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ひびたわ。 INDEX|past|will
マンションに着きました。 オートロックのマンションなのでマンションの入り口で、鍵を開けました。 そして入り口から一番近い、我が家の鍵を、開けました。 「どうぞ」 先に入って、刑事さんたちを招き入れました。 「お嬢さんが寝てた部屋、見せてもらえます?」 「あ・・こっちです」 奥の、寝室へ案内しました。 ほかの部屋はすべて電気が消えていましたが(主人が消して来たのでしょう) 寝室だけは、明かりが点いたままでした。 刑事さんたちは、何度も何度も、そのときの状況を尋ねました。 寝かせたときのこと、寝かせた角度、どのくらい布団をかけたのか。 見つけたときの状況。 大きめの枕を、3号に見立てて、何度も実演させられました。 現場検証というやつなのでしょう。 家で突然人が亡くなった場合などに、こういうことが行われるというのは 知ってはいましたから、驚きはありませんでしたが なんだか、ひどく空虚な気分でした。 何枚も何枚も写真をとり、 ベッドと一緒に私も写ってくれといわれて、 4枚くらい、角度を変えては写真をとられました。 おかあさん、座ってていいよといわれて、 部屋の入り口でぼんやりと座り込みました。 私、疑われてるのかな。 3号を、殺したって思われてるのかな。 どうでもいいけど。 どう思われたって別にいいけど。 あの子、苦しかっただろうな。 故意じゃなくても、やっぱり私が殺したようなもんだ。 他人にどう思われるかなんか今はどうでもいい。 あの子が死んでしまった事実は、何も変わらない・・・・ 一応断っておきますが、刑事さんがそういう態度を見せたとか 特にそういうことではありません。 向こうは、忠実に仕事をされていただけですし、 それなりの気遣いも、見せてくださっていました。 ただ、すべての可能性を考えるのも、警察の仕事でしょうから。 刑事さんたちは、布団やベッドのサイズなどを、測っていました。 途中で、主人が帰ってきました。 「・・子供たちは?」 「看護婦さんたちがみてくれてるから」 「私は・・いいよ、大丈夫だよ。病院戻っててやって」 「いいから。みててくれるって言ったから。お前座ってろよ」 主人がダイニングの椅子を、廊下まで引きずり出してくれました。 でも、座っている気にもなれず、家の中をうろうろしてました。 プルルルルル。 電話が鳴りました。主人が取ると、私の実家からでした。 私に代わると、父でした。 「いったいどうなったんや?」 「見に行ったら布団かぶってしもてたんよ。息できんかったんかもしれん」 「途中で見にいかんかったんか?」 「いつも2時間くらい楽に寝るんやもん・・何も思わんかったんや・・ 私が悪いんや・・・」 「ほんなことはないけど・・・やっぱりあいだに見にいかな・・・」 動揺してる父の声。 「おかあさん、いる?」 「ああ、代わるわ」 電話の向こうで、代わっても私何言うてやったらいいかわからんと 泣き声の母の声が聞こえました。 それでも、母が出てきました。 「・・おかあさん」 「あんた・・あんた、大丈夫か?・・・ちゃんもかわいいけど あんたがどうかなってしまわんか心配で・・・」 「うん・・大丈夫、やけど・・・今警察の人来て、現場検証してるで・・」 「そんなこと、するんか」 「うん・・まあこういうときはするもんやとは思うけど・・・」 「とにかく、お母さんらも、明け方こっち出て、そっちに行くから。 向こうの(主人の)お義父さんらも、すぐに行くって言ってたよ」 「そう・・・わかった。気ぃつけて来ての。」 「こっちのことはいいで。あんたのほうが大丈夫じゃないやろ・・」 寝室で刑事さんが私を呼んだので、電話を切りました。 「すいませんけどこの布団とか、全部預からしてもらいますんで」 「・・はあ。」 そんなことまでするのか。 「それと奥さん、今電話されてました?」 「ええ・・さっき主人が実家に連絡入れたので向こうからかかってきたんですけど」 「あ、そうですか、そんなら結構です」 そうだよね。私容疑者でもありうるんだよね。 電話で口裏合わせて証拠隠滅?何を? ・・しかたないと判っていてもなんだかとても自虐的な気分になってしまいました。 皆で病院に戻って、その後、さっき頼まれてた母子手帳を持ってくるのを 忘れたのに気づき、また取りに戻ったりしました。 