徒然帳
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2006年06月21日(水) |
.....不動峰物語り14(テニスパラレル) |
越前リョーマはいつものように、仕事をしていた。 生徒会は忙しい。会長職ともなれば尚更である。どこぞの学校のように全てを部下に任せて、1人寛いでいる……なんて、事はない。役員も一生懸命に働いているが、会長も働く。それが不動峰中学校、生徒会執行部である。
テニス部のコーチ兼、控え選手として登録されているリョーマであったが、見事に両立してみせているのは彼の能力も高いことさる事ながら、生徒会役員の強力なバックアップがあったからだ。 人数がギリギリで大会出場もやっとこさの状況は、リョーマが加入しても変わらない。その所為で、実力不足となってしまう弊害を考慮したリョーマは、自分の立場を有効活用して(越権乱用とも言うが…)、生徒会役員に他校のスパイをさせたりなんだりと、パシリにしていた。
生徒会役員のみならず、教師陣にも絶大な影響を持っているリョーマの命令を拒むような人は、生徒会役員にはいなかった。無論、教師達も。越前リョーマの為ならなんのその! そんな人達ばかりに不動峰中は、なってしまったからだ。 みんな「まかせてください!」と、かけてゆく。 他校のスパイをしたり、情報を流ししてもらったりと、かなり危ない集団になりつつあったが、そこは中学生なのでタカが知れている。あくまでも他校との交流や友人関係からの情報収集である(1人だけヤバイことしている者が居るが……)ので、大事には至っていない。 (……って、いうかアメリカの方がもっとヤバかったし……) つらつらとそんなことを考えながらパソコンを打っていると、生徒会室に珍しく生徒会顧問の教員が入室してきた。 「越前はいるかー?」 「何かあったんですか? 金子先生」 金子と呼ばれた生徒会顧問である教員は、越前リョーマが会長となってからは、ほとんど生徒会室には寄らなくなった。問題が山積みだった昔とは違って、今の生徒会はちゃんと機能しているからだ。リョーマの監督の元、過去から引き続いた問題のあれこれが、嘘のように片付けられてしまった。断線状態であった生徒と教師の橋渡しの役目も復活させた。 今期の生徒会は、伝説になる一一一一と、言わしめるほどだ。 「私も肩の荷が降りて大変、楽になりました。これからは生徒会に全て任せて、私はのんびりと後ろでお茶をすすってますよ」 一一一一とは、職員室でお茶をすすりながら、新聞部のインタビューに語った金子の言葉だ。最新号の校内新聞に載っている有名な記事である。 めったなことがない限りは干渉しない。 その金子が生徒会室にやってきた。 なにか問題でもあったのか一一一? そう思ったのは仕方がなかっただろう。 椅子から立ち上がって、リョーマが臨戦体勢を取る。 周囲に居た役員も、動きをぴたっと止めた。 「問題でもありましたか?」 副会長が書類を閉じて眼鏡を押し上げる。 それだけで室内の気温が3度ほど下がった。 現場の空気に圧倒されて、金子は頬を引き攣らせた。 「い、いや………そうではなくて」 怖い。 マジで怖いと金子は震えた。 背筋から冷たいものが這い上がる感覚に、生徒会の優秀さを思い知らされた金子であった。 「問題はない。……そう、テニス部の用件だから……」 そう言ったとたんに、室内は元の空気を取り戻した。 「そうでしたか、それはそれは……」 「そーいえば先生に窓口を頼んでたね」 リョーマもピンと来た。 テニス部の臨時窓口として金子先生に、他校からの連絡を取り持ってもらうのを頼んでいたと。
