徒然帳 目次過去未来
2006年06月30日(金) .....不動峰物語り15(テニスパラレル)


一一一一関東大会2日目。
氷帝、立海大付属、六角中……と、ほとんどが試合を終わらせる中、最後になったのが、山吹VS不動峰戦一一一一一シングルス2は、試合中であった。

「どっちがベスト4進出なるのかなー?」
「2-1だから不動峰だろ。向うはシングルス3が部長だって話しだし、山吹の室町って聞いた事ねーからな」
「そーだな、ここで千石が勝ってもなぁ……」

問題児であったが、実力はピカイチ。あの千石を上回る能力を秘めていたと言わわれる阿久津の抜けた穴は、それほど大きかったという事だろう。せっかくシングルスの補強をして、今年は全国優勝を目指せるとも言われていただけに、惜しい。今の総合力ではやや不動峰リードというのが、周囲の見解であった。
そんな中、1人ほくそ笑むのは不動峰の副会長である。
「甘いですねぇ……」
最前列、ベンチコーチ席とは反対側の席に座って試合をみている。勿論理由はあって、あまり不動峰陣に近寄って、いらぬ勘ぐりをされるのを回避する為である。あえて副会長は反対側スタンド席の人気のない場所を選んだのだ。黒い学生服で1人座っているから傍目には目立つのだが、副会長としては不動峰関係者に見られれなければいいので、いくら注視されてもオッケーである。
不動峰の部員は極端に少ないので、コート内ベンチ周辺に見事に固まっている。その輪の中に入らなければ、かなりの確率で仲間とは思われない。
副会長は堂々と敵状視察をこなしていた。
「ふむ。さすがは千石。彼の能力一一一一動態視力一一一一はダントツですね。神尾のスピードを完全に捉えているとは……いやはや、全国区は伊達じゃないということですか……」
感心しながらパソコンを打つ副会長の手元に、ふいに影が浮き出た。
振り向かなくとも影の大きさで、誰だか判かる。
後ろに立つ人物に副会長は声をかけた。
「一一一立海大付属はいかがでした?」
すぐさま応えがか返ってきた。
「んー……まーまーだったかな」
リョーマが『まあまあ』というのなら、その実力は『そこそこ』程度。相手は昨年の優勝校立海大付属であったとしても、リョーマがそう判断を下したなら間違いはない。
「つまりはウチとほとんどレベルが変わらない……という事ですか?」
「………………今の状態ならね」
現在、立海第付属中は最強と言わしめる部長の幸村精市を欠いている。突然の病気で倒れて入院中一一一一一その穴を埋めるべく他の部員が一丸となって頑張ってはいるが、やはり幸村が居ると居ないのでは、そうとうに違うようだ。
「そんなに違いがありましたか?」
「月とスッポン一一一一今の立海はがむしゃらって感じで、一部から回りしてる選手もいるからね。精神的動揺は拭いされてないと見てイイよ」
シレッと喋ってリョーマが副会長の隣に腰をおろす。目の前の試合を一瞥すれば、神尾が苦戦を強いられているのが見えた。ジャージは着ていない。
「神尾先輩がリミッター2まで解除してもアレね……」
「千石の動態視力の高さとそれに付随している身体能力はやっかいですからね。スピード戦法の神尾とそれを見切ってしまう千石………神尾にとっては不利でしょう」
ベンチでは息も絶え絶えの神尾だ。
どんなに速攻をかけても全ての球を千石にことごとく打ち返されてしまっていた。スピードは彼の自負する武器であるだけに、そうとうなプレッシャーが、かかっているに違いない。神尾の苛立ちが、遠目からもはっきりと見える。コートを挟んだ向う側一一一一不動峰サイドは些か暗くなっていた。隣にいる山吹は、千石の活躍に声援が活気づいている一一一一一一2校の、現在置かれている状況差は大きい。
山吹は千石の試合ひとつで精神的に盛りかえしていた。
この試合は負けるかもしれない……という雰囲気が、不動峰サイドに漂っている。
「神尾先輩が負けても橘さんがいるからイイけどね」
そんなことを言ってはいるが、頬杖をついて観戦するリョーマの視線はかなり冷たい。凍えるような視線で神尾を注視しながらリョーマは、ぼそりと呟やいた。
「一一一一でも負けたらスペシャルコースに御案内」
「おやおや……ピンチですね」
もちろん神尾が、だ。

不動峰のテニス部では『恐怖の』という形容詞がつくリョーマの特訓。一部をのぞいては、必ず泣いてしまう……かなりキツイ練習であり、神尾は何度も泣かされていた。
ここで負けたら数十回目の涙をするだろう一一一。
不穏な空気を察したのか、冷気に気づいたのか………向う側ベンチから立ち上がった神尾とリョーマの視線がピタリと重なりあった途端、面白いように神尾の動きが大きく乱れた。流している汗が冷や汗に変わる。コートに戻ってゆく神尾の背中に、はっきりと不幸の固まりが見えた。
(あ!)
(一一一一一げっ!!)
(………居たのか…)
(フフッ……これで神尾の特訓はキマリだね……こんな不甲斐ない試合を見せるなんて、オレならしないけどシングルス2にでたんだし、しかたないね……)
(あっ! ああー!!)
(神尾、超ヤバイじゃんかー!!)
橘と部員もリョーマに気づく。
当事者でないのに、何故か青くなる一同であった。
※もちろん橘と伊武はべつであるが……。

