女の世紀を旅する
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2003年12月16日(火) 《 フセイン拘束と今後のイラク情勢  》


《 フセイン拘束と今後のイラク情勢 》


                 2003.12.16







世界史上に残る劇的なニュースである。
2003年12月13日,サダム・フセイン元大統領が米軍によって拘束されたことで,イラクと中東情勢は新たな局面をむかえた。対米追随の日本も,アメリカに恩を売っておかざるをえない事情から,小泉首相が自衛隊のイラク派遣を決めており,今後のイラク情勢を含む国際情勢を予測しておきたい。

以下はニュース記事からの抜粋。





【サダム=フセインの経歴】
1937年 4月 ティクリートに生まれる
1957年 バース党に入党
1958年 共産主義者の義弟を殺害したとして逮捕
1959年 カセム首相の暗殺を企てたとして死刑判決を受け亡命
1963年 帰国、投獄される
1969年 革命指導評議会(RCC)副議長に就任
1979年 7月 大統領に就任
1980〜88年 イラン=イラク戦争→アラブシャトル川の領有権を主張して,     フセインがイランに対し,戦争を仕掛ける
1990年 クウエート侵攻
1991年 湾岸戦争→多国籍軍,イラクを攻撃するが占領はせず
1996年 2月 娘婿フセイン=カメル氏を殺害
3月 湾岸戦争後初の総選挙でバース党圧勝
02年 11月 イラク、国連安保理決議1441を受諾、査察開始

〈2003年の動向〉
1月 4日 テレビ演説で「査察団はスパイ活動」と非難
3月 17日 ブッシュ米大統領、48時間以内の亡命要求
3月 20日 イラク戦争開戦。大統領関連施設など空爆
4月 4日 バグダッド市街を歩く様子をイラクのテレビ局が撮影
  7日 バグダッドで息子たちと会っていたとされる地点に米軍が攻撃
  9日 米英軍がバグダッド制圧。12メートルの銅像が倒され、体制崩壊
7月 22日 長男ウダイ氏、次男クサイ氏の死亡確認
  27日 米軍がティクリートの農場3カ所を急襲。「24時間以内にフセイ    ン氏がいた」と米軍
  31日 娘2人と孫9人がヨルダン国王から亡命を認められる
11月 16日 本人の肉声とされる音声テープ公開
12月 13日 アッドウルで拘束






●米軍,フセイン元大統領を拘束

 イラクの米英暫定占領当局(CPA)は12月14日午後(日本時間同日夜)、同国北部ティクリート近郊で前夜、サダム・フセイン元大統領(66歳)を拘束したと発表した。

 ブッシュ米大統領は同日のテレビ演説で、「暗黒と苦痛の時代は終わった」と語り、四半世紀にわたったフセイン独裁体制が名実ともに崩壊したことを強調した。だがこれで、駐留米軍などに対する旧政権残存勢力や国際テロ組織による攻撃が沈静化に向かい、戦後復興の動きが加速するかどうかは、まだ楽観できない情勢だ。米誌によると米軍は元大統領の取り調べをすでに始めており、大量破壊兵器の保有などについて追及しているという。

 日本の政府・与党は一様に治安回復につながることへの期待を表明、イラクへの自衛隊派遣に向けた準備作業はこれまでの想定通りに進める方針だ。

 ブレマーCPA代表と駐留米軍のサンチェス司令官の記者会見は14日午後3時(日本時間同9時)過ぎから、バグダッド市内のCPA本部で行われた。それによると米軍はフセイン元大統領の潜伏情報を得て、陸軍第4歩兵師団などの兵士600人を13日夜(日本時間14日未明)、捜索に投入。同日午後8時30分(日本時間14日午前2時30分)ごろ、ティクリートの南東約15キロの村アッドウルの農家で元大統領を発見し、拘束した。健康状態に異常はないという。会見に同席したイラク統治評議会のパチャチ元外相は、人道に対する罪を問うため元大統領をイラクの特別法廷で裁く方針を明らかにした。

