徒然帳 目次過去未来
2006年06月06日(火) .....不動峰物語り12(テニスパラレル)

控え選手によるシングルスは、氷帝の勝利で終わった。
流石に選手層の厚い氷帝学園というよりは……青学の方の選手がイマイチ能力的にズバ抜けている選手がいなかった事が敗因である。今年の青学は、新入生に恵まれなかったようである。

「予想通り、氷帝が来たな」
「でもあの試合………手塚の怪我がなければ勝負はわからなかったな。」
「氷帝の切り札か……すげぇな。要チェックだ」

会場の囁きを冷徹な眼差しでリョーマは眺めていた。
隣の副会長は嬉しそうである。
それはそうだ。彼の仕事である偵察としては収穫は大きかった。
「氷帝も甘いですね一一一一一こんなところで切り札を見せてしまうとは、まだまだ。それとも他に切り札たる存在でもあるんでしょうか?」
「さぁ……? あそこは部員数が半端じゃないから、あんがいとあるかもね。でもウチには負けるでしょ」
副会長もその点ではリョーマに同意している。
「最大級の切り札が居ますからね」
ふふふと笑った副会長は、パソコンを手早く片付けはじめた。
青学と氷帝の長引いた試合が尾を引いて、第2試合は一週間後に日時を変更する事となり、他の生徒達も切り上げて帰宅の途につくこととなった。初っ端から波瀾含みである。
まばらになった観戦スタンドにいまだ座るリョーマと副会長に声がかかる。
「お、ここに居たか」
橘が二人を見つけて寄ってきた。
後ろには不動峰の面々一一一一黒いジャージ集団は酷く目立った。しかし、周囲の意識が彼等に向く事はないかった。集団で集まっていても無名校なだけに注目度は低いのが幸いして、ほとんどが不動峰という中学をマークしていなかった。まさにラッキー。リョーマ立案の目くらまし作戦は大成功である。

青学と氷帝という2大中学の試合は、注目度が高かった。それもそのはずで、周りには立海、山吹、六角中など強豪が揃いも揃って見に来ていたほどの、注目度ナンバー1。一一一一その事もあって青学と氷帝は、前よりも有名になってしまった。
特に手塚と跡部の試合はテニス史に残るほどの偉業になったに違いない。
この先何年も語り継がれるであろう……。
伝説とまで言われる試合が、二人の立て役者が、一一一一あらゆる要素が不動峰を押し隠した。
注目されないのも当然だ。これほど目を引く素材があるのだから他に目を向ける要素がない。

不動峰の部員が堂々と歩いていても、まったく噂になっていなかった。
リョーマの思惑通りである。
普段なら目立つ集団である不動峰が、このテニス会場では目立つ事はなかった。
「それもこれも青学と氷帝のおかげだね」と、リョーマがにんまりと笑った。


「橘先輩達も見てたんだね、最後のシングルス」
「ああ。氷帝の切り札一一一一見たぜ。面白いのが出たって感じだな」
テニスの形を打ち破ったあのスタイルに、一度は手合わせしてみたいものだと、橘が興味深気に言った。
「気持ちは判るけどね」
「…………興味あるのか?」
橘は驚いてリョーマ見つめた。
今までどんなテニスにも反応しなかった彼の言葉の変化に、橘は心底驚いたのだ。
「お前が一一一一か?」
思わず唸ってしまった。
テニスに関して複雑なものを抱えているリョーマであると知っている橘だけに、過剰に反応してしまった。
(氷帝の日吉は確かに強いが、それでもレギュラーレベルにはまだ遠い……)
リョーマが興味をもつには些か相手が未熟なのではと、思ったのだ。
確かに氷帝の次代を背負うのは彼だろう事は、見て判る。
だが、実力に関してはイマイチ。パッと飛び抜けてとは言い難い。
(あの跡部と比べちまうからな……どうしても)
日吉は全国区レベルにはまだ到達していなかった。

先買いはありえない。
リョーマはその時、それ相応の実力を持っていなければ意味がないと、一一一一相手に興味すら持ちはしないのだから。相対して始めて見える、リョーマの本心であった。
だから日吉に興味を示したのは以外とsぢか言い様がなかった。
「何それ。その反応…不可解なんだけど……」
橘のあまりの反応に、リョーマは半眼で睨むと、周りが咽せた。
「一一一一一失礼な」
増々リョーマは、ムッとした。