その橘と伊武が神尾を呼び止めた。
「………神尾、勝たないとヤバイぞ」
「きっと特訓になるね………それも超ドSな特訓になると思うよ……。あの表情見なよ。ヤバクなってるよ……S顔満載で、神尾を見てるよ……」
「一一一一一一っ!!!!!」
二人の助言(?)にもう一度、リョーマの方へと視線を向けた神尾は逃げたくなった。首をかっ切るマネをするという、貴重な………いや、絶対に見たくなったリョーマが居たのだから。
神尾は真っ青を通り越して白くなってしまった。
(負けたら確実に殺される一一一一!!!!)
脳裏に浮かぶのは再起不能なまでの折檻のような、特訓であった。走馬灯のように脳内で流れて、神尾の神経をつっ突く。
(あ、あれだけは嫌だぁあああーーーーー!!!)
心の中で絶叫する神尾に、橘と伊武が追い詰めた。
「……神尾。リミッター全部、解除してもいいから勝て」
「………そうしないとリョーマ君の餌食………オモチャになることは間違いなしだね。まぁ……僕としては別に構わないんだけど…………オモシロイから………」
橘の助言と伊武の無責任な発言に、神尾の神経がプツッとキレタ。
怒りではない一一一恐怖でだ。

ふらふらとコートに戻り際、神尾の意識は一つしかなかった。
(一一一一一絶対に、生き残るッ!!)


怒濤の快進撃で、千石を下したのは言うまでもない。


















不動峰の3回戦一一一一一準決勝戦の相手は立海第付属である。
次の強敵に供えてしばしの休憩を取っている不動峰メンバーの元へ、副会長がにこやかに訪れたが、やはりリョーマはいなかった。
彼が郊外で不動峰に接触するのは、全国大会から。その理由を知っている面々はしたり顔で、副会長の訪問を受け入れている。みんな承知しているから驚きもしないが、未だに千石との試合を1人だけ引き摺っている神尾だけは、今後の事で不安になっていた。病人のように青ざめている神尾を見て、副会長は苦笑する。
「これなら良かった」
「良かった?」
副会長の言葉に怪訝な表情をしたのは橘であった。
不調の神尾の状態を見て「良かった」という意味が判らなかったからである。橘は不思議そうに、問いかけの視線を副会長に向けた。
「何かあるのか?」
周りの部員達も自然と集まってきた。
何の話なのだろうかと、みんなが副会長を見ると、彼はゆったりとした動作で眼鏡のフレームを押し上げて、口元を吊り上げた。

「会長から伝言がありまして……」

このタイミングで、この使者。
ならば……伝言の内容に察しがついた。
橘は「そうか」と呟いただけで後は何も言わなかった。
既に予想済だ。
(たぶんあれだろう………)
橘の黙認を許可と受け止めて、副会長がおもむろに告げた。

「立海戦は温存で一一一一一負けろ………だそうです」

部員達が息を呑む中、橘の表情は揺らがなかった。
(やはりな……)
リョーマの計画を遂行するなら……今、立海に勝つのはダメである。相手は昨年の優勝校だ。もし間違いでも勝ってでもしてしまったら、途端に注目度は倍増になること間違いなし。伏せていたカードがその日の内にオープンとなっしてまうのは明白である。それだけはできない選択肢であると、橘にも想像がついた。だからといって全部温存であっさりヤラレてしまっては、相手の実力差など計れなくなってしまうのではないか……。そこが橘の一番の懸念する所だったが、そんな疑問もリョーマは知っているのだろう。
(……あれは千歩先まで視ているからな)
越前リョーマという少年の凄さに、もはや疑うことすらしない橘は
全てはリョーマの筋書き通りに事は進んでいた一一一。

「…………立海大に負けても全国大会には行けるから…か」
橘の言葉に副会長も頷いた。
「温存は強制だそうです」
「あくまでもカードを伏せて臨むつもりなんだな一一一一アイツは」
「そのようですね」
眼鏡の奥でキラリと光る。
「油断させてバッサリ斬るのが一一一一会長ですからねぇ…」
その言葉に誰もが首を縦に振る。
さもありなん一一一一。



2、3話してから副会長が不自然にならないように、去っていった。
不動峰のテニス部員も立ち上がりはじめた。休憩は終わりだ。
そろそろ準決勝が始まろうとしていた。

「橘さん………」
「ああ、しかたねーけど命令だからな」
「………でも全国大会にはできるんだよね………なら、後は弾けるだけだね……フフフ……ようやくリョーマ君と一緒に試合できるよ……たのしみだなぁ……」
「伊武……まだトリップするには早すぎるぞ。立海戦終わってねーだろーが」
「そーそー。ちゃんと向う側の目を騙さなきゃないんだし」
「気合い入れてさっさと終わらせようぜ」
「でも、バレないようにしないと………オレ達が死ぬな………」
「……………」
「……………………。」
「…………………」
「………」
「………………」
「…………………」
最後の神尾の台詞に会場へと向かっていた不動峰部員の足並みが、ピタリと接着剤に張り付かれたような不自然さで止まった。橘までもが固まって立ち止まった。
それからギギギと、擬音がするかのように振り向いた一同は、発言者に無気味な笑顔を向けたのだった。

「怖ッ!! ちょっ、橘さんまで何を……ちょォ一一一一一一!!!!!!」




その後。何があったかは、神尾の名誉のために伏せておこう。





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