 元大統領は農家の敷地内にある深さ約2メートルの穴の中に一人で潜んでいたという。短銃を持っていたものの、発砲など抵抗はしなかった。

 記者会見で公開された拘束直後の映像によると、元大統領は髪を長くのばし、顔中に濃いひげをたくわえて、やややつれていたが、負傷している様子はうかがえなかった。

  元大統領は拘束の後、バグダッド空港内の米軍施設に移され、取り調べを受けたという。

 米タイム誌(電子版)は1回目の取り調べの記録を読んだ当局者の話として、元大統領は挑戦的な態度を崩さず、質問には直接答えなかったと説明している。

 さらにイラクは大量破壊兵器を保有したのかどうかを問われたのに対しては「もちろん持ってない。米国が戦争をしかける口実をつくるために、でっちあげたものだ」と答えたという。

 イラクの大量破壊兵器の保有は、米英両国などがイラク戦争開始の大義として掲げながら、今も証拠が見つかっていない大きな問題。元大統領の拘束で実態解明がどこまで進むかが焦点だ。

 元大統領の行方の捜索は難航したが、米軍は7月22日、北部モスルにある元大統領の親族とされる男の自宅に、長男ウダイ、次男クサイ両氏が隠れているのを突き止め銃撃戦の末に殺害した。米軍は故郷ティクリートなど「スンニ派三角地帯」に重点を絞り行方を追っていた。

 元大統領の拘束で、ほぼ連日続く攻撃が、終息に向かうと米軍は期待している。しかし、息子2人の殺害後、攻撃はむしろ激化した経緯もあり、今回の拘束が今後のイラクの治安情勢にどう影響するかははっきりしない。来年6月の暫定政権設立に向けて、反米勢力や旧政権残党の攻撃が逆に激化する可能性も否定できない。





●拘束されたフセイン元大統領の発言要旨

 米ニューヨーク・タイムズ紙とタイム誌(いずれも電子版)は12月15日までに、拘束されたフセイン元大統領が、米軍の取り調べや、面談したイラク統治評議会メンバーに語った内容を伝えた。以下はその要旨。

 <大量破壊兵器>

 「もちろん所有していない。米国が戦争をしかける口実をつくるためにでっち上げたものだ。国連の査察を受け入れなかったのは、大統領宮殿などのプライバシーを侵害されたくなかったからだ」

 <クルド人に対する化学兵器の使用>

 「当時、イラクと戦争をしていたイランの仕業だ」

 <クウェート侵攻>

 「クウェートはイラクの領土の一部だ」

 <政権崩壊後、見つかった集団埋葬地>

 「(遺体の)親族に聞いてくれ。彼らは盗っ人だ。イランやクウェートとの戦争から逃げ出したやつらだ」

 <湾岸戦争時の米兵捕虜>

 「我々はだれも捕虜にしていない。(行方不明の米兵に)何が起こったかまったく知らない」 (12/15 )






●ベーカーの訪欧のねらい

 サダム・フセイン拘束直後の12月15日から,ベーカーはフランス、ロシア、ドイツ、イギリスなどを回り、各国首脳と会談している。各会談のテーマは「各国がイラクに対してこれまでに貸し付けた資金を債権放棄してもらうこと」だとされている。だが、これは表向きの議題でしかないという見方が出ている。

 債権放棄の問題はベーカーのような古株の大物政治家が扱うテーマではなく、比較的若手の現職の政府幹部でも扱える技術的な問題であり、単にイラク人の新政権が樹立されるときに、新政権が「フセイン時代の債務は破棄させていただきます」と宣言し、その後は債権国側と個別に交渉すればすむ話だ、という指摘もある。