「す、すまねぇな……」
「ごほっ……ぐふっ……」
神尾と石田は、完璧に肩が震えている。笑っているのが一目瞭然である。流石なのは、橘と伊武だ。鉄面皮と陰口言われる彼等は笑うような失態はしない。報復があるのをちゃんと知っているからだ。
油断しては命取り一一一それが不動峰の不文律である。
越前リョーマの反撃は倍返し。
神尾と石田は、それを忘れていた………。

「………ふぅん………帰ったら特訓追加してやる……」
ボソリと呟かれたのを二人が、聞くことはなかった。
アーメン。














「いたいたぁーーーーー!」
「うわっ……!!」
歓喜の声と、驚愕の声が交差した。
試合が終わっての帰り道、各校のテニス部員が帰宅に着こうと、会場を後にした時にそれは起こった。
「一一一一一一一一」
一同、呆然。
当事者であるリョーマ以外の生徒達は、いきなりの出来事に反応できなかった。

少し後ろを歩いていたリョーマは、副会長と橘の3人で今後の練習について話し合ったいた。話すといっても「これこれこうしたい…」とか「こんな訓練を取り入れたい」というメニューの希望をリョーマが聞いてただけであるが……。練習内容を100%決めているのはリョーマであったが、それは最終的という意味で、決める前には、ちゃんと部長である橘の意見や、副会長が持っている情報などを取り入れて参考にしていた。
そんなこんなで、今日も珍しい練習方法を手に入れた副会長の情報を三人で話し合っていたところだった。

隣を歩いていた小柄な姿が、一瞬で消えた。
と、思ったら一一一リョーマは地面に押しつぶされていた。
天然パーマの少年に抱きつかれながら一一。
リョーマを地面に押しつぶしているのは、先ほど試合していた氷帝学園のレギュラー、芥川慈郎一一一彼はリョーマを抱きしめてヘラヘラと笑っている。
「…………(怒)」
抱きしめられているリョーマは、あえて無言を貫いた。

「これはこれは」
「………………………。」
素早く立ち直ったのは副会長である。
さすがはリョーマの懐刀一一一不動峰副会長だ。どんな事態にも即座に対応できる能力は、ピカいちである。迅速対応をモットーな彼の復活は速かった。
しかし、それと同時に彼のもう一つの顔が浮かび上がってくる。眼鏡を押し上げて、面白そうにリョーマを見下ろしている表情は、まさに性格の悪さを垣間見せた。助けない所がいかにも彼らしい……。
それでも越前シンパですか? という声は聞こえていないようだった。

副会長の次に立ち直った橘は、当然と言うか無言を突き通した。
トバッチリは御免こうむりたい一一一一関わり合いたくないからそ知らぬフリを通そうとするも、失敗。見知らぬ少年に押し倒されて、額をおもいっきりぶつけたのか、リョーマの額は真っ赤になっていた。その痛そうな表情に、橘はうっかり手を出してしまった。
人のよい橘ならでは。彼は、慌ててリョーマを芥川ごと立ち上がらせた。
「おい、大丈夫か?」
「…………………(ダイジョウブに見えんの?)」
目は口ほどにものを言った。
怒りの眼差しが恐ろしい……。
ヘタなことを言えば、こっちがヤラレる!
誰だって自分が大事だ。つまらない事で不等な怒りをぶつけられるのはゴメンとばかりに、橘はあっさりとリョーマに話し掛けるのをやめて、芥川の方に向くことにした。
(触らぬリョーマに祟りナシ一一一)
「…………お前……氷帝の芥川だったな。越前を離してくれないか?」
「嫌だCー!!」
一一一一橘、撃沈。
まったく話にならなかった。

頼みの副会長は、いぜんとして仲裁する気はないようである。
喜々とした表情で、事の成りゆきを
(頼りにならないじゃんかー)
リョーマの内心書の橘と副会長の評価は、もちろんガタ落ちである。
イライラ気味のリョーマにニコニコの芥川が声をかけた。
「なっ、なっ、名前なんてゆーの?」
「………………………」
「オ、オレ。芥川慈郎! みんなジローって呼んでるからそう呼んでくれると嬉Cーな!! ね、ね、お近づきの印に教えてよ!!」
「…………………………………。」
「今度一緒に昼寝しよう! Eー場所知ってるんだ!!」
「…………………………………………………………。」
誰か何とかしろ。
リョーマの視線が周囲に向けられたが、不動峰連中は未だに思考が何処かにブッ跳んでいるようで、使い物にならなかった。橘も無理だろう。副会長にいたっては、助ける気さえない。めったにない事態に面白がっているようなので、後で仕返ししようと心に決めてリョーマは他を探した。
とにかく離して欲しい一一一切実な願いである。
(重いんだよ!!)
そんなリョーマを神様は見捨ててなかった一一一。




