観能雑感
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| 2006年09月16日(土) |
オペラ 『ドン・カルロ』 |
オペラ 『ドン・カルロ』 新国立劇場 PM2:00〜
長大であること、「歌える」歌手を揃える必要があること等から、ヴェルディのオペラ作品の中では上演頻度は低い部類に入る。十数年前に映像で観たことがあるのみ。しかし、印象は強烈であった。 2階舞台向かって左側のサイド席に着席。客席は9割以上埋まっていて盛況。
『ドン・カルロ』 全4幕 作曲】ジュゼッペ・ヴェルディ 【原作】フリードリヒ・フォン・シラー 【台本】ジョセフ・メリ/カミーユ・デュ・ロクル 【イタリア語訳】アキッレ・デ・ラウジェレス/アンジェロ・ザナルディーニ
【指揮】ミゲル・ゴメス=マルティネス 【演出・美術】 マルコ・アルトゥーロ・マレッリ 【衣裳】ダグマー・ニーファイント=マレッリ 【照明】八木 麻紀 【舞台監督】大澤 裕
【合唱指揮】三澤 洋史 【合唱】新国立劇場合唱団 【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団
【フィリッポ二世】ヴィタリ・コワリョフ 【ドン・カルロ】ミロスラフ・ドヴォルスキー 【ロドリーゴ】マーティン・ガントナー* 【エリザベッタ】大村 博美 【エボリ公女】マルゴルツァータ・ヴァレヴスカ 【宗教裁判長】妻屋 秀和 【修道士】長谷川 顯 【テバルド】背戸 裕子 【レルマ伯爵/王室の布告者】樋口 達哉 【天よりの声】幸田 浩子 *ルドルフ・ローゼンの代役
16世紀のスペイン王室における実在の人物が登場するが、史実に忠実というよりはシラーの理想が前面に押し出された内容になっている。 王子カルロは自分の婚約者だったフランスの王女エリザベッタが父王と結婚したことによる精神的打撃から立ち直れないままでいる。修道院を訪れると、修道士の口から祖父カール5世の発せられ、慄然とする。親友のポーザ候ロドリーゴはフランドルの窮状をカルロに訴え、為政者としてなすべき事をし、痛手から立ち直ってもらいたいと願っている。ロドリーゴは国王にもフランドル救済を強く訴えるが、息子と妻の中を疑っているフィリッポ二世は、側近であるロドリーゴに監視役を委任。エボリ公女はカルロが自分を愛していると思い込み、深夜呼び出すが誤解であることが判明、侮辱されたと復讐を誓う。広場では異端者の火刑が執行され、フランドルからの使者と供に国王に訴え出たカルロは投獄される。宗教裁判長は王にロゴリーゴとカルロの身柄引き渡しを要求。エリザベッタは宝石箱が盗まれたと国王に申し出るが、その宝石箱は国王の手にあり、中にはカルロの絵姿が入っていた。不貞と決めつけられた王妃は失神。エボリ公女は自分がしたことだと王妃に詫び、カルロの救出を誓う。ロドリーゴはフランドル解放を友に託し、身代わりとなって死亡。フランドルに旅立つ日、カルロとエリザベッタは修道院で会い、過去と決別し、それぞれの道を歩いていくことを誓うが、そこに国王と宗教裁判長が登場。二人を捕らえようとするが、カール5世の霊が修道士に乗り移り、カルロを墓の中へと引きずり込む。
すでに指摘されているとおり、魅力的なのは主人公ではなくロドリーゴ。義母となってしまったかつての婚約者への思いを断ち切れず鬱屈した日々を過しているカルロに、為政者としての責務を果たすよう説得し、国王にも臆することなく、一方を圧迫することで利益を得るような政治はやめ、真の世界の王になるよう訴える。その一方でこの親子が抱える個人的な問題にも配慮し行動する姿は思いやりに溢れ、信念を貫きつつも、近しい人々への心配りを忘れない。道ならぬ恋よりも、二人の友情の方がテーマとして強く印象づけられる。第3幕第2場の牢獄の場面、ロドリーゴは自らを犠牲にしつつ、友を勇気づけ、自分は幸せだと言い死んで行く。マーティン・ガントナーは、昨年の「マイスタージンガー」のベックメッサーを好演しており、期待していたが期待に違うことない、演技と歌唱。この場面は涙してしまった。 常に重苦しい空気が支配する作品の中で、唯一明るさを伴うのが第1幕第2場で歌われるエボリ公女の「ヴェールの歌」。低音の方が美しいメゾだったので、少々苦しいという印象だが、それ以外は好演。エリザベッタの大村博美は異国の宮廷で孤独に耐える若い王妃という儚げな佇まいと、決してその場の感情に溺れない強い意志をもつ女性を好演。第4幕のアリアは素晴らしかった。 セットは可動式の灰色の壁を組み合わせることで十字架を表し、良くも悪くもキリスト教が登場人物達と密接に関連していることを暗示する。宗教裁判長は90歳を過ぎた盲目の老人という設定で、腰を折り曲げ両手で杖をついて歩いてくる姿は不気味。日本人のバスでは少々迫力不足の感あり。 政治的、宗教的、そして個人の生活のすべての面で、現在社会の混沌をそのまま表しているような内容。人の営みとはかくもかわらないものなのか。重いテーマと登場人物の心情をヴェルディの音楽が鋭く描きだす。オケの演奏はもう少しエッジが効いている方が好みだが、あくまで個人的なもの。 今回初演出ということだが、良いプロダクションに仕上がったと思う。マーティン・ガントナーと大村博美に心からブラーヴィと叫びたい。
同じ列のそろそろ高齢者の仲間入りという態の女性が上演中携帯を鳴らし、そのしばらく後電池切れを知らせる音が鳴った。あらかじめ電源を切っておかないこと自体最悪だが、鳴らしてしまった後も電源を切らないとはどういう了見か。万死に値する。
こぎつね丸
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