徒然帳
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2006年06月07日(水) |
.....不動峰物語り13(テニスパラレル) |
外観は白を基調としたケーキ屋は、近所でも有名である。 ちょっと値は張るが、その価値はあるといわれて人気が高い。日替わりケーキは特に人気が高く、開店から1時間ほどで売り切れてしまうほどだ。もちろん他のケーキも絶品である。 そんな人気店にリョーマは居た。 いや一一一居るのはリョーマだけではない。 沢山の少年達がケーキ屋に居た。
数時間前一一一一一。 氷帝学園テニス部の顧問である榊太郎から渡された書類に、いくつかの不備があったのを知って連絡をしたのだが、あいにくと忙しいので取りに来て欲しいと言われたのだ。 内容がテニス関連なだけに他の役員に託すわけにはいかなかった。テニス部の部員では差し障りがあるかもしれないし、それに今は部長以下は特訓中のためにお使いに行かせる訳にはいかなかった。リョーマのスペシャルメニューをきっちりかっちり、やるには少しでも時間が惜しい。 そんなわけでリョーマが氷帝へと足を運んだのだが…、出かけた先が悪かった一一と、言うしかない。
榊に会って必要な書類を貰い、さっさと帰ろうと歩いていたリョーマは、正門でバッタリと、ぞろぞろと何処かへ出かける氷帝レギュラー陣+αと、はち合わせした。 「………………。」 「……………」 「……………あ」 「………不動峰の」 「………………。」 「…………?」 知っている者、知らない者。 それぞれの動きが止まった。 それもそのはず。氷帝の生徒でない人間が、学園内から出てきたからである。しかも職員玄関から………目敏い者は少年の手にテニス関連と書かれた封筒が目に入っていた。 お互いに無言でいる事、数秒一一一一。 行動を起こしたのは天然少年だった。 ジローが、リョーマへ飛びかかる。 「リョーマ!!」 「………………………」 バシン。 「ふぐっ……」 リョーマは懲りずに抱きしめようと来たジローを、榊から受け取った書類の束でガードした。顔面を強打したジローは、痛みでその場で蹲った。 「くぅぅーーーーー」 「ジロー……お前なぁ……」 「ホンマ、懲りんやっちゃ」 そんなジローを見て、跡部と忍足がたしなめる。 氷帝メンバーも呆れていた。 「いきなり人に抱きつくのはいけませんよ、芥川先輩」 「鳳、コイツには言ってもムダだと思うぜ。なんせジローだからな」 「でも一歩間違えれば犯罪だよね」 「コイツ、気に入れば誰でも抱き枕にするからなー」 「……………ウス」 「………………芥川先輩……」 冷たい視線がジローに落ちる。 先日の試合後の顛末を、みんな知っているからだ。 送り迎えのバスの中で、跡部が忍足と説教をしていたので、全て知られてしまっている。 「酷いよーーーリョーマァー……」 「自業自得だろ」 「せやな」 ジローを助ける者はいなかった。
「一一一一おい、越前」 「なに?」 呼ばれてリョーマが振り返った。 「ちょうどいい。付き合え」 「は……?」 かけられた言葉は不可解であった。 リョーマにとっては疑問しか浮かばない。 目の前の俺様は、会話まで俺様だった。 「アーン? なんでそんな顔してんだよ。付き合えって言ってるだけだろ」 「………………えっと………」 (付き合えって………お付き合いの事……???) ちょっとだけパニックになったリョーマである。 今までそんなブッた切りの会話をした事がないリョーマは必死で会話の意味を考えたが浮かばなかった。せめて何に付き合うかは言って欲しい。そのまま「うん」などと頷いて、交際に発展するのもイヤである。アメリカ育ちで同性からアプローチされた事があるリョーマは警戒した。 (この人なら男でもOKとか言いそうだし……) 跡部が聞いたら憤慨ものの暴言を、心の中で吐くリョーマである。 こめかみが引き攣ったのを見て、慌てて忍足がフォローした。 「跡部……前置き抜かすのは悪いクセや。そんなんや、越前にまったく判らんやろ。それで判るのは樺地ぐらいなもんやでー。それに最後の言葉はアカン。まるで交際申し込む台詞になっとるで」 「………………。」 跡部が押し黙る。 さすがに自分の会話を思い出してマズイと思ったらしい。 二人の会話でリョーマの懸念は払拭された。 あきらかにホッとした様子を見て、跡部が唸った。 「なんでそーなる………」 「跡部はバリバリの俺様やから、違和感なかったで」 「………………。」 ムッツリと不機嫌になった跡部に変わって、忍足が説明した。 「すまんなァ、越前。跡部が言いたかったのは、オレ達これからちょっと出かけるよって、それに一緒にどうかって一一一話しなんや。変な誤解させてしもーて堪忍な」 「………なるほどね」 リョーマは納得した。 