「ジロー! てめぇ、何してやがるっ!!」
一一一一鋭い一喝が飛んできた。


氷帝の跡部と忍足が走ってきて、二人がかりでジローをリョーマから引き離す。不承不承の様子のジローは隙あらばと逃げる算段をするが、跡部が手を打つ方が速かった。ジローの脳天に踵落としを喰らわせて、有無を言わさずに強制退場させたのは凄い。一番近くにいたリョーマはあっけに取られるほどだった。気絶したジローを忍足は後から来た樺地に担がせて、一安心と、二人が息をつくのをリョーマは見ていた。
一一一こう言っちゃなんだけど、普段のオレ様らしさが霞んで見える。
あの余裕はどこにいったんだろう。欠片も見えなかった。

「どこに行ったかと思えば……ナンパかいな」
「目を離せばこれだからイヤなんだよ、お守りは」
「しょーがないやん。跡部は部長さんやし」
「くそっ………」
呆れて肩を竦める忍足と苦虫を噛み潰した跡部である。
彼等氷帝も帰りだったのだろう。だがメンバーが居ないことを知って慌てて探しにきたら、人様に迷惑をかけまくっている部員に跡部がキレた………らしい。
その辺をはしょりなら忍足がフォローした。
「ホンマ、えろぅスマンかったな」
「迷惑かけた。一一一コレはちゃんと躾けておくから、絶対に」
いかにも王様な態度の跡部らしい謝罪である。
忍足も苦笑しながら降参のポーズをした。
「堪忍な」
「…………………あ、うん」
リョーマとしては解放されたのなら文句はない。一一一ぶっちゃけ、どうでもいいのだ。あの、お騒がせ天然少年に合う事がなければ………。樺地に回収されて(手荷物のように)連れて行かれるのを眺めて、どこかホッとしたリョーマであった。
(あれ、苦手なだよね……)
午前中の寝込み事件が尾を引いているリョーマは、芥川慈郎にバリバリの警戒心を抱いていた。あの一見、天然ほわほわ系に見えるところが厄介なのだと知っている。けれどそれは見せ掛けだけで、実はしつこさは青学のマムシと張るほどであると、………身をもって体験したリョーマは、二度と会いたくないと思っていたのだ。
それなのに向うから呼んでないのに、やってきた。
一一一一なんで?
一一一一どうして?!
………である。
実に厄介な出来事に頭が痛くなった。
「はぁ………」
リョーマの溜息は深い。
その態度に跡部が眉を寄せた。
リョーマの表情は、初めてにしてはらしくないものであった。普通、あんな事一一一一押し倒されて抱きつかれた一一一一なら、もっと態度は違ったものになったはずだ。例えば喰ってかかるとか……色々あるが、リョーマの反応はちょっと違った。

おかしい一一一一。
初対面の反応ではない。
鋭い眼力で見抜いた跡部が、疑問をリョーマに投げかけてみた。

「アーン? お前、アイツ……ジローと知り合いだったか?」
跡部の問いかけに、今度はリョーマが苦虫を噛み潰した。
「はぁ……ちょっとね。…………午前中にちょっと眠ってたら、いつの間にか抱き枕にされて離して貰えなかったんだよ。もう、一一一一一試合は見逃すし、ルドルフのヤツらには醜態を見られるし一一一一あの、樺地って人が来なかったらあのままかと思うと……、ホントイヤになる出来事だったから……」
リョーマの端切れが悪い。
相当、疲れてしまったようだ。
「ははぁ……なるほど。彼が不機嫌の原因ですか一一一」
ニンマリとするのは、この場を楽しんでいる副会長である。
イイものが見れたと、1人でかなり上機嫌だった。
「二度とゴメンだったのに一一一」
((ジロー!!))
事の顛末を聞いた跡部と忍足が再び謝る。
「わりぃな」
「ほんま、堪忍な」
謝罪しながら、二人の頭の中は一緒だった。

((一一一後で荒いざらい吐かせて、シメる!!))



その後、ジローはこってり絞られたそうな。





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