徒然帳
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2006年05月16日(火) |
.....氷帝パラレル/3-1(テニスの王子様) |
じんわりと忍び込んできた寒さに、意識が浮上した。 フワフワの毛布の中に包まれているのに、冷たさが神経の末端から伝わってくる。 寒さに震えながらリョーマが起き上がると、浮き上がった毛布の隙間から容赦なく入り込んでくる冷気に、一気に覚醒した。 「寒い……」 眠い目を擦りながら起き上がる。 季節は3月末。 日射しが入っていても気温はまだまだ低い時期だ。
冷たくなっている指先で髪をかきあげながら、リョーマはしばらくベッドに座り込んでいたが、のろのろと立 ちあがり着替えはじめた。 クローゼットを開けばちゃんと洋服が用意してある。必要最低限の荷物(テニス用品類)しか持ってこなかったリョーマには至れり尽せりである。この際、着れればなんでも良いなリョーマだ。どんな服でも構わないとばかりにその中から適当に選んで、リョーマはさっさと着替えを済ませた。 着替えを済ませて廊下に出る。 「やっぱりバカでかいよな、ケイの家ってさー」 相変わらずの広さに呆れながら、勝手知ったるとばかりに家の中を歩く。 目的地は食堂だ。
迷いに迷ったテニスコートから無事に保護されたリョーマは、跡部家へと連れられてお茶をもらったりなんだりと話ながら船を漕ぎ、いつ眠ったのかは覚えないままに……今、起きた所だ。その間、何も食べていない。日本に着いてすぐにテニスコートに向かった為に、朝食抜き。そのまま迷って昼食抜きになって……跡部家に着いても夕食も食べずに寝てしまったから丸1日、食べていないことになる。 育ち盛りの少年にはちょっとキツイ。 廊下を歩いている途中で運良く見つけた長年、跡部家に仕えている執事の樋口に声をかけて、リョーマは遅まきながら朝食を取ることが出来た。
広い食堂にテキパキと用意された食事が並ぶ。 あっという間に全てが整い、リョーマは待たされることなく食事ができた。 リョーマの嗜好を知り尽している和食膳である。 御飯にお味噌汁、焼き魚とお漬け物。シンプルだがリョーマの好きな組み合わせだ。特に鰆のみそ漬は美味しそうである。 リョーマは手をあわせて食事を開始した。
満面の笑みで「御馳走様でした」と、リョーマが手をあわせて食事が終わった。綺麗に食べ終わった食器がメイドによって片付けられて、お茶がでてきた。 この最後にお茶というのもリョーマが跡部家に来てから出来た当たり前である。洋食を好む景吾ならば食後にコーヒーというやつだ。 熱いお茶をすすりながら一息ついて、リョーマは疑問を口にした。 今更ながらだけど……。 「ねぇ、樋口さん。景吾は部屋にいるの?」 家長である景吾の両親が居ない家を取り仕切る有能な執事、樋口。彼に聞けば景吾の居場所など1発である。全てのスケジュールを管理している彼に解らないことは無い。 景吾の居場所を知るには彼に聞けば良いという幼い頃からの刷り込み故か、これもリョーマにとってはごくごく当たり前の行動であった。 樋口は優しくリョーマに微笑んだ。 「景吾様でしたら学校です」 「学校……?!」 リョーマが怪訝そうに眉を寄せた。 「え、だって………今は休みじゃぁ……」 「生徒会の仕事だそうです」 樋口がリョーマの疑問に応える。 「啓吾様がお通いになられております氷帝学園では、行事のほとんどを生徒会に任せているそうです。先生方も無論、手をお貸ししますが……あくまでも『生徒の手で運営を』が方針だそうですから……。数週間後に行なわれる入学式を楽しみにしてあげてください」 「へー……そんな事まですんの? 生徒会長って……大変だね」 1学年の時からあの強烈ある個性とカリスマ性で生徒会長に抜擢され、それだけでも凄いのに、生徒からも人気絶大で3年連続で会長に任命されたという話を聞いた時は唖然としたリョーマである。それほどまでに人材が居ないのか……それとも跡部景吾が有能すぎるのか、テニス部の部長となってからは忙しい毎日を送っていると、以前メールで近況報告を景吾の母親から聞いたことがあった。 (景吾の母親とはメール友達v) それで成績も常にトップというのだから、天才としか言い様が無い。 だがいくら天才でも景吾はまだ中学3年生である。身体を壊さないのか、ちょっと心配になってきたリョーマがハッとして青ざめた。 「あっ! 昨日も………」 リョーマを迎えに来た景吾が制服姿だったのを思い出した。 迷子やらテニスやらで疲れたリョーマは、そのまま寝てしまって気づけなかった。 もしかしたらその後、学校に引き返したかもしれない。 今日も登校したという事は、仕事があるという事だ。 押し黙ってしまったリョーマの湯飲みに樋口が新しいお茶を注いだ。 コポコポと優しい音がする。 カタンとした茶器を置く音に自然と視線が向いた。 「……景吾様は迷惑だと思っていませんよ」 樋口が微笑む。 「リョーマ様を構うのが好きですからね」 「………………」 確かに。 昔から景吾はリョーマを構いまくっていた。 幼い頃、手を引いていつも側にべったりだったとか……。 かいがいしく世話をしていたとか……。 リョーマがテニスのめり込むようになったのも一つには景吾の存在が大きい。 強くなりたいと思ったのも、彼と対等でありたいと思ったのも全て、景吾が発端である。 全米ジュニア連続大会優勝なんていう偉業も、全ては強さを求めた結果だ。やるならばとことんがモットーのリョーマの本質はここにある。 景吾に勝つ一一一一一すなわち、景吾以外に負けるわけにはいかない。 それだけだ。
