徒然帳 目次過去未来
2006年05月27日(土) .....不動峰物語り2(テニスパラレル)

それは数カ月前に遡る一一一一一

不動峰は前代未聞で揺れていた。
それは生徒総会で行なわれた、生徒会選挙である。
1年間の不動峰中学校の生徒の代表をきめるこの選挙で、それは起きた。

並みいる上級生の立候補者を大差で押しのけた、歴代の中でも異例中の異例一一一入学したばかりの1年生がなってしまった事である。

一一確かに立候補は自由だ。
不動峰の生徒ならば誰でもが立候補できる。
新入生で立候補した人数は一人ではない。一一一一一が、それでも会長職に立候補する1年は皆無なのが常である。常識だった。
会長と言うのは文字通り、不動峰の顔である。
通常ならば経験がある上級生が選ばれるのが当たり前である。
投票する生徒達も知らない1年生よりは、俄然知っている上級生を選ぶものだ。当然というか何というか、前評判では前期で副会長を勤めた生徒に票が集まっていた。

異例の立候補者は、小柄な少年であった。
数日前までは小学生であった事が伺える幼い容貌に、会場がどよめいた。ありえない……見たことない事態に、会場が揺れたのはいうまでもない。
いくらなんでもこれは………と、誰もが思った。
一種のパフォーマンスで出てきたのだろう……と。

しかし、奇跡は起こった。
蓋を開ければ吃驚!
票はなんと、数百もの大差をつけた圧勝であった。
不動峰中は投票を午前中に行ない、その日の午後に結果を発表するというもので、不正を防ぐために数年前から実施されたシステムであった。そのために不正か移入する事は難しい。しかも彼は帰国子女であった。一度も日本にきた事がないという背景があり、知り合いも当然いない。
そんな新入生がこのシステムを悪用する事は、事実上不可能である。

驚愕の中、彼は会長になってしまった。
一一一一越前リョーマ。

中学校全歴史の中でも聞いた事がない出来事を引き起こした人物である。










彼の凄い所は、奇跡の当選だけではない。
その有能さにあった。

本音をいえばリョーマが会長になれたのは、おふざけに過ぎない。
物珍しさに生徒の大半が面白半分で、票を入れてしまった事だ。
それでからかう生徒もいたが、数カ月後には誰もが彼に心酔してしまった。

市立不動峰中は普通の学校である。
区分けで入学生がきまるごくごく一般の中学校である。
優秀な生徒もいれば………不良もいる。そんな学校であったが、数週間で劇的に変わってしまった。

会長になった越前リョーマは、目立つ容貌をしていた。
無表情でクールだが、それが容貌と相まって『美人』といわれるほどである。男に『美人』はないだろうが、リョーマはそこらの女生徒など目ではない。際立つほどだ。
そんな彼にちょっかいを出す輩はいつだっている。
ちょっとイタズラしてやろう……。
いい気になりやがって……。
一一一一と、お決まりの不良に呼び出され、集団で囲まれたリョーマだった。
だが彼等は知らなかった。
越前リョーマという少年の本性を……。

ちょっと痛めつければ大人しくなるだろうという、甘い考えの元、呼び出されたリョーマのとった行動は、容赦のないものだった。

騒ぎを聞き付けて駆け付けた教員と生徒達がが見たのは、山のように折り重なって倒れ伏す不良学生と、その中央で仏頂面して立っていたリョーマである。
不良達も傷だれけだが、リョーマも負けず劣らずで、何があったのか、一目瞭然であった。
一一一暴力事件。
諍いの内に暴力沙汰になったが、暴力は御法度である。
しかし、ここでリョーマの本質が出た。

なんとリョーマは、呼び出された時にビデオカメラを用意していたのである。喧嘩両成敗にされてはたまらないと考えてか、そのビデオに映っていたのは不良達に殴られて、仕方なく、防衛で手を出すリョーマの姿であった。
一一一喧嘩は理由に関係なく両成敗だが、多勢に一人という状況がものをいった。ビデオの証拠が有利に働いたのである。集団でリンチされているという事実が、リョーマにお咎め無い事になった。しかもこれが多くの同情を引いた。
『リョーマくん、可哀想!』
『一人を大勢でボコるなんて最低だよな!』
『これじゃぁ、越前がキレてもおかしくねーよな!!』
『反撃して当たり前だって!』
『あいつら酷いよね! 鬼だよ、鬼!!』

