徒然帳 目次過去未来
2006年06月01日(木) .....不動峰物語り7(テニスパラレル)

都大会2日目一一一
準決勝・決勝、5位決定戦が行なわれ、ここまでが、関東大会に出場できる枠である。



準決勝第一試合。
不動峰VS山吹一一一一の試合は、始まらなかった。
受付の前では渋い顔をする不動峰中の部長橘と、妹の杏。
それに……リョーマが腕を組んで立っていた。
「………話は聞いたね」
「ああ………」
「そ、そんな……」
3人の間に緊張が走る。
携帯電話片手にリョーマが溜息を深くつくが、そこに苦渋はない。とっくに関東大会のチケットを入手しているというのが、大きいからだ。
ここで棄権しても出場は変わらない。
「向うには副会長がいるから、安心しなよ。ちゃんと対応してくれるし、後で連絡よこしてくれるはずだからな。聞いたところ、みんな軽症らしいから……」
「そうか………なら安心だな」
「大怪我したとかじゃないのね、リョーマ君!」
「うん。でも試合をするのは厳しいってのが副会長の意見。俺もそれに賛成だよ。無理してもいいことないからね」

受け付けの締めきり5分前になってもやってこない会場に現れたのは、橘兄妹には驚きの人物であった。小柄なガクラン姿。どう見てもテニス部員には見えない制服姿の少年が、二人の前に現れ、驚愕の事実を伝えたのが数分前一一一一。
すでに受付は終了している。

「仕方ないよね、人数いないんだし」
「残念だ……。せっかく越前が補欠登録してくれたのにな」
橘の落胆は大きい。
今までギリギリ参加だったが、ここにきて保険として登録しても良いとの返事をリョーマから貰っていたのだ。つまりは試合を近くで見てくれる一一一一彼が側にいると言うことである。例え、試合中に彼がフラフラと離れてしまうだろうことが予測されていたとしても、書類上だけでも補欠扱いでも、越前リョーマという存在があるという事だけで、部員の志気は違ってくるのだ。
テニス部に関ってくれるという保証……それがどんなに不動峰にとって大きいか……。この試合で変わるだろうことは予想されただけに、残念である。
意気揚々と会場に乗り込んだ不動峰を襲ったアクシデントによって、越前リョーマの存在は隠されたままとなった。

一一一山吹中の不戦勝。
「心配なんでしょ? 俺なら大丈夫だから行ってきな。みんなアンタに何を言おうかって、ぐるぐるしてるんじゃないの?」
「……………。」
リョーマが携帯を渡して、搬送された病院の場所を教えてくれた。
「ねぇ、アンタは誰……?」
「一一一不動峰の橘だ」
なら行ってこいと、橘の背中を叩いて押し出す。
リョーマはにっこりと笑って言った。
「部長、1発かましてきてね。そしたらまた特訓だからさ」
「……ああ、わかった」
不動峰の連中は、見た目に寄らず真面目な性格のヤツらばかりだ。きっと、試合に出れなかった事を悔やんでウジウジしているに違いない一一一。リョーマの指摘には橘も賛同した。
責任感が強すぎるのだ。
橘にだけ負担をかけないように……と、それぞれが自ら負担をしいている連中である。当初はテニス部を引っ張っていたのは橘1人であったが、いつの間にか彼等も引っ張るようになった。
「テニス部の為に……」と。

だからこそ。
彼等を励まして来い! と、リョーマが背中を押したのだ。
リョーマの心遣いに感謝して、橘はさっそく病院へと向かう事にした。
それが一番、いいと知っているからだ。
しかし忘れなかった。
「杏、お前は越前と一緒にいてくれ」
「うん、わかったわ。みんなによろしくね」
「……………。」
妹に任せてく所が彼らしい。
「1人でも平気なんだけど………」
「兄さんって世話焼きだから」
「…………。」
彼の呟きはあっさりと無視されたのは仕方ない。
走り去る橘の背中を見ながら、妹がポツリと言う。
「っていうか、もう過保護よね……」
頬に手をあてて困り顔の杏の呟きをリョーマが聞く事はなかった。

