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■ 友達
中学の卒業文集に「友達」という題名で書いたことがある。 友達は大切なものであると。 心の底から話し合える相手、親や教師に言えないことでも、 何でも話し合うことができる相手・・・ その相手を「親友」ならぬ「真友」と表現し、大事にしていきたいと書いた。 (自分勝手な造語だけどね)
友情は、男女の間でも成立する・・・ これも昔から思ってきていること。 そして時にその友情は、恋愛をも超越することも可能だと・・・思っている。 親にも、兄弟にも、恋人にも言えない悩みを、 本当に信頼している相手であればこそ言える。 相手を支えてあげられること。相手に支えてもらうこと。それを負担に思わぬこと。 そんな相手を「真友」と呼びたい・・・
今もその気持ちは変わっていない。 しかし、年齢を追うごとに「真友」は変わってきているのが現状かな。 現実に今でも中学や高校時代の友達と交流はある。 が今更、自分の昔を知っている彼らに相談事を持ちかけるのは何となく憚れる・・・ 疎遠になりつつあるしね。 結局、今一番誰を信頼しているか・・・ 頭を巡らせれば、そこには色々な形で出会った友人たちがいる。
友達というのは、その出会い方には制限はないはずだ。 学校や職場で同じ時間を共有し、意気投合したから・・・というだけが友達ではない。 その辺の飲み屋で、たまたま隣り合わせた人と意気投合し、友達になる事だってあるだろう。 出会いのシチュエーションは何でもいい。 要は、信頼しあうことができるか・・・だ。 ネットでの出会いもしかり。 「ネットで出会ったの?」と顔をしかめる無理解者も多いようだが、現実にそんな出会いも有りだろう。 ネットで意気投合し、現実に会って信頼できるなら、友達になれるだろうし、 ネットだからその関係は希薄だとも思わない。 そこで出会った友達も、学生時代の友達となんら変わりないはずだ。 自分にとって、誰が友達か、誰を信頼しているかだけであり、出会いに優先順位などはない。
事実、ネットで知り合った数人の友人が居る。 彼ら・彼女らと会う事のほうが中高時代の友達よりも機会が多く、またメッセなどを通じて話す事で、 身近に感じることができる。 そして、会えば緊張することなく、飾ることなく、気楽に接することができる。 心の内を吐露することもできる。 今自分にとって、誰が何と言おうとも、彼ら・彼女らは大切な友人である。 素晴らしい仲間である。 そして、その友人・友情を更に大切にしていきたいと思うのと同時に、もっと幅を広げていきたいとも思う。
Thanks my best friends !
2002年05月20日(月)
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