ちゃんと説明しててくれば解る。 だがハタと気づいて怪訝そうに忍足を見た。 (さっきからおかしいと思ってたんだけど……) 「なんで俺の名前知ってンの? 自己紹介した覚えないんだけど」 面識はあるといっても会話はほとんどない。しかも1、2回ほどである。跡部と会ったのはストリートテニス場だ。その時にリョーマが名乗った覚えない。先日の抱きつかれ事件の時も会ったが、ジローを回収した二人はさっさと去ってしまったので、会話はほとんどなかった。 それなのに二人はリョーマをちゃんと、呼んでいる。 抱きついてきたジローにいたっては名前呼びだ。 不可解な表情をするリョーマに、忍足が笑った。 「そんなん簡単や。不動峰の生徒会長で調べたら1発やったで」 「ストリートテニス場でこっちの情報はダダ洩れだっただろー? ……あの後すっごく大変だったんだからなー!」 こけし頭(リョーマの印象では)の向日が会話に加わった。 「生徒会のパソコンがハッキングされとったって、泣いてたな」 「証拠はでてこなかったし、跡部がキレてたしで生徒会の連中、死にかけ寸前だったぜ」 「その後、何度も点検と見直しさせられて屍になっとたな」 「……………………。」 (副会長………それって犯罪だって……) ニヤリとする彼を思い浮かべたリョーマだった。 さすがにハッキングしているとは思わなかった。 あの要領良い彼が足跡を残している事はないだろう一一一。
リョーマは後ろめたさから、氷帝の連中に付き合う事となった。 そして連行されたのが、ケーキ屋というわけである。
大きなガラスドアの向う側は、ゆったりとした空間が広がっていた。 広い店内に並べられたテーブル席は10席。決して多くはないだろう。多くの客がその席目当てで並んでいる事も多い。全てが壁際のソファー席となっていて、青いソファーが居心地良さそうである。 所々にブルーのラインとゴールドの文字が施されていて、高級感が見事に演出されているケーキ屋はリョーマでも知っていた。かなり評判の高いケーキ屋で、クラスメートがなんどかその話で盛り上がっているのを知っていたし、時折生徒会に差し入れされるお菓子類の中に、その店のケーキがあったからである。 リョーマの中でも上位にランクされるほどのお気に入りであった。
中央にショーケースがあって、そこに様々なケーキが宝石のように並べられてあった。燕尾服姿のボーイが側に立っていて、希望のケーキを取って受け渡してくれるシステムになっている。 飲み物はケーキに合うように、紅茶とコーヒーしかない。でも茶葉や豆の種類は多いので、文句はでない。専門店顔負けの美味しいドリンクもその店のウリの一つである。 今日もケーキ屋は盛況で、全席お客で埋まっていた。 だが今日は客層が違う。
店を全部貸きりにしての一一一学生のみ。 制服姿の少年達で埋まっていたのだ。 やることが違う。 関東大会進出記念の打ち上げと聞いて、リョーマは遠い目をしたものである。 (ブルジョアめ……) 全てお代は跡部持ちというから二の句が告げられない。 強制連行されたリョーマは、ショーケースの前で立ち尽くしていた。
「遠慮すんな。お前にはジローが迷惑かけたからな。その詫びだ」 「…………」 「そやそや。好きなモンいっくらでも食べな勿体無いでー」 「………………。」 跡部と忍足もそれぞれケーキを片手に席についてゆく。 リョーマはもうどーでもいいやと、かなり投げやりになっていた。 その投げやりの原因の一端である存在を見て、リョーマは更に深く溜息をついた。
「一一一一一なんで、副会長がいるのさ」 「美味しそうですね」 ニコリと笑って、当たり前ののようにケーキを物色している副会長が居た。 いつの間に……である。 ケーキ屋に連れられたリョーマは、何喰わぬ顔でケーキを選んでいる副会長をみて絶句したものだ。 「しかも食べる気満々だし一一」 「遠慮するのは支出してくれるスポンサーに悪いと思いますよ。ガッツリ食べて支払いの醍醐味を味合わせて差し上げるのが、招かれた私達の使命一一一会長も乗ってあげませんと」 「…………………。」 一一一どんな解釈だと、ツッコミたい。 最近、とみに言動がおかしくなってきている副会長であった。