リョーマの瞳に浮かぶ強い光りに樋口は懐かしく目を細めた。 変わってない、と。 心の内で苦笑しながら樋口は提案を出した。 「お暇でしたら学校の見学に行かれましてはどうでしょう? テニス部が練習をしているそうですから、下見も兼ねて良いかも知れません」 「テニス部! 行きたい!!」 樋口の誘いにリョーマが乗った。
氷帝学園テニス部。 これから自分が入部する部活を知りたいと思うのは、仕方ない欲求だろう。 小耳に挟んだ情報(景吾のお母さんからのリーク)では、全国大会に名を連ねるほどの強豪校であるとのことだ。 『リョーマくんの暇つぶしにはなるんじゃないかしらー?』と、辛口評価だが、ずっと気になっていたリョーマである。勿論、そこには景吾が部長を努めているテニス部だからという注釈が付くのだが……。 嬉しそうにリョーマは準備をしはじめた。
氷帝学園生徒会はフル回転で動き回っていた。 大詰め間近になって出た問題に、早朝から呼び出された現会長・跡部景吾は厳しい表情をしながらもテキパキとこなしてゆく。彼の指揮の元になんとか問題は解消されて、数分が経った頃である。 それでも後始末がのこっているので、それをやりながらの同時進行で、生徒会は他の仕事をこなしていた。
ちなみに昨日、会長である跡部が突然、抜けた所為ではない。 ちょっとした確認ミスからの失敗で、原因は数カ月も前からなので仕方がない。人間が関わっている以上、必ず間違いは起らないという保証はないのだから。 失敗で泣きべそをかいていた役員を、跡部は『泣く前にやることやりやがれッ!!』と、叱咤しまくった。氷帝の帝王とも異名を持つ彼の一撃を喰らって無事な者はいない。廃棄寸前となるか、自我を取り戻すかのどちらかである。それでいえば生徒会の人間は跡部景吾に心酔する人達で構成されているが良かったのだろう……。茫然自失していた役員は、ショック療法さながらに起動して、跡部の期待に応えたのだから。 数人の屍が生徒会室に転がっているのは、みなかった事にしよう。
一一一と、跡部の携帯が鳴った。 「………ん?」 相手は判っている。 この時間帯に彼に連絡してくるのは部活か、家かだ。 昼過ぎ回った時間だから家だろう一一一一と、携帯を見れば正解。執事の樋口からの電話であった。 「………やっと、起きたか」 一人で家に置いてきたリョーマの事だろうと、跡部は誰何する。 即座に通話ボタンを押した。 「どうした?」 『ああ、景吾様。リョーマ様がそちらへ、行かれるそうです』 「一一一一一は?」 おもわず跡部が間抜けな声を出す。 少しだけ時間が流れた。 「リョーマがなんだって?」 『リョーマ様が氷帝学園の見学に………………はい、ええ、いってらっしゃいませ……………失礼しました……。今、行かれました。』 「…………………。」 ブロロロロと聞き慣れたエンジン音が遠くなるのが聞こえた。 玄関で見送りがてら樋口は跡部に連絡を入れてくれたようである。 「………………見学って、何しに? 一部の施設以外は閉まってるのにか?」 それに関しては執事の樋口も知っているはずである。 見る所などあまりない。 外観を眺めるだけで終わってしまう。 休日で開いているとなれば、今は生徒会室も体育館も開いてはいるが関係者以外は立ち入り禁止である。一般者でも入れるとなると、職員室と事務室ぐらいしかない。 通常ならば私立ならではの色々な施設があるのだが、いかんせん春休み中である。この時期は文化部の活動はないので校舎がほとんど封鎖だ。試合が控えている運動部は活動しているが、クラブハウス棟は本校舎と独立しているので、初めて来た人間が入るのは勇気がいる。……というか、数も多いので知らないと入れないだろう。 じゃぁ、なんだ? なんかあったか……? 疑問を浮かべた跡部にさらりと樋口が応えた。 『テニス部の見学だそうです』 「……………テニス部?」 『はい』 「………………………………………………………。」
一一一一一テニス部。 その文字を呑み込むのに時間がかかった。 そして理解すると、跡部は速かった。
「一一一一一一一一くそっったれ!!」
汚い言葉をこぼして携帯を乱暴に切ると、跡部は周りが驚愕するのも気にせずに、生徒会室を飛び出して行った。
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