華奢なリョーマを殴って怪我させたことが、効いた。
後日、包帯姿の痛々しい姿は、見ていられない。
蒼痣つくった顔に、多数の女子が悲鳴を上げたほどである。
男子は無言のリョーマに男を見た。
何も言わないリョーマの姿に、この日から大勢の不動峰中のシンパを作る事となる。
ボコボコにされた不良達はそれに文句を言ったが、その往生際の悪い態度が裏目に出て、教員達の不興を買うこととなる。事件はリョーマを被害者として片付けられる事となった。


さらに数日後一一一。
リョーマ率いる生徒会と部活との伝説の、予算委員会が開かれる事となる。

この会議は例年、荒れるものとなっている。
どこの部活も予算は多く欲しい一一一もらえるなら貰いたい。
少しでも資金が入れば、それだけ部活動が有意義になるからだ。
昨年、多くの部員を抱える吹奏楽部が50万もの大金を配られて、楽器を購入した。備品だけでは足りなくて困っていた所に、嬉しさに沸き上がったという。
その一方では部費を減らされた部活はあまり活動できなかったというものもあった。一一一一つまりは、この予算委員会の意味は、各部活には非常に大きいものだということだ。

喧々囂々とアピールする部活の部長達と、困りながら聞く生徒会の図は、数時間も続き、ついに会長の我慢の限界がきた。資料を見て一言、恐怖がこぼれたと書記が書き残している。

「一一一一一そんなに実力をアピールするならさ、予算は実力主義で配分するから」

シーーーーーン……
鶴の一声だ。

「ちなみに過去の実績は却下だから。いない先輩達の力を参考にしたってしょうがないから、今の実力を参考に格付けするからね。自信がある部は挙手してくれれば、さっそく試すから」

不遜な物言いに、部長達がざわめく。
もうすっかりと慣れてしまったのか、生徒会の面々は当たり前のようにしていた。会長の言葉に、その方向で動き始めたのを見て、ようやく理解する一一一一これが本気であると、いうことを……。
今年の予算分配は一一一実力制であると……。
一人の部長が慌てて手を上げた。

「試すって言っても……ど、どうやってだ……?」
その疑問は最もだ。
しかし、返答するリョーマに澱みはなかった。

「どうって……、そうだね、まず運動部は他校と試合してもらうから。ああ……調整はこっちでするから安心してよ。運動部は普段の実力をそのまま出せばOKってわけね」
シレッと物凄いことを言う。
試合相手を用意すると言っているのだリョーマは。
「でもそれだと文化部は難しいから、違う方法でいくから。必要なものをリストアップして。書類を提出した後に、調査委員を設置して話し合いだけで解決してゆくから一一一ある程度の基本を決めて、分配。後はそれぞれコンクールなり大会に出場してもらった結果で予算追加するって方針ね。これならなんとか不公平にならなくてすむでしょ?」
「………………。」
「元々、文化部と運動部は本質が違うからね。これはしょうがないし」
「…………………」

静まり返る中で、早めに我に返ったのは文化部である。
彼等は結果次第という保険が出来た。
大きな舞台までに頑張ればいいのだから一一一7つある文化部の部長達は立ち上がり、さっそく提出する資料集めに会議を後にしたが、運動部はそうもいかなかった。
気まずい雰囲気の中、無言が続いた。

「副会長、アレ……どうなった?」
「すでに9割りがた手配は終わりましたが」
リョーマの突然のフリに驚く事もなく、眼鏡を押し上げて、会長よりも貫禄ある副会長が答えた。次期会長とも呼び声高い2年生である。有能さは昨年の時から知られている人物だ。
「決まったのはドコ?」
「一一一一そうですね。バスケと野球が1週間後に、サッカーは2週間後の土曜日、次の日に卓球ですね。バレーと柔道は現在日程のみの調整だけです」
次々と読み上げた内容に、部長達が青くなってゆく。
それは既に試合が決められていると言うことで、あまりの手際のよさに部長達は、茫然自失である。

(((((((一一一速すぎるっ!!)))))))

