徒然帳
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2006年08月20日(日) |
.....お試し駄文(K新)←でも序章だけ(><) |
その日、警察はとんでもなく慌ただしかった。 午前零時を少しばかり過ぎた東都の街は賑やかだ。街中にあふれる人の波。上空を散乱するヘリコプターのライトと、警察のほとんどを集結させたかのようなパトカーの赤い光。その数はざっと見ても100台以上はあるかもしれない。 真夜中に喧噪に包まれた異常な夜がそこにはあった。夜空を彩る星の光は届かない。地上の群れなすビルの冷たい光によって、普段でもわずかにしか目にする事しかできない都会の夜空は、今日だけ完全に星の光を地上の光でかき消している。空を見上げてもただ黒い色が広がっているだけだ。 でも気にならないだろう。 たくさん集まった人々が見上げているのは空ではなく、ビルのネオンでもなく。白い姿の奇術師なのだから。「消えちゃったわ!!」 「煙りが爆発したと思ったら直後だぜッ!!スッゲー!」 「ど、どこに行ったの?!カメラで撮ろうと構えてたのに!!」 好きずきに言い合う人々の誰もが驚き、そして感嘆にくれている。すでに怪盗KIDが逃走して数十分ほど経過しているのにもかかわらず、未だに人の波が引き寄せる様子はない。 「今回もKIDの勝ちで決まりだな」 「ああ、だよな〜〜〜」 「相変わらず警察はダメじゃん!」 中森警部が聞いていたら怒髪天を突く勢いで、発言を取り消しそなことを言い合う。所詮は他人事。どう見ても傍観者でしかない観客達は、警察の苦労など知ったこっちゃない。 そしてこの方も。
「いやいや、警部も相変わらず熱血なことで」 心なしかウキウキで喋るこの方。噂の渦中の人物。観客も警察も注目している存在である怪盗KIDである。 その衣装と同じくイイ性格をしているのは彼と対峙したことがあるならば、嫌と言うほどわかるだろう事実だ。 余裕綽々でハングライダーを飛ばして、中継地点に降り立って、宝石の確認をして数時間。早々に帰ってもいいのだが、宝石の返還をめんどくさがって最近では倫敦探偵やら警部達を待っている事が多い。まぁ、警部にとっては願ってもない事だろうけど‥‥。キッドにとっては、お遊び感覚しかないと言うのがなんとも言えない。 もちろん宝石の返還の為だけに。‥‥というわけではない。 怒り心頭な警察官をおちょくって遊ぶ為にが、本音だろう。ホントイイ性格してる。わざわざ遊ぶ為に、KIDは暗号を簡単にしたり、逃走経路がわかるようにとダミーを減らしたりと手を砕いているのだから。(あんまバカにしてっといつか足元をすくわれるぞ、とは某探偵の言葉) だが実際はそんな心配も必要ないらしい。
ふぁあ‥‥‥と、KIDは欠伸をしながら、かなりだらけた姿でフェンスの上でバランスをとっていた。 「まだ来ない‥‥‥」 暇だからゆらゆら〜〜と揺れてみる。時折風が強く吹き上げて身体を強く押し出すが、上手く流して元に戻る。まるでやじろべえのようにKIDは揺れていた。 遅いなぁという呟きも何十回目か。始めは大人しく待っていた彼だったが、既に一時間は経過しているのを考えるとこのまま宝石持って帰ってしまった方がいいんじゃないかと思えて、何度飛び立とうとした事か。マジックのネタ確認とか、モノクルを研いたり。踏み込まれたら正体がバレてしまっていただろう。 「今回ダミーは出してないんですがねぇ‥‥」 それでもまだ来ない。 博物館から逃げる時に、警察には(特に中森警部には)見えるようにハングライダーでちゃんと飛び出したのに見えてなかったのだろうか‥‥と思案する。 案外あの人も抜けてますからねぇと、KIDは溜息を吐いた。 思い込んだら一直線。中森警部の頑固さは致命的でもある。こうと決めたら守備もめったに変えないし、人海戦術がほとんどで(というかそれしか知らないのか)、毎回同じパターンで敗北をきしている。最近ではちょっと物足りなくなっていると、不謹慎な事を考えていたKIDの眉が上がった。 「やれやれ、やっとのお出ましですか」 大勢の隠しようもない気配が上がってくる。数からいってかなりの大人数。そんな人間がビルにくる理由も正体も一つしかない。待にまった待人来れり。 居ずまいを正していつもの冷涼な空気を瞬時に纏った彼は、何処から見ても世紀の大怪盗でしかない。
