徒然帳 目次過去未来
2006年05月19日(金) .....氷帝パラレル/3-2(テニスの王子様)

流石は私立。
建物も立派だが、なによりも敷地面積がでかい。
車から降りたリョーマがまず見たのは『氷帝学園敷地案内板』である。正面玄関前に堂々と案内板があるのは、珍しい。初めての学校なので、丁度良いとばかりにのぞいて見て、リョーマは絶句した。
「なにこれ……建物がいっぱいあるじゃん。えーと……グランドの隣が新館? 本校舎に…特別教室棟で、この少し離れているのが部室棟なんだ。……プールに体育館………なにこれ? 交友棟? あ、テニスコートはここだ」
案内板の説明を読みながら目的地を捜していると、首を傾げるような表記みつけた。
「…………第二テニスコートはこちら……? ふぅん……敷地内以外にもあるのか」
敷地案内板にある正規のテニスコートだけでもグランドよりも大きな表示されているというのに、それだけでは足りないらしい。離れた所にもテニスコートがあるとは……、いやはや流石は200人もの部員を抱える氷帝テニス部だ。大所帯なだけではある。
年々、実績を上げているので、部員数はうなぎ上り。さらなる設備の投資の予感、アリアリだ。
「全国大会に常連出場となるとこーなるのか……」
リョーマが感心した。
すべて初めてのことだったからだ。

リョーマは団体でのテニスの試合はやったことは無かった。
数ある大会に出場してきたリョーマだったが、そのほとんどが個人での参加である。根っからのシングルスプレーヤーとして在ったリョーマにとっては、何もかもが初めてである。
日本の学校という括りの中でのテニス。それに興味津々であった。

これから関わるだろうテニス部の一一一一跡部が話してくれた実力一一一一それを見る為に、リョーマは見学に来たのだった。



目的地までの案内図を頭に叩き込み、リョーマはこれから見れるテニス部の部活動風景にウキウキとしながら歩き始めた。
テニスをやるのも好きだが、リョーマは見るのも好きである。地面に打ち付けられるボールの音を聞くと、自然と身体が軽くなって動きだしたくなって、沈んだ気分もそれだけで浮上してしまうほど、好きなのだ。だからホントに、楽しみにしていた。
「どんな練習してるんだろー」
アメリカと違うのかな?
それとも独特の特訓とかあるのかな……?
想像は尽きない。

歩いてゆくと、学生という生徒達の豊かな心を育む為なのか、緑が多くなっている。壁に添って植えられている桜の樹などは薄紅色に染まりかけて、春はもうちょっとだけ先という感じであるが、他の新緑樹や針葉樹は目にも瑞々しく、芽吹き盛りの若草の匂いを運んでくる涼やかな風が気持ち良かった。
この緑がイイ。
敷地内を歩くだけでも良かったとリョーマが内心、これから通う学校に良い印象を持ちはじめた頃、学生達の声が聞こえてきた。
(こっちか……)
しだいに賑やかな声が大きくなってくる。よく聞く音も一緒に。
聞こえて来る方向を見て、リョーマが絶句した。
「……………スタンドだよ」
リョーマの目の前に、コンクリートの壁がドンと、立ち塞がっていた。
「ここ、中学校だったよな……」
唖然としてしまう。
普通、ここまで設備が整っているのだろうか、と疑問が浮かんでしまう。

