下さんから話は聞いてゐたけれど。
この人はまだ27歳。
なぜすぐに分かるのかと言ふとわが娘とおなじ年に生まれてゐるからだ。
しかしずつとしつかりしてゐるなと思ふ。
全共闘世代がひとめぐりして「ノンセンス!」(注・イノセンスにあらず)と叫びに来たやうな感触。
日本民族や世界人類や前衛短歌へのラヂカルな問ひを突きつけて「これでいいのか、おまへら?」と詰め寄るやうな気配に満ちてゐる。
すべての歌はその暗喩として機能してゐるやうに読めてしまふ。

  すさまじき猫の片恋響りわたる 戦いこそがジョージの情事

  そうこれがポップアートの瞬間だ 大統領の顔がペニスに

巻頭のこの二首は最近報道されたイラクでの米軍の退廃ぶりを見れば牧歌的にさへ思へる歌だ。
(注・時事詠は生ものなので腐りやすい)
でもベトナム戦争のやうに泥沼化するイラク戦争の現在を思ふと、つくづくアメリカといふ国の侵してきた正義といふ名の悪行のかずかずに腹が立つ。
まるで飼犬のやうにそれに従ふ日本も馬鹿みたいだし。
だからこの若い人が憤つてゐることにわたしはさう悪くない未来を感じた。

  根腐れのアジアンタムと昼さがり愛されすぎた仔猫が眠る

  僕達の首に掲げる勲章evianかたむけてみるときnaive

このevianとnaiveが回文になつてゐるところなど遊び心も旺盛な人だ。
ちなみに「naive」は一般に使われる「繊細」の意ではなく「世間知らず」であると注釈がついてゐるのだが、わたしもかねてからその誤用にうんざりしてゐたのだつた。
つまりナイーヴとは無知のことなり。

  美しき韻律に酔う蜻蛉らの馬鹿な物語が始まった
  
  今もまだ歌は涙を拭くための臭く湿った雑巾なのか

このあたりは歌人はみなドキリとする指摘でわたしもタジタジとなる。
さらにあの方をモデルにしたやうな辛辣な歌が出てくるのでありました。

  氷紋の春か露骨に乱れ咲く 歌会始のわが誕生日

  暖かな日に照らされているばかり 老犬の牙ついに抜け落つ

といふやうに刺激的な歌集なのだけれど「臭く湿った雑巾」にだけはなり下がるまいといふ志を持つ歌びとがゐることも事実なのだ。
そのやうな断定的な荒さが目立つ若い歌集だ。
ところでこの歌集の栞の菱川善夫さんの「正義のコンドームを破れるか」は超カッコイイ解説だ。
カッコイイからながながと引用しやう。

  《ヤマト》は、言うまでもなく、大日本帝国の精神的・文化的聖地。
  その名を冠した戦艦大和は第二次大戦で沈没したが、ヤマトの怨霊は
  海底から這い出し、「ヤマトシダ類」として復活したのである。
  「シダ」のイメージは、威丈高の権力者よりも、陰湿に根を張りつづ
  ける民衆像をよびおこす。
  敵は権力者だけではなく、権力に迎合する無数の民衆も含めた日本人
  そのものなのだ。
  (中略)
  しかも前衛短歌の何というぶざまさ。権力を否定した者が、自ら権力化
  するシステムの中におさまり、天皇制の手まねきを待っているのだから
  志のある青年の叛意を招いたとしても当然のことである。だから、
  前衛短歌の真の後継者たらんと志すなら、彼は、みずからを<私生児>と
  して位置づけるしかない。前衛派システムの中から吐き出される嫡出子
  とみずからを区別するために――。
  (さらに中略)
  きっと前衛六十歳の年には、五十年を上回る盛大な「前衛短歌還暦記念
  祝賀会」が催されることだろう。それを冷やかに眺めながら、私も彼と
  いっしょに、「大日本帝国」を「圧搾」してできた濃厚なウィスキーに
  レモンの一片を浮かべ、暗い地下室の隅で祝杯をあげることにしよう。

  
  あかねさす天の橙色尽きるまで大日本果汁圧搾人夫
  (「大日本果汁」=「ニッカウヰスキー」の旧名といふ注あり)
  
「あかねさす」は吉田純さんの秀歌だけれど「ニッカ」は「日果」から来たとはじめて知つた。
菱川さんも吉田さんも北海道在住といふ土壌がおほきく働いてゐると思ふ。
つまり中央集権的な権威への反骨精神を育んだといふこと。
それにしても最近こんないい解説を読んだ記憶がない。
わたしがナイーヴ(無知)なだけか。


  

  


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