通常ならば顧問の居ない不動峰中テニス部では、部長である橘が全てやっていたのだが、それでは彼の練習量が減ってしまうと危惧したリョーマが打った手である。 練習試合や取材などは学校を通すのは常識である。 つまりは一度、学校に連絡を付けてから顧問→部長→部員へと回るシステムはどこも同じ。しかし今のテニス部はリョーマが仕切っている。連絡は当然、コーチであるリョーマの仕事となる。しかし生徒であるリョーマが拘われば、連絡を取った向う側が怪しむだろう。何故、部外者が? ……と。 調べれられれば越前リョーマの名前が浮かび上がる。 会長であることも。 一一一それはいい。 隠している『テニス部』との関連がバレなければだ。
どこから洩れるとも知れない過去が、リョーマにはあった。 アメリカだったからとか、1年前だったからとかは情報社会では通用しない。深く調べられれば、越前リョーマがテニスに深く関わっている人間であると知れてしまう。一一一そこから推測されたなら確実に、テニス部に目が行ってしまうだろう……。 (……できれば全国大会までは伏せておきたい) リョーマの作戦を遂行する為に、窓口に金子先生を置いたのだ。 報告は全てリョーマの元へと来るはずなのだが、実力を温存している為に、未だに他校からの練習試合などの申し込みはなかった。だからついついリョーマも忘れていたのだ。 「先生。テニス部の用件はなんですか?」 リョーマが話を振れば、汗を拭いながら金子が答えた。 「…………あ、ああ…。合同練習をしたいという申し込みだったんだけど……。」 「…………合同練習?」 訝し気にリョーマが聞き返した。 「そう。一緒にぜひ練習をしたいと……。さすがに私も聞き返したぞ。『試合じゃないのか』一一一一とな。そしたら向うは試合はこの前したので、実力は知ってます。今回は能力向上の為に……って話だったぞ」 「……………試合相手」 唸るリョーマの横で、副会長が自分のノートパソコンを開いた。 「………まぁ、有力候補なら『青学』でしょうね。確か部長の手塚が九州へ治療の為に、青春学園大付属病院へ行ったようですし、副部長の大石もいまだ怪我は完治していない。抜けたシングルス1とダブルス編成の為に、他所の学校と手合わせして試してみたい一一一一一という事でしょう。それに関東大会には敗退していますから………この申し込みは我々を思いやっての事かも知れませんね。一番確率が高い理由ですよ」 金子も大きく頷いた。 「そう! 申し込みは青学からだったよ。」 やはりねと、副部長が口元を吊り上げた。 「向うはこちら側が部員不足というのを知っているし、練習相手がほとんどいないのも知っているはずですからね。きっとこっち側にとっても利害があると思っての申し込みでしょう」 調べればあっさりと解る事だ。 不動峰中テニス部が部員不足なのも、練習相手がいないのも。 全ては生徒会がきっちりと情報規制をもうけているからなのだが、思ったよりも成果はあったようである。青学には情報に長けては凄腕の部員がいる。データの為なら苦労も惜しまないという一一一乾貞治一一一。不動峰生徒会でも要注意リストのトップに載っている人物である。 このまま接触せずに済みたかった。 「……断ったらかなり怪しい……か」 「怪しすぎますね。ウチは練習不足というのが通説ですから」 「…………………。」 「対戦したのが地区予選一一一一いくら実力を押さえてといっても彼等の変化は著しいですから、疑われる事は間違いないでしょうが、………彼等はそんなに甘くはない」 過去のデータを押さえられていると言って良い。 乾が地区予選を元に、全て揃えてしまっているだろう。 そこで今の変化を見せれば疑問に思うはず。
一一一一いつの間に、上達したのか一一一と。
そして続く。 どんな練習をしたのか? 誰を相手にしたのか一一一?