 ブッシュ大統領は、ベーカーを高位の大統領特使に任命しており、ベーカーは閣僚級以上の人物が使うホワイトハウスの政府専用機でワシントンを飛び立っている。ベーカーは債務問題よりも大きな、隠された本命の任務を持って訪欧した可能性がある。本命の課題とは「アメリカがイラクの泥沼から抜け出るために必要な国際協調体制を取り戻すため、独仏やロシアなどがアメリカに協力してくれる条件を探ること」ではないか、という指摘がアメリカのコラムニストから出ている。


 ベーカーは、アメリカの単独覇権を嫌い、EUやロシア、中国など他の大国とのバランス関係で世界を動かしていく「国際主義」を好む「中道派」である。米単独でイラク侵攻する可能性が強まった昨年8月、ベーカーはブッシュ(父)と一緒に単独侵攻に反対を表明している。

 結局、政権内では単独侵攻を主張するタカ派やネオコンの影響力が強いまま、ブッシュ大統領はそれに引きずられて単独侵攻に踏み切った。ところがそれがうまく行かずに泥沼化し、ブッシュは一度は忠告を無視したベーカーに解決策を頼み、ベーカーは中道派的な国際協調関係を再構築するために訪欧することになったのだろう。すでに11月中旬の段階で「アメリカは泥沼状態から抜け出すため、イラク駐留軍を国際的な連合軍体制に移行することに了承した」とEU側がイギリスの新聞に明らかにしており、交渉はすでに始まっていることがうかがえる。

 ベーカーはヨーロッパのあとアラブ諸国も回ることになっている。EU、ロシア、アラブ諸国などがアメリカを支持してイラクに人員を派遣し、復興支援の国際体制ができれば、より多くのイラク人がそれに賛同し、攻撃を仕掛けてくる反米ゲリラ勢力はイラク人の支持を失うだろう、という戦略だと思われる。





●ベーカー訪欧を妨害したネオコン

 ベーカーの訪欧に対しては、親イスラエル派のネオコンが邪魔をする姿勢を見せている。ネオコンの大物ウォルフォウィッツ国防副長官はベーカー訪欧の数日前「イラク復興の仕事はドイツやフランス、ロシアには与えない」という趣旨の発表を行った。これは独仏やロシアを怒らせ、ベーカーの交渉を破綻させようとする行為だったとみられている。


 実際には、独仏やロシアはイラク復興事業の元請けを受注することはできないが、元請け企業からの下請けなら受注できる。また独仏などの企業でアメリカに子会社を持っているところは、子会社を通じた元請け受注も可能で、元請けを制限されても独仏企業にとってほとんど実害はない。しかも国防総省はすでに3週間ほど前にこのことを発表しており、ウォルフォウィッツの発言は、政治的意図だけのものだった可能性が大きい。


 EUやアラブが、アメリカが陥っているイラクでの泥沼に手を差し伸べてくるとしたら、その見返りとしてまずアメリカに求められそうなのは「パレスチナ問題の解決」である。パレスチナ問題が解決されないと、イラクやその他のアラブ人の反米感情がおさまりにくい。EUやアラブは、アメリカがイスラエルに圧力をかけてシャロン政権を譲歩させ、パレスチナ国家を実現するなら、イラクの問題に協力しよう、と要求している可能性が大きい。だが、これはイスラエルを強く支持するネオコンにとって許しがたい譲歩である。

(すでにシャロン首相はパレスチナ問題で譲歩すると言い出している。シャロンは機を見るに敏な人なので、ベーカー訪欧の前にもう隠密に米とEUなどの間で交渉が進んでいることが、このことからも感じられる。イスラエル側の譲歩は、一時的なポーズにすぎないかもしれないが)


 ベーカーの交渉が成功すれば、パウエル国務長官やライス大統領補佐官など、政権内の中道派がイラク復興を取り仕切ることになり、ラムズフェルド国防長官らタカ派とネオコンは権限を奪われることになる。ブッシュ政権はすでに1カ月以上前に「イラク復興の担当は国防総省からライス大統領補佐官に変更された」と発表したのだが、その後も国防総省はイラク復興の権限を手放さず、CPAのブレマー長官はライスではなくラムズフェルドに支持を仰ぎ続けてきた。こうした政権内の混乱した状況は、ベーカーの登場とともに終わり、タカ派やネオコンは一掃されるだろう、などという気の早い予測も米メディア界に出てきている。


