徒然帳 目次過去未来
2006年07月02日(日) .....不動峰物語り16(テニスパラレル)



関東大会準決勝一一一一六角中VS氷帝学園。
なんというか…やっぱり、コートの周りは氷帝軍団に囲まれて、がっちり周りを固められていた。可哀想に六角中の部員が居られる場所は、極端に狭くなっている。コーチベンチがある周囲ぐらいなものだ。試合会場は、ほとんど氷帝ジャージに埋め尽されている状況であった。
そしてお馴染みの名物も顕在である。
氷帝名物一一一ヤジ合唱。

「氷帝! 氷帝! 氷帝!」
「勝つのは氷帝! 負けるの六角一一一!」
「勝つのは氷帝! 負けるの六角一一一!」
「氷帝! 氷帝! 氷帝! 氷帝!!」
「氷帝!! 氷帝!!」

それはそれは、応援にリキが入っていた。
青学戦の時より、さらに威力が増している。

すでに全国大会の出場がどちらとも決まっている2校だが、この盛り上がりはなんなんだろうと、周囲の見学者達に疑問がわくのも仕方がない。
一一一一一何か因縁でもあるのか?
そう思うのも、全ては氷帝側の態度が明らかに変であったからである。
前年度の全国大会ベスト16という実績を持つ氷帝なら、格下である六角中をこれほどまでに意識するような応援にならないはずである。それがどうだろう……。
「いつ見てもスゲェよな、氷帝のコールってさ」
「ああ。これじゃ対戦相手はたまらねーよな」
「大抵のヤツはビビるって!」
「でもさ、なんか変じゃね?」
「ああ……みろよ、氷帝のアイツラの顔! 親の仇のように六角中を見てんじゃねーか!! 普通じゃないって………何かあったんじゃねーのか?」
誰かの喉が、ごくりと喉が鳴った。
興味深々とした眼差しが注がれる今大会は、異様な空気をかもし出していた。
強豪の名に相応しく、2回戦目一一一緑山中をあっさりと打ち破った氷帝は余裕でベスト4入りを決め、準決勝の対戦相手である六角中もケタ違いの強さで勝ち上がってきた。
その強豪同士の戦いである。
注目するなという方が、無理である。
この両校の試合を見に来ようと、試合会場には続々と他校生達が集まってきていた。
「どっちが勝つかな?」
「そりゃ昨年度の全国行った氷帝じゃねーの?」
「いやいや、六角も侮れねーって話しだぜ」
「でもさ。氷帝には跡部様がいるからな。なんたってこの前の青学との試合は凄かったらしーじゃん! オレ、見逃したからもう悔しくて……」
「じゃぁ今度は見逃せねーな」
「そーそー」
準決勝戦は他にも有名すぎる立海大付属VS不動峰戦もあったが、氷帝VS六角中には及ばなかった。あまりにも結果が予想しやすい王者・立海大の試合よりも予想が困難なこちらの方が面白い一一一一一と判断されたのかは知らないが、氷帝VS六角中の注目は予想以上であった。先日の第一試合、氷帝と青学との部長同士の試合は、すでに大会では伝説扱いとなっている。その影響もあって、氷帝VS六角中の試合会場は満員御礼となっていた。勿論、ほとんどの目当てが跡部であることは言うまでもない……。
そんなたくさんの観戦者の中に、リョーマはいた。
フェンスに群がる氷帝ジャージの後ろから数メートル。観戦しに来た他校生達よりも遠くからこっそりと、リョーマは木の裏からコートを覗いていた。理由は言わずもがな。天然少年ジローを警戒しての事である。よっぽど抱きつかれたのが嫌だったのか、試合会場に来る直前のリョーマの行動は、事前確認して(ジローがスタンド内に姿があるのを見て)から来る念の入りようであった。端からみれば怪しい事この上ないのだが、本人はいたって真面目なので仕方がない。伝言を伝え終わって合流してきた副会長に「そんなに警戒しなくても」と呆れ返られたほどだった。
「……………会長……」
「だってさぁー…」
リョーマは木にへばりつきながら観戦していた。
「なんか知らないけど異様に感がイイんだよね。ジローだっけ? ………神出鬼没だし、いきなり飛びついてくるし、押しつぶすし、そんでもって離さないから最悪一一一一」
「…………………………」
いきなり後ろからタックルしてきて地面に引き倒されるリョーマはたまったもんじゃない。痛いわ、重いわで全く良い印象がないのだ。
何が気に入られたのか解らない一一一一一いやいや、解りたくも無いが、相手は顔を合わせれば事あるごとに抱きついてくるのだ。嫌だと言っても聞きゃしない。こちらで抱きつかれる前にガードしなくちゃならないとは、本当に面倒臭いことばかりだ。
リョーマにとって芥川慈郎は、本人が知ったら泣くかも知れないが、……完全なる鬼門扱いだった。とにかく逃げの一手しか打てないのが難点だが、直撃よりはマシだとリョーマは逃げまくっていた。
「あれさえ無ければ……」
「よほど気に入られたのでしょうね」
「…………あんな気に入られ方、嫌だ一一一」
嘆くリョーマを慰めるように、副会長から賛同があがった。
自分に置き換えてみたのだろう。
誰だって嫌なはずだ。
「確かに押し倒されるなら可愛い子が一一一一一一一一一」
いいと、言いかけた副会長がチラリとリョーマを見て口を噤んだ。
二人の間に奇妙な沈黙が落ちた。
先に沈黙を破ったのはリョーマだった。
「一一一一何か言いたそうだけど? 副会長…」
静かすぎるリョーマの声に何を見い出したのか、副会長の返事はなかった。キラリと光る眼鏡のレンズが彼の表情を綺麗に押し隠してはいたが、動揺しているのは丸判りである。
「………試合が始まりましたね……」
微妙に声音が震えていた。