しかし悲しいかな。
文句を言えないのは、生徒会の方が正しいからである。
実力をアピールしていた部長達の意見が、そこにはちゃんと入っているからだ。
「ふーん……これなら5月中には決められそうだね」
「テニス部を抜かしてですが、決まるでしょう」
「…………何、テニス部には相手いないの?」
「どこも対抗戦でそれどころではないのでしょう。ウチは無名校ですから、対戦しても無駄だと思われているのも仕方ありません」
「選手権大会……か」

しばらく無言で腕を組んでいたリョーマであったが、よい案が出たとばかりにニヤリと口元を吊り上げ、くる静かに座っていたテニス部長に声をかけた。

「相手がいないならこっちで、実際に見てみるしかないね。それでOK?」
「…………仕方ないが………」
「ならテニス部はこの後の放課後、実力を見に行くからよろしく」
あっさりとしたその言葉に重みはなかった。
だから油断していたといえばそうである一一一と、後に部員達は言う。

すべてがここから始まったと言ってよい。












グランドには荒い息をついて倒れているテニス部員が数名が、一一一一コートにいる最悪な存在を見つめていた。驚愕をもたらした存在、不動峰生徒会長・越前リョーマだ。
信じられない光景に、テニス部の時が止まった。

「部長以下の実力は中の中一一一こんなものか」

ラケットで肩を叩きながらリョーマが判断を下した。
総当たり戦での圧勝。
7勝0敗一一一一越前リョーマは強すぎた。

「その部長である橘先輩もまだまだだね一一一身体、なまっているんでしょ?」
「………………」
「……うーん、これは全国はキツイかな……?」

リョーマの言葉に部員達の身体がビクッと跳ねた。
中でも伊武と神尾がリョーマを睨んだ。
部長である橘の実力がダウンした理由をよく知っているからである。

「…………っ!! 部長は……橘さんはッ!!」
「………神尾、いい。負けは負けだ」
「……でもッ!!」
「橘さんッ!!」

リョーマと最後に対戦したのは部長である橘桔平一一一九州の2強の一人と言われていた名実共に実力を持つテニスプレイヤーである。だが不動峰に転校してきてからは、テニス部を復興しながら部員をコーチしていた為に、自己のレベルが下がってしまった彼だ。だが、それでも強い事には変わりない。
全国区の実力は伊達ではないのだ。通常ならば。
しかし一一一相手が悪かった。

「今まで思い出せなかったが………小さな記事で知った名前があっただけだった……正直、半信半疑で今まで忘れていた………………。越前リョーマ………全米ジュニア4連続大会優勝者だな」
橘の言葉に周囲がパニックになった。
「ええっ!?」
「なっ!!」
「ホントですか!!」
「そ、そんなっ!!」
「なんで、こんな学校にそんなヤツがーっ!!」

ざわめく外野の騒ぎなどリョーマは聞いていなかった。
ただ……左手に握られたラケットを、食い入るようにリョーマは見ていた。
その目はどこか虚ろだった。

「一一一一さあな、理由は知らん。だが……」
予想はつくと、橘が心のウチで呟く。
対戦してみて判ったものは、彼一一一越前リョーマ一一一の実力が桁外れであるということだ。かつて全国大会に出場した事ある橘だ。プロテニスプレイヤーとも相手してもらえる機会に恵まれた事があったが、それでも今対戦した少年ほどの驚きはなかった。
確かにプロも強かったが………越前リョーマは規格外である。

六人の部員を右手1本で倒し、橘をも倒した。
数分だけ左手に替わった時に、自分達が遊ばれていたことに気づかされた橘である。その威力も実力も、右と左ではお話にならないほどである。
わずか数分で圧倒的な力量の前に、橘は倒された。

試合中、リョーマの目が変わった時があった。
左手にラケットを持ち替えて数秒一一一一信じられないと見開いた目に浮かんだのは、紛れもない楽しみ、歓喜、そして一一一狂喜。
無表情が一気に塗り変わったのを橘は見た。
あの無表情でクールな生徒会長の姿しか知らなかった橘は、酷く驚いたものだ。
そして知る。

『ああ……こいつの本来はコレなのか……』

きっと強すぎて、絶望したのだ。
彼のテニスはあまりにも強すぎる一一一。

本気で相手になる者など、それこそ皆無にちがいない。
あの驚愕の瞳が物語っていた。
次に浮かんだ歓喜は、純粋にテニスが好きだという現れ一一一。
試合が終わり、リョーマは虚ろな目に戻った。
あの目一一一一一。

(見ちまったからは、仕方ねぇな……)
橘は大きく息を吐いて、リョーマに呼びかけた。




「なぁ、越前」
「………………なに?」
「俺達にテニスを教えてくれないか?」
「………………」
「全国に通用するテニス部にしてくれないか一一?」









それが始まり。
不動峰の強さの秘密一一一。


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