徒然帳
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2006年06月03日(土) |
.....不動峰物語り9(テニスパラレル) |
「一一一一組み合わせ抽選会場って、立海なんッスね。橘さん」 「ああ……昨年もそうだったと副会長が言ってたな」 橘は全国大会出場はしているが、それは九州地区のことである。 しかも部長ではなかったので、実際に抽選会場に来た事はない。今回初めてであろう橘に、副会長は親切丁寧にレクチャーしてくれたが、それがなければ会場に辿り着けなかっただろう。 なんせ橘は………。 「橘さん! こっちです!! 右側です!!」 「あ、ああ……そっちか……すまない」 片手を上げての謝罪に、付き添いの神尾が慌てて首を振る。 「し、仕方ないですよ! 地元じゃないんだし、行ったことない場所ならそんなもんですから!」 「お前もそうか……フッ……生徒会に地図をもらっておいて正解だったな。越前が持ってけと言うから持って来たが、ちゃんと役に立つとはな」 不動峰中は部員がギリギリの状態である。練習をめいいっぱいしなければならない状況下では、偵察までは手が回らないのが現状であった。別に情報など知らなくても良いというのが部長の考えであったが、テニス部のコーチとなったリョーマは違った。 『どんな手でも使ってこそ全力って言うんだよ』と豪語して、生徒会を顎で使い、めぼしい中学校の偵察に行かせて情報をゲットしたほどだ。彼いわく、情報戦が左右するそうだ。 都大会ではその情報戦で、楽といって良い試合展開も多かった為に、今では彼のやり方に従っている橘であったが一一一一。
橘が抽選会場に行くと聞いて、リョーマはさっそく地図を渡し、神尾を付けた。理由は………そのままである。彼一一一橘は、ちょっとばかりの方向音痴であったからだ。 付き合いが長い神尾も心得ていて、転校してきた当初は近所で迷う姿を見ていただけに、指名されて否はない。不慣れな橘を連れて、テニストーナメント関東大会抽選会場へと、やって来たわけである。
一一一なにやら騒がしいと思ったら、立海の講堂入り口で、山吹と青学が話し込んでいた。
「すまんが、どいてくれ!」 「不動峰!!」 「よう、不動産」 千石のヘタな間違いを無視して橘は山吹に声をかけた。 気になる事があったからだ。 「千石。……阿久津がやめたんだってな」 千石とジミーSの片割れで影の薄い部長の南が肩を落とした。 阿久津がテニスをきっぱりとやめてしまった事が、態度に現れていた。 (…………越前のヤツ……) 妹から顛末を聞いた時には、頭を抱えてしまった橘である。 あの後病院に運ばれたメンバーの元へ駆け付ける為に、リョーマを残してきた時に妹の杏を残したが、彼女ではストッパーには弱すぎたようだ。というか、むしろ無理。 あの越前リョーマである。 彼を止める事など誰にもできやしない。 橘でさえも副会長でもだ。そんな人物を杏が止める事などできるわけがないのだ……。 (阿久津と試合して勝ったなんて言えやしない) これが知られれば、ちょっとした所か大きな波紋になるだろう。 橘は、そ知らぬ顔をするしかなかった。
「苦労するな…。だが容赦はしない。都大会のケリは、つけさせてもらう」 「どうかな、アイツは居なくなったけど、チーム内に団結力は出てきたぜ!」 阿久津が居なくなっても志気はおとろえていないようだ。 ちょっとだけホッとした橘である。 「団結力なら俺らの方が上だろ………ところでアンア誰だ?」 「ぐぐっ」 「ぷぷっ、さすがジミーS……。楽しみにしてるよ! まぁ山吹中としては……」 つらつらと話が盛り上がる中、会話からずれた青学はさっさと歩き始めるのを見て、山吹中は慌てて追い掛ける。そろそろ時間になる事もあり、不動峰も会場に入って行った。 青学と山吹から少し離れた距離を歩きながら、橘はぼそりと呟いた。 「………バレない事を祈るのみだな」 「ははは……ホントに。全国大会まで隠しておけますかねぇ……」 神尾も苦笑するしかなかった。
一一一一一一神奈川県内、某総合病院。