病院の点滴室のベッドを借りて、1号と2号が眠っていました。 すやすやと、眠っていました。 また、刑事さんに呼ばれました。 別室で、事情聴取。 供述調書とやらを刑事さんが書いていきます。 さっき何度も聞かれたことを、改めて確認しつつ。 同じこと何度も聞いてすいませんねといいながら 刑事さんはペンを走らせていました。 主人と私の結婚した年まで聞かれて、主人はそんなことまで必要なんですかと ちょっといらいらしているようでした。 今日1日の3号の行動。朝起きてから、救急車を呼ぶまでの記憶を ずっとさらっていきました。 かなり長い時間でした。途中でそのときはじめて、時計を見ました。 いつのまにか0時半を回っていました。 刑事さんが、さっきまでのやり取りのメモを見ながら黙々と書類を書き、 時折、質問しては、また沈黙が訪れ、ペンの音だけが、室内に響き。 私は、ぼんやりとそれを眺め、不意に涙がこみ上げては、また、ぼんやりし。 終わりごろになって、もう一人の刑事さんが入ってきました。 書き上げられていく供述調書に間違いはないか確認してくれと言って、 その刑事さんが読み上げをはじめました。 最後まで聞き、間違いありません、といって、書類に拇印を押しました。 そのあと、刑事さんが、おっしゃいました。 「死因がはっきりせんので、調べさせてもらいたいんです」 「・・・?窒息じゃ、ないんですか?」 「いや・・乳幼児突然死症候群と言うのをご存知ですかね。その疑いが・・」 ここではじめて、SIDSを、意識しました。 「外見だけでは、わからないんで。」 「・・解剖、ですね」 「そうです。ちゃんと調べてあげんと、お嬢さんも成仏できませんから・・」 主人は、ちょっと戸惑う顔を見せました。 私は、間違いなく言われるだろうと思っていたこと、 外見上はほとんど変わらないように丁寧に処置してくれると 以前どこかで聞いていたこと、 私自身は、解剖は今回の件に限らず必要な処置だという意識が強かったので (処置、という言葉には語弊がある気がしますが、適切な言葉が浮かびません) 感情的に3号に傷をつけたくないという気持ちはもちろんありましたが、 解剖に同意しました。 私がうなずくと、主人もうなずきました。 朝になってから、大学病院で解剖になること。 そのあと、警察署のほうで引き取らせてもらえること。 ちゃんと僕は、病院のほうにも行きますし、きちんと責任もってお渡ししますから。 丁寧に、何度も何度も、説明してくださいました。 もう帰っていいですと言われ、1号と2号が寝ている点滴室へ戻りました。 看護婦さんや先生が、ずっとついてくださっていました。 「警察のほう、終わった?」 「はい、終わりました・・・ありがとうございました、帰ります・・」 1号を主人が抱え、2号を私が抱えました。 刑事さんが車で送るとおっしゃってくださいましたが 抱っこして乗り降りするより歩いたほうが早いからとお断りしました。 当直の先生や看護婦さん、刑事さんが病院の入り口まで送ってくださいました。 「どうもありがとうございました、お世話になりました」 子供たちを抱えたまま、主人と私、お礼をいいました。 小児科の先生は、そのままついてきてくださいました。 私の手から2号を抱き上げ、送っていくとおっしゃいました。 申し訳なくてお断りしたのですが、いいからと送ってくださいました。 1号は目を覚まして、自分で歩くと言ったので 主人の手が空きましたから、主人に2号を抱いてくれるようにいいましたが、 先生は渡さず、奥さんを見てあげてといってくださいました。 私は1号と手をつないで歩きました。 「雨、降ってる」 1号がいいました。 細かい雨が、落ちてきていました。 「そやね。降ってるね・・・・」 マンションの入り口につきました。 「先生すいません、ありがとうございました」 2号を受け取りました。 「お力に、なれませんで」先生が、丁寧に、頭を下げてくださいました。 「いいえ。お手数かけました。ありがとうございました」 2号を抱いたまま、頭を下げました。 雨は、ぽつぽつと降っていました。 毎日、多くの方が読んでくださっているようで、本当にありがとうございます。 当初自分で思っていたより、かなり長くなりそうですが やはり想いを表に出すというのは、大事な作業なんだなと思いながら綴っています。 ごめんなさい、まだしばらく続きます。。
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