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2002年03月16日(土) SIDS〜娘が天に召された日��


〜初めていらしてくださった方へ〜

去る、2/21の夜、3号こと長女が翌日に1歳の誕生日を控えてSIDSでこの世を去りました。

これからしばらく、運命のその日と、その後について綴らせていただきます。

こういうことを詳細に綴るのは、反対の方もいらっしゃるでしょう。

しかし私は、私自身のために、綴らせていただきます。

事実の記憶を封印するでなく、表に出すことで

自分自身が立ち直る、術の一つにしたいと思います。

けしてお涙頂戴のつもりではなく、エゴに近いかもしれませんが。

語ることで、がんばろうとしてるんだと、

温かく見守っていただけるととてもありがたいです。

しかしかなり厳しい記憶ですし、日が浅いので生々しいです。

読むのは辛いという方はどうぞ、ご遠慮くださいませ。

というわけでしばらくの間、エンピツのジャンルは「苦悩・心」にさせていただきます。

3月1日の分からお読みいただけると、嬉しいです。

なお、この日記を読んでくださった方、特に小さな赤ちゃんをお持ちの方に

この日記を読んだことで、SIDSに関して、

過度に不安を抱かれるのは本意ではありません。

現在日本では2000人に一人の発症率、この数字が多いとも少ないとも申せませんが、

この日記をきっかけに、SIDSについて正しい知識と理解を深める

きっかけとしていただければ幸いに存じます。


SIDS家族の会http://www.sids.gr.jp/





喪服に着替えて、1号と2号は義妹に任せたまま、

慌しく会場へ戻りました。

それぞれ着替えに戻っていた、私の両親はじめ親戚の方たちが

もうかなり集まってきていました。

みんな遺影を見て、また、涙していました。



バタバタと、細かい確認などをしている間に時間は過ぎていきます。

弔問客が次々と来てくださいました。

久しぶりに会う人たち。

入り口のそばで、主人、私、義父、義母と、並んで頭を下げました。


本当に、たくさんの方が来てくださいました。

遠方から駆けつけてくださった方々も何人もいて、

本当にありがたく思いました。


お坊様が、入場されて、読経が始まりました。

何度も聞いたことのある経が、読まれていきます。

そして、通夜の席では必ず読まれる御文章、『白骨の章』。

(もう一度断っておきますが、うちは浄土真宗本願寺派です。
福井、しかも私の住んでいたあたりは、まさに真宗王国でして、
どうしても浄土真宗の通夜、葬儀に出ることが多く、耳にする機会が多いのです)

「・・・されば朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり、

すでに無常の風きたりぬれば、すなわちふたつのまなこたちまちに閉じ・・・」

ほかの時に聞いても、胸に迫るこのくだりがよりいっそう胸を締め付けました。

21日、元気に遊んでいたあの子。

たった2時間の間に、息絶えていた、あの子。

ベッドから抱き上げたときの顔が鮮明に蘇る。

ハンカチをかみ締めて、泣いていました。

嗚咽をこらえることが、出来ませんでした。




お坊様が退場されました。

喪主挨拶になりました。

「本日は御忙しい中御会葬いただきましてありがとうございます。

長女・・・は、1歳の誕生日を目前に控え、乳幼児突然死症候群でこの世を去りました。」

ここまで言ったところで、会場のあちこちからため息が漏れました。

主人は最後まで、きちんと挨拶を述べました。

通夜のこの日、主人は涙を見せませんでした。

どうして?と後で聞きましたら、

遺影の写真見てると、頑張れって言われてる気がしたからと言っていました。

主人にとってもあの遺影は、やはり元気の素です。



焼香を済ませた弔問客が帰っていかれます。

また、迎えるときと同じように、お見送りをしました。

しかし、今度は涙が止まらず、泣きながら頭を下げ続けていました。

弔問客の方も、何人もの方が涙を見せてくださっていました。

かける言葉がないけれどといいながら、

何人もの方が声をかけていってくださいました。

私の友人たちも、泣きながら、私の背を撫でていってくれました。



弔問客が皆帰られて、親戚縁者だけが残りました。

別室で通夜ぶるまいの巻き寿司などを皆がつまんでいました。



その夜は、私と主人と、義父が、泊り込むことになっていました。

斎場は畳でなく、椅子を並べて座っていたので、

控え室のほうに、布団などが用意されていました。

そして本当はよくないのかもしれませんが・・・

祭壇に設置された棺を、私たちが寝る控え室に動かしてくださいました。

(こちらから申し出たわけではありません。
こんなことが出来るとも思いませんでしたし。
葬儀社の方が、見かねて下さったのでしょうね。
少しでもそばに居たいでしょうと便宜をはかってくださいました。
本当に感謝しています)


控え室の一段高い台の上に、棺は置かれていました。

顔のところの扉だけ開けて(扉は開いてますが、中に

アクリル板みたいなのがあって3号に触れることは出来ません)

顔だけはきちんと見られるようにしておきますから

絶対に棺の蓋は開けないでくださいねと念を押されていました。



少し照明の暗い控え室で見ると顔色がよくわからないこともあって、

本当に、いつもの寝顔でした。

眠っているのが、棺の中なのが不思議なくらいでした。



私の妹が、一時間あまりも棺のそばに立ち尽くして泣いていました。

彼女には娘がいます。(私にとっては姪っ子です)

3号より半年ばかり早く生まれた子です。

妹も、私も、二人が大きくなって一緒に遊ぶのを楽しみにしていました。

同い年の同性の従姉妹。

さぞかしいい遊び相手になったことでしょう。

妹は、自分の娘そっくりのその寝顔を見ながらいつまでも泣いていました。





読んでくださってありがとうございます。

本当に長くなってしまってて申し訳ないです。

続きます。


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