 半面、ベーカーもけっこう汚い人だという指摘も出ている。ベーカーは本業が弁護士で、サウジアラビアの王室など石油利権とつながりが深い。1200億ドルのイラクの債務のうち270億ドルはサウジ王室が債権者で、ベーカーは独仏には債権放棄させる一方でサウジの債権だけは守るのではないかとか、イラクの石油利権が目当てではないか、などと批判されている。とはいえ、これも反中道派系のコラムニストなどからの政治的な揶揄なのかもしれないと考えれば、批判記事を一読したときに感じる「ベーカーは汚い」という印象とは違う意味を持ってくる。





●今後のイラク情勢の見通し

 このような中道派の巻き返しが始まった矢先に、サダム・フセインが捕まっ
た。サダムの拘束により、イラクが安定化することへの現実味が高まり、EUやアラブ諸国がベーカー提案に乗ってイラク復興に協力する可能性も高まる、と考えられる。

 ベーカーの交渉が成功し、独仏やロシアがイラク復興に協力するようになれば、日本の自衛隊派遣もやりやすくなる。今後、欧米間の協調体制が整っていく流れと、日本の自衛隊派遣の流れが合致していくとしたら、自衛隊派遣は対米従属の色彩が弱まり、小泉首相ら派遣推進派にとって有利な展開となる。

 とはいうものの、仮にベーカーの交渉が成功したとしても、今後のイラクが安定するかといえば、そうでもない。米側ではブッシュ大統領やサンチェス司令官らが異口同音に「これからイラク側の攻撃が激しくなるかもしれない」と言っている。イラク人ゲリラ組織は最近、外国人ジャーナリストの取材に応じるようになってきているが、彼らの多くが、サダムと自分たちのゲリラ組織は関係ないと言っている。サダムとは関係がないことを証明するために、ゲリラ側は今後、米軍への攻撃を激化させるだろうという予測もある。


 サダムがいなくなったことで、イラク人がどのような反応を見せるかということについては、硬軟両方の見方がある。一つは「アメリカを批判しすぎて米軍が出ていったらフセイン政権が復活してしまうので、それを恐れてこれまでイラク人、特にシーア派とクルド人は反米感情を抑えていた」という見方に基づき「フセイン政権が復活する可能性が消えた今後は、人々は気兼ねなく米軍に出ていってくれと要求し始めるだろう」という予測である。


 そしてもう一つは「これまでサダム側からの報復が怖くて米軍に雇用されたり協力したりすることに消極的だった人が多い」という点に注目し「今後は気兼ねなく米軍に協力したり雇ってもらおうとする親米派が増えるだろう」という見方である。


 また、サダムを捕まえることができたという自信をバネに、これまで誤射や誤認逮捕が多かった米軍は汚名を挽回し、今後は米軍の兵士たちの士気が上がるだろう、という予測がある。だがその半面、米軍は誰がゲリラ勢力なのかという諜報能力が弱いことを懸念し、米軍がこれから本格的に展開することを予定している「鉄槌作戦」(Operation Iron Hammer)がイラク人に対する無差別攻撃になり、無実の市民がたくさん死に、泥沼化が進むだろうという予測もある。


 もし今後イラク復興の主導権がタカ派から中道派に移れば、イラク人をわざと怒らせるような鉄槌作戦は中止されるかもしれない。しかしその反対に、ベーカーによる交渉が失敗すれば、タカ派がイラクを統治する現状が続くことになる。ホワイトハウスは今年7月にもベーカーを起用してイラク復興を中道派中心の態勢に移行させようと試みているが、政権内や議会に強いタカ派の反対によって潰されている。




カルメンチャキ |MAIL

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