徒然帳
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2006年07月24日(月) |
.....不動峰物語り17(テニスパラレル) |
関東大会準決勝の試合結果は新聞にも載っていた。 大きく取り上げられているのは立海大付属の圧倒的な強さである。破竹の勢いで勝ち上がってきたダークホースの不動峰をあっさりと破った準決勝は、流石は王者と言わしめるだけの貫禄を見せつけていた。 対するもう一つの、決勝へと駒を進めた氷帝の評価は芳しくなかった。 結果は立海と同じく3-0であったが、試合内容は氷帝の方が低いと見なされた。準決勝の相手である六角中との試合内容が、接戦であった為である。 そしてなによりも大きな要因は、立海大付属の全国大2連破の実績は伊達ではないという事だ。部長の幸村を欠いていてもあっさりと勝ち上がってくる選手層の厚さは氷帝よりも上かも知れない。この場合は人数ではなく質の良さである。流石は15年間も関東大会連続優勝という輝かしい歴史を持っているだけはある。中学テニス界では最強の代名詞で知られている立海大付属だ。この強さは賞賛ものである。 ランクも最高のAAA(トリプルエー)といランク付けである。新聞だけではなく、どの雑誌も立海大付属の勝利を確信している記事ばかりであった。
「さすが立海。すごいねぇー」 「会長………顔が笑ってますよ」 「そりゃ、記者達を騙し切れた成果に弛んでるンだって。どの記事も不動峰は眼中にないから、してやったり……ってね」 機嫌良さそうにリョーマは読んでいた新聞を放り投げた。持ち主は顧問の金子である。いつも職員室で新聞を読んでいる事を知っているリョーマが、たまたま職員室に用事があって入室した時に見つけて失敬してきたのだ。もちろん黙っての事なので……今頃、金子は自分の机の周りを探し回っていることだろう。他にも生徒会室の大きな机の上には、どこぞから失敬してきた他社の新聞やらスポーツ雑誌やらが置かれてあった。 「どこも記事は見事なまでに立海と氷帝の事だけでしたが……。確かに準決勝までは初出場ということもあって、多少は取り上げられていましたが、それも立海にボロ負けした事で綺麗に紙面から消えましたね」 「王者の前にあえなく敗戦一一一一で、終わり」 負けた不動峰に注視する記者はいなかった。 「やはり今大会は立海と氷帝という決勝戦に注目が集まるのは当然でしょう。王者・立海大付属と強豪・氷帝学園一一一一一立海の強さは半端じゃないですが、最近メキメキと力を伸ばしている氷帝学園は部長が跡部景吾になってからというもの、増々パワーアップしていると評判です。日吉若という注目株もいますしね一一。この決勝戦は記者にとっては、とても美味しい事でしょう」 「決勝は凄い人数になりそうだね」 氷帝軍団という応援団までいるのだ。 煩くなるのは必至である。 「でもこれはこれで良い隠れ蓑になってますがね」 「立海人気と氷帝人気は底が無いっていわれてるンだって?」 「氷帝はあのカリスマ跡部圭吾が、立海にも今は入院中ですが幸村精市というカリスマがいますからね。この両者の人気は衰え知らず。彼等に率いられているテニス部は見かけだけではなく実力も有って、注目度は高いですよ。毎回取材をされているとも聞いてますし」 「ふぅーん……」 幸村の名前が出た瞬間、リョーマがかすかに反応したが、副会長はあえて見て見ぬフリをして話を逸らした。 「会長は見学に行かれますか?」 「うーん……どーかなぁ……」 渋い顔をするリョーマだった。 なんせあちらには、アレがいる。 リョーマの苦手な存在が居るから見たくても渋ってしまうリョーマであった。 「アレが居ないなら行くんだけどさ」 「ははあ、確かに」 すでに天然少年は『アレ』扱いである。 本人が知ったら絶対に泣くだろう。部屋の隅でゴソゴソと動き回るアレと同じ扱いであった。 「決勝戦は行くのヤメようかなぁー……」 「遠くからなら平気なのでは?」 「……………それでもこの前、見つかったじゃん」 「……………。」 準決勝戦をこっそりと、遠くで見ていたリョーマだったが、それでもあの天然的恐るべき嗅覚で、ジローはリョーマを見つけてしまったのだ。勿論、速攻で逃げまくったリョーマだ。 リョーマの元に来ようとしていたジローは、まさに試合中であったのだから警戒してしまうのも仕方がないといえよう……。 「見つかったらきっと来る……しかも試合中でも来る……」 ラケット放り投げてコートから逃亡することだろう。 「ありえそうなのが笑えないですね」 あの黒い物体のように、どこから飛んでくるか解らない。 リョーマはげっそりしながら小さく答えた。 もちろん、答えは決まっている。 これしかなかった。 「………やっぱり副会長だけ、行ってきてよ」 「そうします」
生徒会室に重い空気が流れた。
一一一一一神奈川県内、某総合病院。 定期的に部長の見舞いに、立海大のメンバーが報告を持って訪れるのも慣例となりつつあった。部長想いの部員達が、ちょくちょく見舞いにやってくる。病院内でもちょっと有名である。 人数が人数なので幸村と部員達は病室ではなく、ほとんど屋上での会話となる。うるさく騒いで隣の病室から苦情が出たことがあった為である。いくら品行方正といえ彼等は中学生である。羽目を外してしまうメンバーだっているし、それを諌める為に真田が怒声を上げて叱るのではどっちもどっちという事で、そこを考慮した幸村の方が、屋上を指定したのだった。