階段を駆け上がる大勢の足音が近付いてきて、乱暴に開けられたドアから凄い形相の中森警部以下が飛び出した。屋上入り口から雪崩れ込んできた警官が、あっという間に屋上を占拠するのをKIDは見下ろして笑った。
「これはこれは中森警部。あまりにも遅いから帰ろうかと思っていた所ですよ」 ギリギリですが間に合って良かったと付け加えるKIDの瞳は生き生きとしている。さっきまでの憂鬱な雰囲気は微塵もない。ホントに楽しんでいるようだ。 対する中森警部は血管切れそうな勢いだ。走り回った所為で、ややお疲れ気味に見えるが、KIDに噛み付く事は忘れてなかった。 「くっそ!!通行人が邪魔しなきゃ見失う事はなかったんだよ!!」 「………。」
見失ったんですか‥‥‥。 今回は特に人員を割いて望んだというのを知っている。だからこそ簡単に追い付いてくるとKIDは考えていた。堂々とこれ見よがしに飛び立ったし、あの人数ならまず見失わないだろうと思っていただけに、警察に対する評価がKIDの中で格段に下がったのはいうまでもない。
近隣の警察かき集めたのに全部、無駄足‥‥。 中森警部‥‥真面目に対策を練った方がいいのではないかと、思わず警察の未来の暗雲を予測してお節介にも心配をしてしまった。
「今日こそ年貢の納め時だ、覚悟しろッKID!!」
‥‥‥と、どなられてもなぁ‥‥。 KIDの警察を見る目はそこはかとなく冷たい。 周囲を見ると埋め尽された警官がこちらを見てる。ただKID捕獲に向けて、それだけを考えているのがまるわかりだ。それだけ‥‥むしろそれしか考えていないようで、今までの経験とかが全く反映されていないんだろうと、KIDは嘆息した。 ホントにわかってない連中を眺めながら。
無駄なのだ。どんなに人数を増やしてもKIDを捕まえる事など無駄なのだ。 有能な警察官を選りすぐったとしても、KIDにとってはその他大勢でしかない。どんなに策を弄したとしても無理。KIDにとってそんなモノが脅威になる事などないと、解り過ぎていたからだ。
私は死んでも捕まるわけにはいかない。 日常を手放したとしても、命の危険がつきまとったとしても。 たった一つをのぞいて、それは厳守されなければいけない事と己に課していた。最強の掟。
確保不能といわれる自分を捕まえる事ができるのは、たったひとり。一人だけ。その人以外にはありえない。いや‥‥、あってはならないと自分で課した。 他なんてどうでもいい。 その一人に捧げたKIDの絶対唯一な矜持。
だからこそKIDは捕まらないと自信満ちた微笑みを浮かべた。
「覚悟といわれましても私はこちらを返す為に待っていただけです」 「っ!!その宝石はッ!!」 KIDが手のひらを閃かせて出現させた宝石は先程まで展示室に鎮座していたものだ。 「そう、私の獲物であった『女王の涙』ですが‥‥」 右手で転がしながらラウンドブリリアンカットされたダイアモンドを弄ぶ。装飾品もないそのままの美しい姿だ。夜空に輝く宝石の代表格は威風堂々として、今まで多くの人達の心を虜にしていた事だろう。 「ちょっとした趣向を凝らしましょうか」 その言葉と共にパチンと指が鳴る。同時に全てのライトが落ちた。 警官が携帯していた懐中電灯、隣のビルのネオンの看板、光源となるものが全て一斉に光を落とした。そこには闇が広がって、急に閉ざされた視界に警察官達が慌てたようにざわめき始めた。 「こちらを見ててくださいね」 そう言いながらカチッと何かのスイッチが押されると、そこには青白い光源が小さく生まれた。ブラックライトと呼ばれる巷でも身近に手に入るようになった蛍光ランプである。可視光線より短い波長の紫外線で、肉眼では判別しにくいものを探し出すのに主に使われていたりする。 この特殊なライトの用途は様々で、偽造一万円札の確認や、美術品の鑑定。蛍光塗料の混入の有る無しなど他にもキリがない。最近ではイベントで特殊インキを使用した見えないスタンプを手のひらに押し、それをブラックライトに当てると文字(もしくはマーク)が浮かび上がるという用途もあり、様々な分野で広がって使われているのが、このブラックライトである。 それは勿論、鉱物にも適用されている。