日本に来る前にインターネットで下調べをしようとしたリョーマであったが、この氷帝学園のような夜間照明付きのスタンドを持つテニスコートは、ほとんどが施設公園やらスポーツクラブでしか見つけだせなかった。
(まぁ、探し方わからなかったし……)
私立になれば後援も半端ではないのだろう。
もしかしたら他の中学校にもあるかもしれない。リョーマが知らないだけで……。
全国へ出場常連校ともなれば、どんな部活でもOBやら後援会などがこぞって援助してくれるはずだ。トレーニングルームにシャワー付きなど破格の扱いであろうとも、全国大会出場ともなれば些細なもの。投資で結果が得られるのならば、当然であるのかも知れない。
(けど、豪華すぎ……)
「……私立だからかな?」
俄然、テニスコートに興味がフツフツと沸き上がったリョーマは、入り口から階段をのぼり観覧席スタンドへと出る。光の差し込み口から吹き込む風に目を細めると、そこには3面のコートが一望できた。
はぁ……と溜息を洩らしたくなるほどの豪華さだ。もちろん、ナイター設備の完備つき。3面あるテニスコート内外では、沢山の部員達が練習をしていた。
(……でも、200人は居ないよな……)
ざっと見、100人未満ほど。
これだけの人数になると集団ではなく何人かで集まって練習をしているようだ。その中でも1面だけ試合が行なわれているが、きっとレギュラーだろう。それを応援する数人が「頑張れー!」とか「氷帝ファイトッ!」のかけ声が合間合間に入っていて、実に賑やかだ。
活気ある練習風景。
リョーマの知る風景があった。
「そーいえば景吾が言ってたな。レギュラーと2年、1年と別れて練習してるって」
なるほど。テニスコートも第二まであるのも頷ける。200人もの部員を抱えている最大の運動部は伊達じゃないという事だろう。
帰りがけにもう一つのコ−トの方も見てみようと、リョーマは思った。



打ち合いをするボールを視線で追う。
小気味イイ音に、リョーマが笑みを浮かべた。
(うわー……打ちたくなってきたな……)
ウズウズする身体に苦笑しながら、帰ったら景吾に付き合ってもらおうと、リョーマは考える。こういう時に家にテニスコートがある跡部家に感謝である。
(こっち来てから景吾と試合してないから、絶対にしてもらうからね!)
年に数回会っているとはいえ、それは正月とか夏休みなどの行事にかかっている場合が多い。しかも跡部は氷帝学園では幼稚舎からの有名人である。彼の有能さが生徒会の会長という肩書きに現れていることは必至である。おまけにテニス部部長。その忙しさは比ではない。
なんだかんだいって相手をしてもらう機会などなく、リョーマは跡部と試合するのは数年ぶりとなっている。

母親の強い勧めで氷帝学園に入学となったが、それはリョーマにとっても好都合だった。なんせ、氷帝ならば一緒に暮らせる。と、なれば試合する機会が断然、増える。
これはチャンスだとリョーマは思った。
しかし問題は、父親が他の学校を推していた点だ。

日本で暮らす場所の近くにある中学校。
中学は私立でなければ区域ごとに自動的に振り分けられるシステムになっている。住んでいる場所によってあらかじめ決められているのだ。
その事実を知って、リョーマがとった行動は迅速であった。
唯一の味方である母親を抱き込んで、母親の仕事を遅らせてもらい来日を遅らせる事であった。数カ月ほど遅れを設けてもらい、中学生であるリョーマだけを日本に行かせるという案である。
母親命の父が彼女を放っておく事はない。
見た目はスケベ親父だが、根っからの愛妻家だと知っているリョーマは、その父親が母を置いて行く事はないと確信していた。案の定、母親が手が放せない仕事があると言ったら、彼は無言で承知していた。仕事が終わるのを待って一緒に帰国する事を当たり前のように決めていた。

一一一が、リョーマはそうもいかない。
中学校は義務教育であるといえども欠席日数のラインはちゃんとある。きちんと出席できなければ、ダブリという嫌なものが待っているのだから、リョーマは帰国するしかなかった。

ここまでくればトントン拍子。
リョーマを一人で生活させるには幼すぎるという問題に、ああ見えても子煩悩でもある父親が一人暮らしを敢行させるワケはない。渋々と母親の出した『親戚=跡部家に預ける』案を受け入れるしかなかった。


