観能雑感

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観能雑感
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2006年09月24日(日)

宝生会　秋の別会能　第1日

宝生会　秋の別会能　第1日　PM12:00～　宝生能楽堂

　中正面後列脇正面寄りに着席。空席だった隣席が埋まって以降、環境が一気に悪化。観賞記録を残すのをやめようかと思ったが、ないよりましなのでとりあえず書く。諸事情により大分時間が経ってからの記載のため、ごく簡単に。

能　『自然居士』
シテ　中村　孝太郎
子方　佐野　幹
ワキ　高井　松男
ワキツレ　則久　英志（番組に記載なし、うろ覚えなので別人の可能性あり）
間　山本　則孝
笛　一噌　隆之（噌）　小鼓　鵜澤　洋太郎（大）　大鼓　内田　輝幸　（葛）
地頭　近藤　乾之助

　なぜかこの曲には縁遠く、玄人会で観るのは今回初めて。
お調べから気にはなっていたが、笛の音があまり出ておらず、その音がウニウニ、グネグネしており閉口。この名ノリ笛では物語が立ち上がってこない。シテは覇気がないと言おうか、コトバが立たず、演劇的要素が強い本曲にはどうにも不似合い。芸づくしもあまり盛り上がらず、そのまま終曲。

狂言　『犬山伏』
シテ　山本　則直
アド　山本　則俊、山本則孝、遠藤　博義

　茶屋に居合わせた僧に山伏が荷物を持てなどと難題を持ちかける。僧とは馴染みの店主が人喰い犬を連れてくるので懐いた方が勝ちにしようと提案。この賭け、僧が自然に勝てるように考えられたもの。なかなか負けを認めない山伏は、犬に追われて逃げ出す。
　短気で傍若無人なシテ、山伏と則俊師演じる大人しい僧が好対照で、演劇として面白く、引き込まれた。当時の人にとって、山伏とはこういう存在だったのだろう。

仕舞
『小督』　　髙橋　亘
『野宮』　　金森　秀祥
『女郎花』クセ　　水上　輝和
『三井寺』　　當山　孝道

能　『松風』
シテ　髙橋　章
ツレ　大友　順
ワキ　宝生　欣哉
間　山本　則秀
笛　一噌　幸弘（噌）　小鼓　亀井　俊一（幸）　大鼓　安福　光雄（葛）
地頭　三川　泉

　シテの謡は少々鬱屈し過ぎとの印象を受けるも、面使いが巧みで心細そうな、いかにも寂しそうな様子が伝わってきた。地謡のしっとりとした質感は宝生流ならではのもの。塩汲車を引くシテの後姿に、ただたおやかなだけではない、辛い重労働に耐えてきた逞しさを感じた。
　既に死者である人物に対して妙ではあるが、松風は行平のことを思っているときのみ生きていると、そんなことを感じた舞だった。そこに広がっていたのは在りし日々への追憶という甘やかなものではなく、ただ荒涼とした風景のみ。

仕舞
『清経』キリ　　三川　淳雄
『融』　　本間　英孝
『花筐』狂　　今井　泰男

能　『綾鼓』
シテ　佐野　萌
シテツレ　佐野　登
ワキ　工藤　和哉
間　山本　泰太郎（則直代演）

　庭掃きの老人が女御に恋をしたことが伝わり、桂木にかけた鼓を打ってその音が聞こえたならば女御が姿を現すという触れが出される。老人は懸命に鼓を打つが綾が張られた鼓では音が出るはずもなく、老人は落胆し池に身を投じる。老人の死を知った女御は弔いのために池に近づくが、あらぬことを口走り、悪霊となった老人が現れ攻め立てる。悪霊は恨みの心を抱いたまま、消える。今回初見。
　能には権力者に対する怒りが見て取れる曲がいくつかあるが、この曲もその中のひとつなのではなかろうか。『恋重荷』では決して持ち上げることのできない重荷を持たせるのは、老人に身分違いの恋を諦めさせるためという説明があるが、本曲ではただ鳴らない鼓を打たせるという事実があるのみで、権力者が弱者をいたぶっているだけに見える。後場、女御が波の音が鼓の音に聴こえるなどと口走り、悪霊となった老人に鼓を打てと散々責められる様子は、完全に立場が逆転しており、それは今後も変ることがない。女御は生きている限り、老人の亡霊に怯え続けなければならないだろう。
　正先に桂木の作り物が出され、無造作に小鼓の作り物が乗せられていた。笛は三ノ六ノ下の最後の音が下がり続けてしまい、玄人でこれはあんまりだろうと愕然。後場の出端もこんな調子で全く雰囲気出ず。曲そのものは尾面白いのだが、どことなく茫漠としたまま終曲。

　初番は隣席が空席だったから良かったが、その後二人連れの高齢の御婦人が着席。すぐ隣の人は何故それほどまでにと思うくらい足を広げて完全にこちら側に越境。なんども足が当たる。草履を脱いでこちらに押しやってきたこともあった。それを押し戻しても変化なし。連れと演能中に話し、番組を使って扇いでバサバサと音をたて、周囲から振り返られても勿論気にしない。橋掛りにシテが登場すれば二人そろって身を乗り出し、こちらの視界は塞がれた。連れは携帯電話を鳴らし、隣の人が演能中に食べたチョコレートの包み紙は床に落ちていた。いくら着物や宝石で着飾っても行動がこれではなぁと思う。疲れた。

　『松風』の小鼓は当初鵜澤速雄師の予定だったが、8月22日に亡くなられた。享年67才。ここ2、3年で随分痩せられて、闘病を続けながらの舞台生活だったのだと思うが、早過ぎるという感は否めない。師の名前を番組上に見つけると、それだけで安心した。張りと深みのある掛け声、潤いを含んだ艶のある音をもう二度と耳にすることはできない。玄人会、素人会問わず、未だに師の名前を多くの番組で目にするのが哀しい。この喪失感は埋まるどころか、大きくなる一方だと思う。能を観る楽しみの何割かは確実に減じた。ご子息の洋太郎師および宗家の源次郎師は代演で大変だろうが、くれぐれも身体を労っていただきたい。
　沢山の素晴らしい舞台をありがとうございました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

こぎつね丸