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ひびたわ。 INDEX|past|will
ふっと意識が飛んだりして、時々うつらうつらしながら夜が明けました。 夜中2度ほど義母がきて、しばらく話してたりしましたが。 朝から、昨日来られてなかった親戚の方が弔問にみえたり お坊様がお経を上げに来て位牌を持ってきてくださったり、 バタバタしていました。 私は、ただ、3号のそばに座っていました。 時折泣きながらずっと3号のそばにいる私に、 主人の祖母や義父が、ゆーきさんがしっかりしなあかんと 声をかけてきます。 「わかってるから。一通り全部終わったらしゃんとするから。 悪いけどそれまでは気がすむまで泣いてやりたいし。 終わるまでは、3号のことだけ考えていたいから。」 その後義父は火葬がすむまで、義祖母が私にしっかりせなと言うたび 止めてくれていました。 1号2号は昨日やってきた甥っ子たち(彼らにとっては従兄弟ですね)と 遊ぶのに夢中で、男の子4人、大騒ぎしていました。 正直、火葬のあとまで1号2号のことは皆に任せていました。 皆が面倒を見てくれていたので、甘えさせてもらいました。 今は、今だけは、3号のことだけ考えていてやりたい。 何もしてあげられなかった3号に、 今してやれるのは、そばにいることだけ。 葬儀社の方から電話がありました。 昨日、遺影用にプリンタで印刷した写真を渡していたのですが、 どうもぼやけるから普通の写真はないかとのこと。 (これはプリンタ出力のだから云々というより、単に私のデジカメの 画素数が低い写真を、無理に引き伸ばしたからだと思いますが) 福井の家にも、デジカメでとってプリントして送ったものしかないし、 実家に問い合わせたりしてすったもんだしたのですが、 一応出来上がったものを見せてもらったら確かにシャープな線ではないものの、 逆にそれがやわらかい雰囲気で、とてもいい写真に仕上がっていたので 結局それをそのまま使うことにしました。 にっこり微笑む3号。 この笑顔を見ると、つられて笑ってしまいます。 今現在も、私の元気の素です。 時間は、過ぎていきます。 午後2時から、湯灌、納棺の手筈になっていました。 すごく嫌でした。 棺に入れてしまうのは、すごく嫌でした。 それでも時間は刻々と過ぎ、葬儀社の人がやって来ました。 葬儀社の方は、2人で来て、2人とも白衣を着ていました。 仏間と、続き間になっている和室いっぱいに、 来てくれていた親戚の人たち、皆が座りました。 葬儀社の人は、皆に、茶色いお線香を一本ずつ火をつけて配りました。 部屋中に香の煙がたちこめていきました。 私は、今までごく近しい身内(というか家族)を今まで亡くしたことがなく、 3年前に叔母を、昨年主人の母方の祖母を亡くしたときも、 湯灌や納棺には立ち会っていなかったのでこれが初めての経験となりました。 3号の眠る布団の上に、すっぽりと白い布をかけました。 (顔は相変わらず隠していません) その白い布の下から手を入れてかけていた布団を引き抜きました。 それから、警察で引き取ったときからずっとくるんであった布と タオルシーツも抜き取りました。 3号は、医大で解剖後、真新しい肌着(新生児用だったんで手足は出てましたが)を 着せられていました。新しい紙おむつもしていました。 それは私が先に確認していたので、葬儀社の人たちは 肌着から出ている手足だけを綺麗にしておこうといっていました。 白い布の下から手を入れて外からは見えないように、 薬品で濡らした(水ではなかったと思います)布で3号をきれいにしていきます。 私は、大阪から持ってきていた服を着せてもらえるように頼みました。 ピンクのパーカーTシャツ。デニムのジャンパースカート。 葬儀社の方は器用に、白布の下から手を入れて外から見えないように、 3号に衣服を着せていきます。 すっかり服を着せ終えて、はじめて白布を取りました。 読んでくださってありがとうございます。 続きます。
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