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■ ジャッジ
W杯をテレビ観戦していて、つくづく思ったことがある。 それは審判のジャッジについて。
スポーツにおける審判のジャッジは、絶対のものである。 そして、そのジャッジ一つによってゲームが大きく左右されることが多い。 特にサッカーなどのように、両チームが入り乱れてプレーする場合でのジャッジは、 相当に大変な労力であろう。 早いプレーに伴うジャッジは中途半端には出来ず、審判の判断の元、即座に判定を下さねばならない。 W杯においても、そのジャッジ一つで試合が大きく変わった、あるいは結果に影響した試合が多くあるだろう。 個人個人が思っているに違いないが、日本の快進撃もそうしたジャッジに救われた面も多くあるように思う。 勿論不利な判定もあったけど・・・
予選リーグでのイタリア戦の主審を務めた審判が誤審を認めたという。 がしかし、誤審を認めることが潔いのだろうか? それに影響を受けたチームは、当然再試合の権利を主張するだろう。 が、当然再試合など認められない・・・ ならば、その審判は何故告白したのか。 審判は人間なのだから、当然誤審もある。 それは、人間を起用している側は十分承知のはず。 数年前シドニーオリンピックの柔道100キロ超級決勝において、 日本の篠原選手が審判の誤審により金メダルを逃した。 「世紀の誤審」と言われた有名な話だが、これも最終的には、誤審とは認めていない。
かつてプロ野球の二出川審判部長は、判定不服の抗議に来た監督に対し 「私がルールブックだ」という名言を残している。 そのくらいまでに自分のジャッジに自信を持ち、審判たるもの威厳を持って望んで欲しいと願う。
とはいえ、審判にまつわるきな臭い話というのは、いつでもあるもんだが・・・ 正直今回のW杯も、そうした疑いをかけられても仕方のないような試合、あるいはプレーが多くあった。 特に開催国が出場する試合・・・ 韓国戦などは余計に目に付く。 イタリア戦も、昨日のスペイン戦も・・・ イタリアはFIFAを告訴するとまで言っているようだ。 日本もまた、明らかなPKだろうというファールを取られずにすんだりして救われた場面がいくつかあった・・・
で・・・自分の思うこと。 今、この時、この瞬間は二度と戻ってはこない。時間は止まってはくれない。 だからこそ、瞬時の判断が要求される。 ジャッジに時間をかけることはゲームの流れを止めることでもあるのだ。 同様なことは、日常においても数多くある。 自分自身がプレーヤーであり、審判でもある日常生活においては、 やはりその流れを止めないような、一瞬の判断力を心掛けたいものである。 何事においても、そんな即座の判断力を身に付けたいと思う。
勿論誤審をしても、それを認めない(笑)
2002年06月23日(日)
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