大勢の患者が行き交うロビーを抜けて、小柄な少年が勝手知りたるとばかりに、迷いなく歩いていた。行く先はただ一つ。その他には様はないと、歩みはしっかりしている。 だが、ある場所に辿り着く3歩前で、その歩みが止まった。 そのままピタリと動かなくなること数十分。 変化があったのは、扉が内側から開いたからだ。
「一一一一一やっぱり」 白皙の少年が顔を出して、微笑んだ。 「来てくれてありがとう……リョーマ」 「………………。」 「嬉しいよ」 「…………………………。」 「リョーマ」 「……………………………………。」 帽子の下で視線を彷徨わせていたリョーマは、目の前の少年の笑顔に耐えきれなかったのか、逃げるかのように、そそくさと病室の中へと入ってゆくが、その後ろでは少年が、さらに笑みを深くしたのだった。
綺麗な白い部屋の窓側に立って、リョーマが帽子を脱ぐ。 入り込んでくる風にあたりながら、ぐるっと室内を見ると、沢山の鶴に目が止まった。千羽づる一一一一色とりどりの鶴を縛ってある上の方に、テニス部一同という名札がぶら下がっていた。 その他にも部員が持ち込んだであろう、テニス関連の品々がある。 目を細めてそれらを眺め回して、ようやくリョーマはベッドに腰掛けている少年一一一幸村精市一一一へ視線を向けた。 「…………」 記憶にある姿より、いくぶんか痩せたように見える。 きっと体重も落ちているんだろう……。細くなった印象が強い。 空気を読んだのか、幸村が口を開いた。 「リョーマがそんな顔することないから一一一」 無表情を取り繕っていてもバレバレなんだろう。 幸村には、どんなごまかしも効かなかった。 「むしろ謝るのはボクの方だったね」 「! ………っ!!」 ぐいっと幸村の手が伸びて、リョーマを抱き締めた。 入院してたから力はが確実に弱くなったのだろう…。抱き締める腕にはほとんど拘束力は無い。リョーマが離れようと思えば簡単であった。 「ゴメン、心配かけさせて……いや、今もかけているね」 「……………」 「本当にごめん……」 何度も安心させるように、幸村は繰り返す。 精一杯、伝わるように……と。 「ごめんね、ごめん……」 耳もとで繰り返される謝罪に、観念したように、リョーマが目を閉じた。 一息、ついて。目をあける。 そこには今まで浮かんでいた虚ろな陰りが、きれいさっぱりと消えていた。 顔を上げて、晴れやかな表情を見せる。
「一一一もう、いいよ。わかったから」 「リョーマ……」 独りでコートに立っていた頃と同じだ一一一。 馴染みの強い瞳で幸村を見つめて、リョーマは笑った。 「大丈夫。まだ待てるから……」 「……………」 強さの中に変化があったのを、幸村は敏感に感じ取った。 (あれほど絶望していたのに………)
リョーマは強すぎてテニスに半ば、絶望していた。 本気を出すことはほとんどなく、どの試合も右腕で戦うことばかりだった。リョーマが本気で一一一左で相手するのも珍しくなった時、……幸村が出会った時には、テニスを止める意志まで固めていた彼を知っていた。
全米ジュニア4連続優勝者は伊達では無い。 彼の能力は既にトップクラスにもなっていたのだ。
一一偶然がリョーマと幸村を引き寄せたが、二人はこれに感謝した。 リョーマは純然と、幸村の人並みはずれた実力に。 幸村は燦然と、自分を照らし導くだろう存在に。 力は全然リョーマの方が上だが、幸村も負けてはいなかった。 リョーマが試合の半分を左手で相手しなければならないほど、幸村の実力は凄かったのだ。対戦した中では別格。彼の一一一幸村の存在があったからこそ、リョーマはテニスを完全には捨てることはなかったのだ。 リョーマの心の隙間に幸村が入った。 それが今までの、リョーマとテニスを繋いでいた唯一であった……。
しかし。 幸村の入院でその唯一も崩れそうになった。 倒れた事を知った時のリョーマは、まさに絶望のドン底に落とされ酷い状況であったと知っている。テニス関連の中学に入学する予定だったのを蹴り倒して、自分の周りにテニスを置かないように、テニスとは関係なさそうな学校に変更したと聞いた時は、思わず納得した幸村であった。 勿体無いと思ったが、しょうがなかった。 幸村は病気で……リョーマは幸村にしか期待していなかった。