「ふぅ…ん、異様に燃えてるのは氷帝の外野だけみたいだね」
冷静に見れば一目瞭然。
レギュラー陣はいつもと変わりなかった。
熱気渦巻いているのは外野の応援軍団だけであるのが見て取れる。ギラギラした目で六角中のレギュラー陣を見てる(だけではなくてヤジまで飛ばして)いるのは……応援団である彼等だけのようだ。
「何かあったのはレギュラー以外……か」
「なんでも練習試合で氷帝軍団100人斬りをした選手が、六角側にましてね。因縁を付けられて相手にしたようですが、準レギュラー含めて100人とは凄いですよね。ほら、彼ですよ一一一クセッ毛の彼、天根ヒカル。ダビデ像に似ているから部員には『ダビデ』と呼ばれているオヤジギャグ好きですね」
「最後の説明はいらないんじゃ……」
「いえいえ。このオヤジギャグは試合中の合間にも飛び出してきますからね。オヤジギャグ好きにはたまらないアピールポイントですから」
「……………はぁ……いーけど」
絶対に必要ない情報だとリョーマは思った。
呆れながら試合コートに意識を向けると、そのダビデいわく一一一天根が、オヤジギャグを言って同じチームの相棒である黒羽春風に飛び蹴りを喰らっている場面だった。
試合中なのにツッコミするんだー……とか妙な感心をしてしまった。
「………なんて言っていいか判らない人達だね」
「ああいう明るさがウチにもあったら面白いですね。ブツブツ言う伊武にツッコミしかける神尾とか」
「…………そんなもの返り討ちにあって終わりじゃん」
しかも伊武はリョーマと同じドSを自負している。ツッコミかましたら喜々として苛め抜くのが、容易く想像がついてしまうから、絶対に神尾は頷かないはずだ。
だれも好んで苛められに行きはしない。そんなヤツはMだけだ。
(残念だけど神尾はMじゃないし…)
しかし何を考えて副会長は発言したのだろう。
真意は不明である。
副会長は「それは残念です」と、実に未練たらたらの様子を見せていた。
最近、妙な行動が目立っている副会長の謎は深まるばかりだ。




