徒然帳 目次過去未来
2006年06月02日(金) .....不動峰物語り8(テニスパラレル)

「何やってんのよ。こんな所でモモシロくん」
「あれ? お前…橘妹じゃん」
テニスバッグ片手の杏がストリートテニス場でラケットを振っていた桃城の姿をみつけて声をかけてきたのだ。
杏は氷帝の二人組に絡まれたことがあった。それを介入してくれた縁で、いつしか仲良くなったのだ。あれから桃城が、何度かストリートテニス場に現れては打ってゆく姿を知っていた杏である。
遊びに立ち寄れば「この前、桃城が来てたぜ」とか教えてくれるので、杏にとっては今の時期にこの場所にいるのに何の違和感もなかったが、後から付き添ってきた人物にはそうは見えなかったようである。
「…………悩み多き青少年ってカンジ」
「あ! リョーマ君!」
「?!」
やれやれとガクラン姿の小柄な少年が、バリバリ偉そうな態度でふんぞり返っている。階段付近のベンチに座って、つまらなそうに桃城を観察していた。
その隣には眼鏡をかけた長身の少年が同じく座っている。
杏には見慣れた光景であるが、初対面の桃城は疑問符を浮かべた。
「知り合い?」
杏に聞けば、彼女は苦笑した。
「うん。不動峰の会長と副会長さん。買い出ししていた二人に会って、ここら辺にテニスコートあるって話したら行ってみたいって事になって、案内してたトコなの」
「え? 会長、副会長ってあの?」
「そう、不動峰の生徒会の二人なの」
杏に指し示された先で、小柄な少年が片手を上げ口元を釣り上げると、眼鏡のほうが礼儀正しく御辞儀をした。対照的な二人である。
「へー……生徒会の二人がテニスコート? もしかしてテニスするとか?」
不動峰と対戦したことがあるから知っている。
乾からもらった情報でも、不動峰はギリギリの人数でテニス部を運営しているという事を思い出した桃城は、紹介された会長と副会長を見て、二人はテニス部員ではないと判断した。
どう見てもイマイチ。
小柄の少年は小さすぎるし、眼鏡の方はインテリっぽい。
見た目で判断するのが欠点であると自覚するのは、少し後である。
「そーだ。橘妹! 少し打ってくか。出来んだろテニス?」
「え? あ…モチよ」
指名された杏はちらりとベンチを見る。
女子テニスをも受け持っているリョーマが其処にいたからである。
どうしよう……と思いながら見つめれば、あっさりとした返事が返ってきた。片手を振りながらのOKサイン。許可を得られたので、杏はラケットを構えた。

「どうですか?」
「ん、まーまーかな」
ちゃっかり個人的な情報収拾をしている二人である。
「今は発展途上だね、あの桃城さんは」
「そうですね。最初打ち合っている時には余裕しゃくしゃくのプレイでしたが、今は違いますね……」
「そーだね。何か思う所があったんでしょ」
調子が良くなったのが判った杏も笑顔になっている。
越前にコーチを受けてから、実力を見る目が高くなった杏は、最初にこの公園に訪れた時から桃城の調子が悪そうなのを看破していた。
「なんかモモシロ君らしくなってきたね、やっと」
「あん。そーかぁ? 何も変わんねーけどな」
どこぞの青春漫画のようなことをしている二人を見て、リョーマと副会長はやれやれと呆れ顔。和やかなイイ雰因気は甘ったるい。
「まっ、サンキュー杏! ……いや橘妹」
「何よ、言い直さなくたって!!」
「ハハハハ」
ベンチの二人は無視を決め込む。
相手にしてられない甘さだ。
「おやおや、一波瀾ありそうですよ」
眼鏡のフレームを押し上げて、副会長が含み笑う。
向側のベンチスタンドに氷帝の集団がたむろっているのが見えたからである。六人もの氷帝ジャージの姿があった。
「へぇー……」
二人の見ている前で、氷帝の選手が桃城に絡んでいた。
威勢のイイ桃城だが多勢に無勢。口では適わないだろう……。その背後でオロオロとしている杏が、しきりにリョーマの方をチラチラ見ていた。ヘルプサインにリョーマが息を吐く。
さすがに彼女を放っておくのは問題だろう。
挑発する氷帝の面々は次第にエスカレートしていっているし、彼等のボスであるあのキザな男が静観しているなら、事態はこのままだろう……。

ついに我慢しきれなくなったのか、つまらなくなったのか……。こけし頭の少年が桃城の頭を飛び越えて、桃城の背後を取った。
「俺がまとめて面倒みてやる。来いよ!」
余裕の台詞だ。
「モモシロ君………」
「ふん、おもしれぇーな」
不安げな杏と違って桃城はやる気満々。腕を振り回している始末に、ついに口を挟む事にしたリョーマだった。視線を受けた副会長が呟いた。