それが、変わった……。 幸村はリョーマの変化に目を細めた。 (何か良いことあったんだね……) しかも、テニス関係で。
でなければ、ここに来なかっただろう。 自分と会うのを畏れていた事を知っている。 自分と繋がれている細い絆に、どれほどの希望を託していたのか………幸村は痛いほど知っていた。だから変化に気づけたといってよい。
「………………」 「幸村ほどじゃないけど……俺に左を使わせた人がいたんだ……」
幸村が促さなくともリョーマが答えた。 それだけで十分だった。 応えも十分だった。
「……よかったね」 「……うん」
関東大会抽選は、一部波瀾の結果に終わった。 昨年の準優勝・氷帝学園と、ベスト4の青春学園が1回戦であたることになったからだ。 ざわめく中一一一一。 氷帝は貫禄たっぷりな態度で、青学は無言を通した。
「初っ端から好カード同士とはな」 「はぁー……でもアイツなら『潰し合いでラッキー』とか言いそう……」 神尾がどんなものを想像したのか、肩を抱いて震えた。 「だが大変なのはこちらも同じだ。山吹や立海がいるブロックだから心して一一一一一一一一一」 「…………………?」 橘の不自然な途切れに神尾が首を傾げた。 (珍しい……) 妙な形で固まっている橘の視線を追えば、思わず神尾は息をつまらせた。 (一一一一一一ッ!!) 「て、てめぇ!! 跡部ッ!!」
氷帝の跡部が樺地を後ろに控えさせて、立っている。こちらにきっちりと視線を合わせて、挑発するように口元を歪めていた。 凝視する橘に、跡部が声をかけた。 「一一よう、橘」 「…………………」 「…………てめぇ……」 憤る神尾を無視して跡部は橘に近寄ってくる。 神尾には視線を一度たりとも向けないのは、先日の嫌がらせの仕返しかも知れない……と、ひそかに橘は思った。こっそりと都大会での『神尾の仕返しプチ事件』の顛末を、ちゃっかりと目撃した副会長から聞いて呆れたものだったが、こうなるとどっちもどっちという感じでいなめない。 寄ると触ると怒鳴る神尾を押さえて、橘が一歩、前に出た。 「なんか用か……跡部」 「フン」 橘には懸念があった。 杏から聞いた話だ。
「…………アイツはテニス部じゃねぇのかよ?」 「……………誰のことだ」 「アーン? あの気の強いガキに決まってんだろ。お前ントコの会長様って可愛子ちゃんだ…………確か杏ちゃんが『リョーマ』とか言ってたな。ソイツだソイツ」 「なっ一一一一!!」 「…………………」 驚いたのは神尾だけである。 橘は予想通り。眉を寄せただけである。 だが、それだけでも跡部には判ってしまった。一一一眼力という能力で、『リョーマ』たる人物がどういう存在なのかを看破した。不動峰にとって大切な……隠していた存在だと、神尾の動揺だけでバレてしまった。瞬間、橘が思ったのは『マズイ』である。その感情も、眉を寄せたという些細な行動で、跡部に見破ってしまう要因となったのだが……。 ニタリと跡部が嗤った。
「へぇー………楽しみだ」 「………………。」 だが跡部が凄いと言われるのはこの後だ。
「アイツ、相当できるクチだろ? しかも強い一一一」 「!!!!」
今度こそ、橘の表情が崩れた。 氷帝の面々とリョーマが会ったのは知っている。 副会長経由で聞いたし、その場に居合わせた杏も言っていた。 だが、手合わせはしていない一一一一それなのに……。 眼力恐るべし、である。 橘の動揺は一瞬であったが、それを見逃す跡部ではなかった。 その確認に満足したのか、それだけ聞けば十分とばかりに跡部はさっさと二人に背を向けて去って行った。
残された二人の間には、実に嫌な空気が流れたのはいうまでもない。 (跡部に目をつけられたか……) (…っつうか、跡部にまでちょっかい出してたのかー?)
脳裏に浮かぶ少年になんと言って、報告すれば良いのか思案する二人であった。
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