一一一一試合は続く。
パワーでは六角中の二人の方が断然、上である。
対する氷帝もパワーに定評のある鳳と宍戸コンビであるが、六角中と比べると、どうしてもパワー負けしているのはいなめない。
「鳳のスカッドサーブも六角には無効でのようで、あっさりと打ち返されてますね。パワーもあってスピードもあるバランスの良いダブルスですが、総合力では六角中の方が上ですね」
六角中のダブルスはパワーだけではない。パワーもさることながら、スピードもある。パワーで攻撃してスピードで守備する一一一一それは攻守に自在に変化できる独特のスタイルであった。
しかし。
「うん。だけど勝つのは氷帝なるね」
リョーマの宣告は目の前の状況を覆すものだった。
現にリードしているのは六角中である。
観客はこのまま六角の攻勢が続くと思っているはずである。氷帝の応援の声にも覇気がないのがその証拠である。鳳と宍戸は明らかに劣勢であった。
「……おや。それはそれは波瀾の予感ですね。もしかして逆転劇ですか?」
「この試合……シングルス2までは回らない」
「ほう……3-0ですか」
「……あくまでも予想だけどね」
フォローをするリョーマだが、その予想がピタリと当たるのが彼である。
副会長は全く疑うことはなかった。
「氷帝も着実に戦力アップをはかってきたようですね」
なんせ、発言をしたのが越前リョーマである。彼の言葉ほど信じられるものはないと豪語できるほどなのだ。越前シンパの急先鋒である副会長が、異論を言うことは無かった。それだけ信頼しているとも言う。副会長はパソコンを開いて、リョーマの予想した結果を打ち込んでいた。
「それにしても氷帝のレギュラー陣は、個々のレベルが急激に上がってますね。これは全国大会へと向けた調整と考えていいですね」
「あそこも温存戦法だからね。全国大会でベストになるように仕向けているんだろーけど……」
不動峰ほどではないが、関東大会でも部長の跡部まで回ってくることはほとんどない。実力の7割程度で勝ち進んでいるのが、当たり前。一一一一それだけに、先日の青学との試合は決勝戦ほどの価値があったと言って良いのだろう。強豪といわれる学校は、ほとんどが実力を出し切ってないで全国大会に出場してくる。立海大しかり、氷帝しかりと部長の出陣はほとんどないのだから。
本来、青学は全国大会へ出場できるほどの実力校なのだ。
そう考えると組み合わせの運っていうのも大切である。
一回戦で青学と氷帝というカードがまみえてしまったのも、全てはくじ引きによってである。シードされていた青学の対戦カードを引いた跡部が凄いのか、初戦で敗退しなくてはならなかった青学としては、運がなかったと言えよう。
せめてベスト4に残れる組み合わせだったら一一一実力校であるが故の嘆きだろう。
「立海、不動峰、氷帝、六角一一一一と、敗者復活戦での勝ち組が全国へ行けますが、データから見れば山吹優位が妥当ですか……」
「………団体戦だからね」
個人的に能力が高いだけでは勝ち抜けない。
団体戦では総合力が優っている学校が、勝ち抜ける要因となっている。
特に山吹はシングルスとダブルスの二つが強く、他の学校よりも抜き出ていた。
「山吹はシングルスの千石と、ダブルスの……ジミーS……のおかげで良い結果となっていますが、決定打不足はかわりないですね。先日までいた阿久津が抜けなければ、全国上位は確実でしたでしょうが……」
「…………………。」
誰の所為とは言わない。
副会長は眼鏡を押し上げて苦笑するのみだった。
「まぁ、準決勝が終われば一応の一区切りとなりますね」
ここまでは不動峰は完全に負け仕様一一一一だけど全国大会ではそうはいかない。リミッター解除して全力で戦えるのだ。
「フフ……楽しみですね、会長」
「強いトコと戦えるのがね」
フフフ……と妖しい笑いを浮かべるリョーマと副会長であったが、リョーマはすぐに顔色を変えて走って行ってしまった。全速力で逃げてゆく一一一一。
見送る形となった副会長の背後から、馴染み………というか聞き慣れた声が聞こえてきた。

「リョーマ!! リョーマ!!」
「おいこらッ! てめぇ大人しくしてやかれッ!!」
「樺地!! ジローを取り押さえてろ」
「ウス」
「ヤダよ! あそこに、リョーマが……!!」
「今は試合中や!! こら、逃げんなジロー!!」
「あきらめやがれッ!!」

ドカッ!!




「なるほど……」
振り向かなくとも判り易すぎる声であった。























数分後……。
リョーマは普段かかない汗をかいていた。
運動でかいた汗ではない。冷や汗というやつだ。
異様なスピードで氷帝戦のコートから逃げてきたリョーマは、周囲を警戒しながら歩いていた。どこから来るか判らない相手に油断は禁物である。
(試合を放っぽって来そうだし……)
まさに溜息しかでない。
関東大会では氷帝と当ることはもうない。
問題は……全国大会の抽選だけだろう。
一一一一願わくば氷帝と当りませんように……と、神頼みするしかない。
(初っ端からブチ当るのだけは勘弁してほしい)
目的もなく(逃げる為だけに)歩いてきたリョーマだったが、もう一つのテニスコートの歓声に足を止めた。王者立海大付属と不動峰の試合会場であった。

「ダブルス2が終わったか……」
6-0で立海の柳生・丸井ペアに不動峰はストレート負けをした。
それだけではない。
これから不動峰は完膚なきまでに負けをきすのだ。
圧倒的な力の差を見せつけての立海大付属の勝利となるだろう一一一。

悔しがる不動峰の面々。
余裕の立海大付属の選手達。
全てが一一一リョーマにとって、駒でしかない。

「ここに幸村がいなくて本当に、良かった」
彼ならば看破しただろう。
不動峰の選手の実力がこんなものではないと。
リョーマの通っている学校であるから尚更と、警戒したはずだろうが…………難敵・幸村は不在である。要注意人物の欠けた立海大のメンバーでは、この大掛かりな詐欺まがいの舞台は見抜けないだろう。向うにコート上の詐欺師とかいうヤツがいてもだ。こちらは念入りに、学校ぐるみで隠してきたのだから。それもリョーマの筋書き通りに。
演じさせられているとは誰も思うまい。
一一一一一幸村以外は……。

「全国大会は面白くなるね一一一」
もはや予想ではない。
その先に見据えるものは、不確かなものではなく、リョーマにとっては確実なる未来でしかなかった。
「そしてできれば………………」
一瞬だけ遠くを見つめた視線は、宙に浮いてすぐに元に戻った。苦笑したリョーマが何を想像したのかは伺うことは出来なかったが、確かなことはひとつ。


彼に導かれて不動峰が伝説を打ち立てることになる物語が一一一一一一全てを巻き込んで、すでに回り始めている事だけであった。




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