だから誰が来ても幸村は屋上で話すようにしている。 真田が1人で見舞いに来たとしてもだ。
「幸村……関東もいよいよ決勝のみだ。このまま全国まで無敗で突き進む!」 「相手は氷帝学園か……」 「どこが相手でも変わらん。全国三連覇……。お前抜きでも行けるいいチームだ」 傲然と言いのける真田には自身が溢れていた。 「そうか……頑張ってるな」 静かに聞いていた幸村の表情に、やっと笑みが浮かぶ。 厳しい表情から一転して穏やかな、いつも見ている幸村の表情である。
「一一一一一そいうえば準決勝だけど」 「?」 「対戦相手の不動峰中はどうだった?」 「?? ……珍しいな、お前が無名の学校を気にかけるなど」 確かにその通りである。 「不動峰………3-0で勝ったが何か問題でもあったか? 確かに初出場にしてはよくやったとは思うが、実力でいえば氷帝より劣っているぞ。都大会では氷帝に勝っていたようだが……あそこはレギュラー陣の投入は関東大会からだからな。総合力では足元にも及ばないだろう」 全国大会に出場はできたが、それは運が良かっただけだと真田は言う。確かに組み合わせで不動峰が強豪と当たっのは二回。青春学園と氷帝学園である。 青学には負けたがそれは地区予選でだ。その後、勝ち残って都大会では氷帝を打ち破った不動峰であったが、対戦相手の氷帝が全力投入していなかったという事実がある。その為に、運が良い一一一一と、立海に当たるまで不動峰は言われ続けていた。 「全国大会の切符は手に入れたようだが、あれでは勝ち抜けても二回戦止まりがいいとこだろう」 真田の目は厳しい。 だがそれが全国を勝ち抜いてきただけの実績である。 あっさりと負けてしまった不動峰など立海の敵ではない。真田はすでに不動峰に注視していなかった。シングル二つを残して勝ったのだ。しかも一一一一あの全国区と言われた橘桔平を下したのだ。今更、何を恐れようと言うのか一一一が、真田の意見である。 ここで幸村が『不動峰』を気にするのが解らなかった。 「確かに橘は万全の体勢ではなかっただろう………。全国では本来の力を出してくるに違いないが、恐れることはない。不動峰で強いのは橘だけだ」 「そうであればいいけど」 少しだけ端切れの悪い幸村であった。 幸村は知っていた。 不動峰には彼一一一一最強の切り札一一一一がいることを。 自分が勝てない相手。 目標とする存在。 しかもテニスに関与していることも本人から聞いたのだ。 不動峰は一一一わざと負けたに違いない。 そう確信を持って幸村は推測している。 (リョーマは策略家でもあるからね……) あの先を見通す目に何度、驚かされてきただろう。 側にいたからこそ解る。見えるものがあるのだ。 (………全国大会で本領発揮する気だね) 無名校ならではの戦法だ。 注目もされていない初出場で、いきなり勝ち続けたらマークが厳しくなるのが目に見える。常勝である立海大付属はその点で、毎年熱烈な監視ともいえる敵状視察の嵐を受けていた。過去には妨害工作というのもあったようだが、あまりにも有名になりすぎた昨今ではそんな事は無くなったが、かわりに敵状視察を許してしまう事ともなった。いちいち相手にしていたらキリがないともいうが……。
初出場の学校で、まず警戒するのが一一一一妨害だろう。 そしてなにより……。 (……鍛えているんだね) 出場するなら上を目指すのが当たり前である。 幸村の知っている彼ならば、そうするはずだ。 (誰よりも強くあり、強くなければ彼は………認めない) 別に拒否するわけではない。 彼が、本来の彼でいる為には必要なことなのだ。 「……………」
『幸村ほどじゃないけど……俺に左を使わせた人がいたんだ……』
彼に近寄れる唯一の方法一一一。 越前リョーマに左手を使わせたなら、相手の実力はホンモノである。 そして何よりも協力していると言うことならば……。
「どうした、幸村?」 「………………」 「具合でも悪くなったか?」 目を閉じた幸村の表情に生彩がない。 慌てて真田が部屋に帰ろうと促したが、幸村は動かなかった。 しばらくして、やっと声をだした幸村は、何時もの表情に戻っていた。 落ちついた微笑みを浮かべていた。 「…………いや、違うよ。大丈夫だ」 「そ、そうか……ならいいが……」 「少し考え事をしていただけだから」 幸村の真面目さに真田が注意する。 全国大会へ向けて部長としての責任を感じているのだろうと、真田はそう思ったのだ。 「幸村………あまり考え過ぎるな。今は手術の為に安静にしているのが一番だと言われただろうが。心配しなくてもオレ達は大丈夫だ。約束は守る」 「……………すまない」 「後は任せておけ」 「ああ」 幸村の返事にホッとした真田は、夕日を見つめる為に前を向いた彼の口元に浮かんだ笑みが、薄ら寒いものであったのを見逃してしまった。 見てしまったなら恐怖したに違いない。 幸村の本性一一一一を知る真田なら。 彼にこんな表情をさせる存在について、話の流れから『不動峰』というキーワードを思い付き、もっと警戒したであろう。
だが、幸村は何も言わなかった。 知っていたのに、それを言わなかった。
一一一一越前リョーマという存在の事を。
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