と、言うわけでリョーマの氷帝学園入学は決定した。







数分すぎたぐらいだろう、リョーマの背後に影が差した。
「テニス部に何か用ですか?」
「え?」
振り返ると氷帝のジャージを着た少年が立っていた。手にはラケットを抱えているからテニス部員に違いない。
(………っていうか、この場所にいるのはテニス部だけじゃん)
ここはテニスコートだ。
校舎から案内板を頼りに歩いてきたリョーマが、通りすがりに目にしたグランドには、ほとんど人は居なかった。春休みに部活動をしている運動部は少なかったのだろう。ちらほらとグランドを走っている人影をみたぐらいで、テニスコートにひしめくテニス部員の活気ある姿とは雲泥の差である。
ここだけ人口密度が高くて、酷く目立った。
とにかくやたらと生徒が多くて、うっかり春休みじゃないかのようだ。
「………えっと……」
リョーマに声をかけてきたのは、優しそうな印象を受ける生徒だった。
物腰やわらかく、見知らぬ相手にも礼儀正しい少年は、スタンドから見学していたリョーマを咎める事はなかった。普通なら「なんだコイツ…」と、怪訝そうにされるはずだろう。
氷帝学園の制服を着ているからといっても、ジャージやテニスウェア姿しかいないテニスコートでは、違和感がある。スタンドにちらほらいる部員もみんなジャージ姿であった。人数が多くてたった一人制服姿は酷く目立ったのだろう。
周りを見渡してみれば、リョーマの方に視線を向けている者が多い事に気づく。アメリカ育ちで大舞台に立ちまくりの経験があるリョーマにとっては、人の視線など今さら気にもならない。そんなものを気にしていたらプレーなどできないからだ。無意識レベルで視線をシャットアウトしていたリョーマは、確かに声をかけられるまで気がつかなかった。
頓着しない性格もあるだろうが……。

ちなみにリョーマは鈍かった。
向けられる視線の意味の解釈の仕方も独特で、人の想像を斜いっている天然である。向けられた視線の意味を完全に判っていなかった。
(制服姿は目立つもんね)
勿論、制服は目立つ。
制服姿はリョーマ一人なのだから当たり前だ。
だが視線が注がれた大半の理由はそれではない。

制服姿など氷帝の生徒ならば見慣れているものだ。今更である。いくらテニスコートといえどジャージ姿でなければ、出入りできないという規則はない。確かに部活動ならば制服姿ではおかしいだろうが、しかしリョーマがいるのは観客席である。制服姿でいてもおかしくはない場所である。
有名校である氷帝にとっては、学校が始まればそれこそ放課後に、色々な制服姿がスタンドに群れている。今更制服でどうこう言う人間はいない。レギュラーも時々、制服姿でテニスコートにやって来たりしている。

理解し難いだろうが、リョーマが見つめられた大半の理由は、彼の『外見、風貌』によるものが大きかったという事である。

リョーマは気にした事無いが、彼はかなりの美少年である。
全体的に華奢なところが、その印象をさらに強くしている。
さらさらの黒髪からのぞく、ちょっときつめのアーモンドのような瞳は、一度見たら忘れられない強さを持っている。男なのに将来は『美人』と言われる事、間違いナシ一一一一そんな保証も付く有望株の美少年が見ているのだ、気にならない方がおかしいというものだ。
ヒソヒソと会話されているなどとは露も知らない。


かけられた声にリョーマは振り向いた。
「単なる見学だから気にしないでよ」
リョーマはただ練習風景を見ていたいだけである。それだけだ。
「あ、でも気になって練習にならないなら止めるけど……」
手が止まっている部員が何人かいるのを見て、リョーマが言った。
さすがに邪魔しては悪い。
跡部に知れたら……と、よぎった懸念にリョーマは眉をひそめた。
(怒るだろーね)
物凄く。
心配症の跡部はリョーマに対しては、超が付くほどの過保護である。
報告をしてあればそうでもないのだが、昨日のようにいきなり連絡を入れるなどもってのほかである。怒ること間違いなしだ。
(でももう来ちゃったし)
仕方ないよね、とかなり軽めにリョーマはひとりごちた。
ちょっと静かになったリョーマの態度に何を思ったのか、少年が優しく微笑んだ。

「いえ……見学ぐらいは大丈夫ですよ。いつもはフェンスに野次馬などが鈴生り状態ですからね、基本的にウチは見学者OKなんです。監督も了解していますから」
「へー……そうなんだ」
「凄いですよ。特にウチの部長などは他校生のファンが押し掛けてきますからね」
リョーマがなるほどと、感心しながら頷いた。
「他校生も入れるんだ?」
「開放された学校ですから」
「一一一うーん、でもそれじゃ、敵状視察なんかもスルーしちゃうね」
見学OKと言ってもそこまで甘いのはどうだろうと、リョーマが首を傾げた。
「そうなんですよ、それで良く視察されてたりしますね。こっそりと隠れて来る人達がいますけど、別に偵察されても結構、オープンなんですよ、ここのテニス部は」
「……自信アリだね。見られてもOK? 一一一一問題ナシ?」
「まったく」
堂々と答える様は気持ちイイ。
この自負こそが彼等の力を物語っているのだろう。
流石は全国区か。
全国大会出場常連校なだけはある。
実績に基づく、並々ならぬ自信があるようだ。
学校生活が楽しみになってきたリョーマである。