「レアとベイクド、ニューヨーク、スフレが一般的ですが、抹茶、豆乳、ベリーとチーズケーキにしては珍しいのが揃ってますね……」 眼鏡を押し上げるポーズで、つらつらと説明をする副会長にリョーマは呆れてしまう。なんでそんなに知っているんだと疑問が浮かぶが、どうせ聞いても「秘密です」とかお決まりの言葉ではぐらかされるのは判りきっていたので、いちいち聞くのも面倒臭い。 ………が、やはり気になるリョーマであった。 「………詳しすぎるよ、副会長……」 「お店のお薦めはロールケーキとレモンパイみたいですね」 ショーケースの中でも一段と高い位置に展示されていて、説明書きに『店長お薦め』の文字が踊っている。その所為か、残りは少ない。1日に3回しかお店に並ばないので、かなりの人気をはくしている定番と言ってよい。周りの学生達も切り分けてもらっている姿を度々、見かけている。 お店に飛び込んで、ガツガツとケーキを食べる少年達の姿はちょっと異様であった。 慣れた調子で何度もおかわりする少年もいる。 ある意味一一一一目に痛い光景である。 そんな光景の中に組み込まれたリョーマは、貸し切りで良かったと本気で思ったそうな。
「私のお薦めは、ロールケーキですね。ふんだんに使われた果物が美味しいですよ。こってりいきたいならザッハトルテかティラミス。生チョコをこれでもかと使ったチョコレートケーキもアリですね。スタンダードならショートケーキ。店の格はこれで解るといいますから、試してみるのもいいのでは? ちなみにさっぱり目なら洋梨タルトかレモンパイをお薦めしますね。洋梨は果物の甘さをきじゅんにしてあるので、甘さが押さえめになってますよ」 「………………」 「ミルクレープも程よい甘さですし、クリームが苦手ならメープルシフォンか抹茶シフォンのクリーム抜きなんてのもありますから迷いますねー」 「………………。」 (凄く嬉しそうだ……) 知識だけではなくて、本当にケーキ好きなのだろう。 ウキウキしている彼は5個ほど選んで受け取っていた。 「会長はどれにします? 迷っているならば目ぼしいものだけ取って、おかわりすればイイですからね」 (おかわりする気満々なんだ…) 「……………はぁ……」 リョーマが渋々と選んだのは2つ。 アップルパイとロールケーキにアイスティーを付けて受け取った。
何故、どうしては忘れておこう。 考えたって無駄だから。 リョーマはケーキを食べる事にした。 パクリ。 「…………美味しい」 「良かったですね」 「うん」 「私のも食べてみますか?」 「………………」 副会長の勧めにリョーマはケーキ皿を見る。 彼が選んだのは5つだが、すでに2つしか残っていなかった。 ミルフィーユとモンブラン一一一一特に渋皮栗を使ったモンブランに、リョーマの視線が止まった。振り返って遠めにショーケースを見るが、それらしきものは見あたらなかった。 「人気のケーキだったようですね」 リョーマの視線を読み取って、副会長が苦笑する。 一口サイズに切ってフォークに刺してかかげると、リョーマはパクリと食いついてきた。 「美味しいでしょ?」 「……………あんまり甘くなくて、食べやすい」 評価は上々のようだ。 もう一口だけ切ってあげると、リョーマはまたもや食いついた。
一同、呆然である。 リョーマと副会長の様子は、どこかのバカップルのようであった。 さすがに同じ氷帝同士でもそんな事はしない一一一いや、したら変だろうし、したくない。やるからには可愛い女の子としたいのが本望だ。 しかし、みんながみんなそんな意見を持っているわけではない。 一緒の席にいた忍足が、面白そうに、なんとなくケーキを差し出してみた。 「これも美味しいで」 「………………」 パクリ。 リョーマは食いついた。 「…………ちょっと甘過ぎ」 「さよか。ならコレはどうや」 パクリ。 今度は良かったようで、頷いている。 その仕種が可愛いかった。 (なんや、ヒナの餌付けしとるみたいや……) その様子をみていた跡部もやはり普通ではなかった。 「………………。」 忍足のケーキに食いつくほど、そんなにケーキが好きなのかと思った跡部も、自分のケーキを一口切って差し出してみる。やっぱり、リョーマは食いついた。 「…………いける」 (……ヒナみてぇ……) 二人ともリョーマに抱く印象は一緒だった。 なんだか面白くなって、自分が食べるよりもリョーマにあげる方が多くなっていた。 「これもやる」 「こっちのも美味しいで」
これを見ていた隣の席から文句が上がった。 勿論、天然少年だ。 「ずるい! ずるい! オレも……っ!」 ケーキ皿を持って隣に移ろうとするも、ムンズと樺地に背中を捕まえられて、ジローは元の席に戻された。何度も隣の席へ行こうと試みるが、樺地の腕力から逃げる事は出来なかった。 「ずるいCーー!!」 「煩いぞ、ジロー。一一一一一大人しくケーキ喰ってろ。ちなみにこっちに来たらペナルティ付けるからな」 「諦めや。お前さん迷惑かけてもうたがな。罰や、罰」 「そ、そんなぁーー……」 シクシクとうなだれるジローを助ける者はいなかった。
こうしてリョーマの1日はケーキ三昧で終わった。 ちなみに副会長が何故ケーキ屋(しかも氷帝の貸きり現場)に居るかは解らずじまいのままだったとか。
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