「彼は氷帝学園テニス部3年、向日岳人一一一一158cm、体重48kg。プレーはサーブ&ボレーヤータイプ。得意技はムーンサルトボレー。跳ぶことに重きを置いているプレーヤーですね」
「へー……速攻型なんだ? でもそんなんでよくバテないね」
「いえ、彼はダブルスがほとんどですね。きっとシングル向きじゃないのでしょう」
「ふーん。組んでる相手の人、大変そうだね」
静かな声だがよく響き声が、コート内の動きを止めた。
のんびりとした会話だが、内容はのんびりどころではない。聞こえていた氷帝側の動揺が、会話直後に強くなった。それが事実なのだと、桃城でさえ判ったほどである。
「彼のパートナーは同じく3年の忍足侑士。178cm、64kg。プレイスタイスはオールラウンダー。心理戦に強く、洞察力にも優れた天才肌。シングルでも通用するという評価です」
「ちょっと、評価ってどこの?」
「一一一それは企業秘密ですよ。いくら会長でも教えられません」
フフフと笑う姿は喰えない。
複雑な表情をするリョーマの機嫌を取るように、彼は爆弾発言を落としてくれた。
「ちなみに現在、『羆落とし』なる技をコピーしてるって情報ですよ」
「……………なに、それ?」
『羆落とし』を知らないリョーマは首を傾げたが………。

「ちょちょ、ちょっと待ったぁーーー!!!」
慌てたのは桃城である。
聞き流せない単語がでてきたからだ。
「『羆落とし』をコピー中って………ッ!! そりゃ不二先輩の……!」
「ちょっとてめぇ、なんで侑士の練習知ってんだよ!」
飛び跳ねていた向日も慌てて食ってかかったが、まさに自爆だ。
二人とも情報漏えいしっぱなしである。
「マジかよ………?!」
「うげっ……やべっ……!!」
「……………岳人………」
おどろしい低い声で相棒を呼ぶ忍足の表情は暗い。
「あははは………スマン、侑士」
「アホか」
隠し技としての意味が無くなった瞬間である。
ドンヨリと暗くなる氷帝をよそに、副会長の言葉は続く。

「あのオカマみたいなのが一一一一一」
「ちょ、ちょっと!! その言い方って失礼だよ!!」
余裕の姿でいたおかっぱ頭の少年が、ガバリと起き上がる。副会長の『オカマ』発言にキレタようだ。見た目がアレだから言ってみたのだが、不評を買ったようだ。
でも『オカマ』で反応したってことは、自分でも判っているんじゃないか……とは、他のメンバーの一致した意見である。後ろにいた背の高い少年は、視線を泳がせているのが笑いを誘う。

リョーマは立ち上がると、喧々囂々となったテニスコートを横切って悠然と構える少年の元へ歩きだした。
「そんなに暇なら付き合うけど一一?」
ニヤリと笑みを浮かべて挑発する。
手にはラケットを持っていた。
「おいおい、お前……テニスできたのか?!」
桃城の驚愕はさもありなん。
テニスなど出来そうに見えなかったからだ。
「シロウトでイイならね」
「…………………フン。お前ら、行くぞ」
跡部はリョーマの挑発には乗らなかった。
いや、乗れなかったと言っていい。
(コイツ……なんて強い目をしやがるんだ……)
一瞬でも呑まれてしまった跡部だったが、彼は冷静であった。
そのすべてを見破る眼力が警告をしたのだ。
一一一一一目の前の少年を見た目だけで判断はしてはならない……と。
無用なトラブルを避ける為に、跡部はテニスコートを後にしたのだった。
(しかもデータを正確に取られてやがるし……)

一触即発の事態は避けられた。












「無茶しないでよ……心臓に悪いわ」
「でもああしないと収まらなかったでしょ? お互いにさ」
「判っているわよ、でも……」
ちゃんと見ているリョーマだ。彼に失敗はない。
リョーマはすべてを見通して、ちゃんと対処しているのだ。むしろ、いきあたりばったりの手など打った事がない慎重派である。何も言わないで誤解されがちだが、彼の行動には意味があるのだ。
それを付き合いはじめてやっと知った杏だが、それでも心配する事には変わりない。
「橘さんは会長を心配しているんですよ」
「はいはい」
副会長のフォローが入ったが、それでリョーマが自重するはずもない事は判りきっている。越前リョーマとはそうなのだから……諦めるしかない。

「氷帝のあのキザ男一一一」
「跡部啓吾ですね」
「そーそれ。その人って強い?」
リョーマの興味はそれだけだ。
強いか否か……。
副会長はしたり顔で笑って言った。

「あの人も全国区といわれてますよ」
「へー……橘先輩クラスかー…」
俄然興味が湧いてきたリョーマである。
ジッと左手を見ながら、何か思案するように目を閉じる。
見開いた瞳には覚悟のようなものが浮かんでいた。

「…………少し、出かけてくるよ」


誰も寄せつけないオーラを出したリョーマに声をかける事など出来なかった。副会長も杏も黙って見送るしかなかったのだ。





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