ヌッと、リョ−マの横から手が伸びてきて、小さな肩にのしかかった。
「なんや鳳、可愛えー子やな。ナンパかいな?」
独特のイントネーションにリョーマが驚く。
「なんや……? かいな……???」
肩ごしから見上げれば、眼鏡をした男前の少年が笑っていた。
「あらら、関西弁知らんっちゅーことは帰国子女かいな?」
関西弁、知らん、ことは、帰国子女……という言葉が拾えた。
これは簡単に単語が繋がった。
『関西弁を知らない、ということは、帰国子女?』
なんとなく関西弁というものが判ってくる。
とりあえずリョーマは答えを返した。
「………うん。ずっとアメリカで暮らしてた。………でもそれホントに日本語なの? へんな単語混じってるけど」
「あはははー! へんな単語だってさー」
カッコ悪ィーと、やたらと元気そうな少年がやって来て、眼鏡の少年の肩を叩きまくる。きっちりと切りそろえた髪型が笑う度に揺れた。
「忍足先輩、向日先輩……」
ラケット片手に二人の少年が、フェンスに居たリョーマの所にやって来た。どうやら話し込んでいる部員とリョーマの姿を見て、興味引かれたらしい。


ふと、ある考えがリョーマに浮かんだ。
「もしかして、レギュラーの人だったり?」
三人を見回せば、その自信あふれるような表情がものを言っている。
眼鏡の少年はニヤリと笑い、切りそろえられた独特の(後にこけしに似ていると言って、落ち込ませた)髪の少年が「イイ感してるな!」とVサイン。最初に話しかけてきた少年はおっとりと頷いた。

こんなに人がいるのに練習をあっさりとやめて来たのは、声をかけた少年を抜かせばこの二人だけだった。コート内では歩き回っている人がいるが、立ち止まって話している姿はほとんどない。練習中であるからだろうが……リョーマに向けられる視線が消えることはなかった。ちらちらとこっちを気にしているが、それまで。やって来ないのは、動けない理由があるのだとリョーマは考えた。
この3人は自由に動けるようだ……その理由を考える。
導きだしたのは、彼等が『レギュラー』であるということ。
実力主義と聞いていたから、すんなりと想像がついたわけだ。
どうやら正解のようだ。
(ふぅーん……この人達がレギュラーか……)
見た目もさることながら、立っているだけでも個性的だ。
教えてもらった名前を忘れることはないだろうと、リョーマが変な所に感心していると、ズシッっと、背中に重みがかかった。
「うわっ……?! な、なに……?!!」
「あぶなっ……!!」
「うわっ!」
「ちょい、まった!!」
前のめりに倒れ込むところを正面に居た少年達が慌てて支えてくれた。受け止めてくれなければ、リョーマは重みに完全に押しつぶされてしまっただろう。
今度は何だと振り向けば、背中に眠たそうな少年がへばりついていた。
「可愛Eー! ちょー可愛Eー!」
ほおずりしながら抱きついてくるのに少し、引く。
人をぬいぐるみかなんかだと思っているような態度に、リョーマは目の前の3人の少年に助けを求めた。
「………これ、なに? っていうか、いきなり抱きついてきた意味がわなんないンだけど……」
「ははは……それ、ジローって言うねん。一応、人間。テニス部レギュラーや」
「おい、ジロー! 潰れるだろーがっ!! 離してやれよ」
「Eやだよー!」
くるくるはねた頭をぽかりと殴られたけど、ジローという少年は子泣きジジよろしく引っ付いて、リョーマを離すことはなかった。3人でリョーマを開放させようとするが、ガムシャラにしがみつく始末。
ああ、もう……どうするんだと3人が頭を抱えかけた所に、鋭い声が飛んできた。



「なにやってやがる一一一一一一ッ!!!!」


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