「いい機会だから見学していこー! あそこはどこの中学かな?」
「あ、待ってよ。リョーマ君!!」












都大会第2試合。
青学VS山吹一一一一シングルス2が始まった。

山吹の選手がコートに現れた。
阿久津仁一一一ゆうゆうと歩く姿は怖そうであった。
「じーーさんよ。この試合に勝てばもういいよな」
「ええ」
「テニスなんかたいしたスリル感もねぇ…」
「おや? 阿久津くん……何かありましたか?」
「あん?」
にこやかな顔が崩れた事無いという顧問の伴田幹也が、阿久津に問いかけた。相変わらずの表情だが、そこには、親しいものならでは判るような、訝し気さが浮かんでいる。
20年も山吹中テニス部を指導していただけはある。部員の些細な変化も見落とさない老人は、実に鋭い。阿久津の言葉の端に潜むものに気づいたのだ。
阿久津の試合では口を出した事ない顧問に、 珍しく問いかられたことに驚いた阿久津が振り返った。
(喰えねぇじーさんだ……)
「今までよりもつまらなそうに、見えますが……」
「…………。」
「それに気のせいですかねー……なんだか思いっきり試合した後のような雰因気が……」
「うるせぇぞ、ジジイ」
顧問を睨む阿久津だが、伴田の表情は崩れない。
ニコニコと嫌に感に触る笑顔に、阿久津は内心で毒づいた。
(うぜぇ……)
悪ぶっているが、根はそれほどでもないのが阿久津である。
確かに暴力を振うが、最後のラインを越えた事はない。
ポックリ逝きそうな老人を殴ろうとまではしない阿久津を、知ってか知らずか……いや十中八九で知っているだろう。人の悪い伴田は無言で待っている。
くるりと振り向くと、阿久津がぼやく。
実に珍しい姿であった。
「この先の試合なんて興味ねー……俺はあれだけで十分だ……」
「………………?!」
「この俺が負けたんだぜ一一一一? それも完敗でだ。ジジイとの約束があるから参加してやるし、勝ってやる。でもこれっきりだ」
「…………いったい何が……?」
負けた?
あの勝負になると異常なほどに執着する阿久津が、それもあっさりと負けを認めた?!
伴田は驚きに腰を浮かしかけた。
ベンチの側にいた千石までもが、あんぐりと口を開けている。
阿久津の言葉が聞こえた山吹の面々は、驚愕に包まれていた。

彼等の驚きなど最早、聞こえていない。
阿久津は口元を愉快に歪め笑った。

「アイツが見てるからな、不様な勝ちはしねぇ」




宣言通り、阿久津が勝つも一一一続くシングルス1で山吹は負けてしまった。
そのまま阿久津はテニスを止めたのだが、謎は残ったままだった。

「…………アイツ、誰と戦ったんだろ?」
「謎ですね〜」









その頃、ある一角では……。
「リョ、リョーマ君ったら無茶するわー」
「え。そう……?」
杏は泣きそうだ。
リョーマを1人にするなと言った兄の言葉の意味が、あらためて判った杏である。
「だってアイツ、見るからに不良だったじゃないの! テニスコートで煙草すってたのよ?! しかも他校に喧嘩まで売ってたそんなヤツを挑発するなんてーー!」
「でも出したのは手じゃなくて、ラケットだったじゃん」
「んもー! 寿命が確実に5年は縮んだわよ。絶対ッ!」
こんなトラブルは御免だと、杏は勝手にふらふらと出歩かないように、ガッチリとリョーマの腕を掴んで離さないようにしていた。
興味があるのはいい……。
けれどいその中に飛び込んで行くのはどうだろうと、思うのだ。
(いくら強くてもねー………)
越前リョーマは強い。
ありえないほどに強いのだ。
テニスだけではなく、腕っぷしも。
不動峰のあの事件を知っている杏であるが、見た目のリョーマがあまりにも華奢で守ってあげたくなる母性本能をくすぐるタイプなだけに、心配は尽きない。
「あのね、一応テニス部の補欠登録したんだから、トラブル介入はやめてくれなくちゃ。巻き込まれただけでも出場にケチが付くのよ?」
「あ、そっか」
なるほどね……。
ポンと手を叩くリョーマにどっと疲れた杏だった。
「わすれないでよー……」
「うんうん。今度からね」
「はぁー……」








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