いくら何でも彼等だけでスキルアップしたとは思わないはずだ。そして行き着く疑問は、必ず一つ。不動峰中の変化には誰かが加わっている一一一と。 乾なら『越前リョーマ』に辿り着くのも簡単であろう。 副会長はその点を大きく評価している。 彼ならばやる一一一。してしまうだろうと、確信を持っている。
「会長、どうしますか?」 「……………。」
黙っていたリョーマの表情は変わらない。 いつものよに冷静なままであった。
「決まってる。実力を出せないようにするまでさ一一一一。先生、青学にはOKしといて下さい。期日は明日あたりでヨロシクお願いします」 「あ、ああ……わかった」 そう言うと、椅子から立ち上がって、リョーマはドアへと向かった。 「会長?」 「ちょっとシゴイてくるから、後ヨロシクね」 「「「「「「…………………………」」」」」
一一一一一一一シーン一一一一一一
死して屍、拾う者ナシ……… そんな言葉が生徒会室にいた全員の頭の中に浮かんだそうな。
一一一一翌日。 青学との合同練習も無事に終わり、帰りのバスの中で死んだように眠る不動峰メンバーがいた。なんとか部長である橘は意識を保っていられるのは、基礎能力の差であろう。 さすがは橘である。 だが、その橘も昨日の練習だけは生きた心地がしなかった。 いきなりリョーマがテニスコートに乱入した時は何かあったのかと思ったが、そんな心配も部員を喜々としてシゴキ始めた時には、吹っ飛んだ一一一。 いきなり……? しかもこれですか一一一一一一??!! 驚愕する部員をめった打ち。 コートに部員の死体が積まれていった……。 橘でさえ立ち上がれなかったほどの特訓だった。 朦朧とした意識の狭間で、最後に合同練習がある事も聞かされ、この地獄の特訓の意味を悟ったが……改めて橘は思った。やることなすことリョーマはブッ飛んでいる。それは何も橘1人の意見ではない。テニス部員一同、おなじであった。
確かに効果はあった。 全力でも身体が思うように動かなかったほどだ。 だが……。
「…………危なかったな……。手塚がいたらバレてたな」 あの男なら看破しただろう。 自分達の実力が、故意に隠されていると見抜かれたハズだ。 手塚が居なかったのは幸いである。 (……………越前は知ってて送りだしたな) 改めて、越前リョーマという人物に畏怖する。一一一あの存在が、強いだけではなくて、こうも見事に先を読んで手を打ってくる、あの、思考が凄い。橘は本気でそう思った。 青学が関東大会敗退したからといって、油断はしない。どこから情報が漏れるか判らない時代だ。………リョーマに手抜かりなどない。きっちりと締めるとこは締めて、あくまでも実力温存でゆくつもりなのだ。それがどこまでも本気であると、橘は実感している。 そして思い出す。 数カ月前のことを一一一一。
『なぁ、越前』 『………………なに?』 『俺達にテニスを教えてくれないか?』 『………………』 『全国に通用するテニス部にしてくれないか一一?』
無言のリョーマを見つめる橘は、決して引かなかった。 ここで断られても、何度も頼むつもりだった。 (こんなチャンスは二度とないッ!!)
『…………………』 『………………………はぁ……』 思う所があったのだろう。 リョーマ自身、テニスをまだ、捨てられなかったのだ。 あの時は知らなかった…………。
『一一一一いいよ。協力してあげる』 溜息をついて、リョーマが言った台詞に喜んだ。 次に一一一一驚いた。
『でも目標は全国優勝一一一じゃないと許さないから』
自分が手を貸すんだからと、リョーマはテニス部にそれを宣言する。 それは強制だ。
なんと次の日は特訓メニューをこしらえて来たし、生徒会あげてのバックアップなんてものも付いていた。ギリギリ人数でやっとこさテニスをやっていた不動峰テニス部の状況が、一転したものだ。 あれほど辛かった雑事を他の人間がやる事によって、練習はさらに深いものとなり、橘は己の練習に磨きをかける事ができるようになった。リョーマの指導の元に、着々と部員達はレベルを上昇させていった。 (アイツならホントにオレ達を全国まで連れて行きそうだな……) 優勝までかっ攫いそうだし一一一。
「はは……。まぁそれもオレ達次第だけどな一一一」
苦笑しながら橘は目を閉じた。 団体戦は1人が強くても仕方がない。 リョーマだけではなくて、他の部員も強くなくては勝ち抜く事など一一一ましてや優勝など一一一できやしないのだ。 その為に特訓している不動峰の目標は一一一優勝一一一である。
「2回戦は山吹……さてどーなるか……」 じんわりとした疲労感が、意識を緩めた途端に大きくなった。 (きっと明日は死んでるんだろーな……) 這いずり回るテニス部員を想像して、橘は眠りについた。
全員が乗り越して慌てるのは1時間後一一一。
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