「これは長波紫外線のブラックライトです」 「…………??」 「宝石鑑定では一般的に紫外線を受けた宝石は、蛍光を発するそうです。天然ダイヤモンドは短波紫外線よりも長波紫外線に対して顕著に反応する為に、こちらにしてみました。勿論、短波紫外線にも反応しますがね」 青い光が掲げる石に注がれる。 だがそこに反応する光は見受けられなかった。 「??‥‥それがどーしたんだ?」 何わけわからないことをやってるんだと、中森は困惑気味。かつてないKIDの行動に首をかしげるばかりである。 「お前、何が言いたいんだ?」 「この石、光らなかったでしょう?」 「ああ、それが………」 どうしたと続く中森の言葉は遮られた。
「つまりは天然ダイヤモンドではないという事です」 「……………。」 「合成ダイヤモンドは短波紫外線では光るそうですよ?黄緑色の発光がしたらまさにクロですね」 後で試してみてくださいとKIDは付け加えた。 KIDの言葉を反芻して数秒。 やっとKIDが何を言わんとしているのか、理解したようだ。
「ニセモノだってぇ〜〜〜〜???!!!」
愕然とする中森警部。よもや自分達が守っていたのがニセモノとは信じていなかったのがありありだ。どこまでも実直な彼は、そんな予想される可能性も気づかなかったのだろう。その驚きようが物語っている。
「多分、館長が私の予告時間に合わせて替えたんでしょう。テレビで紹介していた時は本物でしたでしょうし、由緒あるものですからそうそうにニセモノを展示するわけがないですから」 「…………」 「ま、残念でしたね。お互いに」
ポイッと無造作に投げられた宝石は宙を飛ぶ。 興味なしとばかりにキッドの扱いはガラッとぞんざいとなった。警察のあまりの無能ぶりを目の当りにして、いささか鬱屈していたKIDは、日頃の紳士の仮面はどこに飛んでいった?!と、ばかりにめくれていた。下からのぞくのは彼本来のものである。傍若無人を絵にかいたような。 慌てて受け止めた中森警部はなんとか無事にキャッチできたようだ。両手でつかんで深く、深く安堵の溜息を洩らした。 それをシラーっと眺めるKIDの興味はすでに宝石にはなかった。
月を見上げて口端を上げる。 用事は終わった。なら次は‥‥‥と、既に思考は先へと向かっていた。
「それでは私はおいとましますよ。中森警部」 「な、お前‥‥‥ッ!!」
グラリと後ろに傾くKID。 白い軌跡を描き、フェンスからKIDの身体が離れてゆく。あっという間だった。一瞬、宙に止まったかのように見えた白い色に目を奪われている隙に、KIDの身体は視界から消えてたのだ。 思わず落ちた!!と誰もが思った。
ハッと我に帰った中森はいの一番でフェンスに駆けより下を覗く。そこには真っ黒に塗りつぶしたような夜の闇が眼下に広がっていた。目を凝らしても何も見えないその闇の中にKIDの姿はない。思わずごくりと唾を飲み、冷や汗を全身にかいた中森だったが、彼の不安を嘲笑うかのようにKIDのグライダーが視界ギリギリで旋回していった。すぐに白い影はビルの谷間に消えていった。
「捕まえろッ!!!KIDを捕まえるんだッ!!!」 「「「「「「は、はいっ!!!」」」」」」
「おのれぇぇぇ〜〜〜〜怪盗キッドめぇぇ!!!」
血気盛んな警部の叫び声が、都会に響き渡った。
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