| 2006年05月20日(土) | .....氷帝パラレル/3-3（テニスの王子様） |
鼓膜が張り裂けんばかりの怒号が、テニスコートを引き裂いた。
まるでその声に合わせたかのように、ピタリと四人の両手が上がった。万歳の格好。
「なんもしとらん。気にしすぎや」
「何もしてねーよ、跡部」
「なにもしていませんが……」
「すっげーーっ、Ｅーこと！」
最後のセリフ以外はみんな同じである。
現れたテニス部部長、人呼んで『帝王様』を怒らせる度胸はなかった一一一たった一人を除いては一一一。
ひくりと引き攣ったこめかみを指で軽く叩きながら、近付いて来た跡部の前に道が開く。十戒のモーゼよろしくザバーっと人が引いて、遠巻きに部員が固唾を呑み込んだ。
ズンズンと歩いて来た先は、見学をしていたリョーマとちょっかいを出し手いたレギュラーの前である。不機嫌そうに腕を組んで、跡部がジロリと睨む。
制服姿の少年へと。
「…………お前なぁ……」
「ふぅー……助かったよ。とにかくアリガトね、景吾」
解放された重みに、リョーマが安堵の溜息をつく。人一人の体重は結構、重いものなのだ。全体重をかけてきてしがみつかれたので、まだ身体に違和感が残っているが、とにかく助けてくれた跡部に礼の手を振った。
対する跡部の表情はしかめっ面だ。
「こんなトコ来て、何してたんだよ」
「何って見学に決まってンじゃん。ほら、制服ー」
リョーマは跡部の目の前でくるんと回った。
男の子だと判っているのに、その姿はひどく可愛らしい。
見慣れた学園の制服なのに、少年が着ると違って見えるから不思議だ。ジローなどは「かわＥー！」を連発しているし、他の部員もリョーマに釘付けになっていた。
周囲の反応に内心引き攣りながら、跡部は溜息を洩らすとリョーマの頭をなでた。
「ああ、似合う、似合う」
「見学するならって、樋口さんが用意してくれたんだ」
「アーン？ 一人じゃ寂しくて待ってられなかったとか抜かすなよ」
「……待ってても何もすることないじゃん」
ふて腐れたようにリョーマが言う。
「景吾はいないからヒマだし、買い物は明日って言ってたからやることなくて、退屈で」
「で、テニス部の見学一一一か……？」
「うん、だって自慢してたじゃん。ウチの部は最強だってさ。それだけ言うなら見てやれーって、思い立ったから来ただけ」
楽しみにしてたんだと、リョーマは答えた。
ずっとリョーマが向こうに居た時から、日本に来るのを楽しみにしていた事を跡部は知っている。メールでも電話でも話す内容は同じ。
一緒に、テニスがしたい一一一であった。
だからよく判る。
勢い良く家を飛び出してしまったのも仕方ないのだろう。
リョーマの想いを知っているからこそ跡部は何も言えなかった。
しかし心配は尽きない。
リョーマを一人で出歩かせる事がどんなトラブルを巻き起こすか一一一わかったもんじゃない。いつだってリョーマは人目を惹きすぎた。良くも悪くも無意識に。本人にその気がなくても向こうが放っておかないのだ。
（昨日だって怪我しやがったしな……）
「まぁ……いい。とにかく見学は学校が始まってからにしろ。４月中は嫌というほど部活めぐりができるからな、その時に堪能すればいいだろ？ 一一一一と、言ってもお前はテニス部１本だろうがな」
「まあね」
「フン。じゃぁ、このまま帰るぞ」
踵を返した跡部にならう。
ちょっと見れただけでも満足したのか、リョーマは素直に跡部に従った。
「あれ、そういえば……生徒会の方はもういいの？ 忙しいから朝早くに登校したって樋口さんから聞いたんだけど、終わり？ 一緒に帰れるの？」
「一一一一一まだだ」
「忙しすぎなんじゃないの……？」
沈んだ声に跡部が足を止めてリョーマを見る。咎めるような視線の意味に気づいて苦笑した。
「大丈夫だ。明日からは休みに入れるからな。買い物にもちゃんと付き合ってやるし、テニスもできるぞ」
「…………むぅ」
「好きなだけ付き合ってやる。松本を呼んだからちゃんと帰れよ」
「…………………」
ちなみに松本とは跡部家のお抱え運転手である。
主に景吾の学校の送り迎え専用の運転手で、こちらも幼い頃からの付き合いで、リョーマとも顔見知りである。
「お前、迷子になりやすいんだから寄り道はすんなよ」
「ちょっ……！ 小さな子供じゃないんだから、そんな心配しないでよ！」
「ほう……………それが昨日、迷子になって迎えに来いと言ってきたヤツの台詞か？ おまけに怪我までしやがって……」
「�逼鼻帖帖弔修譴蓮帖帖�
耳が痛い。
地図を無くして迷子になっただけではなく、その後に高校生にイチャモン付けられてテニスで怪我をしたリョーマは、迎えに来てもらった帰宅途中の車の中で、跡部に鼻で嗤われたのは記憶に新しい。試合にも参加できず踏んだり蹴ったりの１日であったことは間違いなし。
これから登校する間の送り迎えに関して、跡部と一緒に車で登下校するという何とも言えない条件に、リョーマが文句をいえるハズなかった。
「おとなしくしてろよ、リョーマ」
「………………」
リョーマに関して実に跡部は過保護であった。
本人自覚ナシのトラブル引き寄せ体質なので、昔から跡部は苦労していた。
（コイツを一人にしとくと何やらかすか……）
数々のトラブル実績（嫌な実績だ……）があるリョーマに、目を離すなどもってのほかである。自分が側に居ない時は幼馴染みの樺地（リョーマと面識ある）に任せようとまで考えている過保護ぶりだ。
ちらりと周囲を見渡せば、やはりリョーマに視線が注がれている。
リョーマはどこにいても人の目を惹きやすい。
しかも善悪構わずだから厄介なのだ。
忍足や向日、鳳といったリョーマと会話したメンバーが、何か言いたげに跡部を見ていた。その視線にはハッキリと『後で質問するからな』という意志が浮かんでいる。
（それだけでも厄介なのに）
これから起るであろう問題にも、頭が痛くなる跡部だ。
「ほら、行くぞ」
「うん一一一一一じゃぁ、失礼しました」
にこやかに手を振ってリョーマは、跡部に連れられて去っていった。
その後。部活に出た跡部が、４人の質問攻撃に黙秘権を使ったのはいうまでもない。
（もう一つのトラブルの方もなんとかしねーとな……）
こっそりと溜息を洩らす跡部であった。
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