観能雑感

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観能雑感
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2005年11月27日(日)

宝生会　秋の別会　第2日

宝生会　秋の別会　第2日　宝生能楽堂　PM12：00～

　別会らしい豪華な番組。見所はほぼ満席。中正面後列脇正面寄りに着席。
　1日を通して眠気が終始付きまとい、良い舞台であったのにもかかわらず半覚醒状態の時間が長かった。疲れているのだろうか。こういうこともあるということで、ごく簡単な記述に止める。

能　『松尾』
シテ　近藤　乾之助
シテツレ　髙橋　亘
ワキ　殿田　謙吉
ワキツレ　則久　英志、梅村　昌功　（番組に記載なし）
アイ　大藏　千太郎
笛　藤田　次郎（噌）　小鼓　幸　信吾（幸）　大鼓　柿原　光博（高）　太鼓　観世　元伯（観）
地頭　寺井　良雄

　67年ぶりの上演となる脇能。参詣に訪れた勅使に青年と老人の二人連れが神社の縁起を語り、夜更けに神自らが夜神楽を舞うという、言わば脇能の典型。強いて言うならば、前場で秋の風情が丁寧に謡い込まれているのが特筆すべき点だろうか。松尾明神は、素盞嗚尊が八岐大蛇退治の際に飲ませた酒を造った神。以来、酒や醤油の醸造神として信仰されている。
　前シテは絓水衣に小尉。ツレの謡がシテの間を若干崩してしまった感あり。間語り、言葉が時に不明瞭で聴き難い。後シテは袷狩衣に白紋大口、透冠に面は邯鄲男。運足に難のある乾之助師がどのような神舞を舞われるのか興味があったが、動きは最小限に抑えつつも、格調高く、爽やかな舞を見せてくれた。秋の夜を惜しみつつ、夜明けとともに終曲。
　長俊の作品に見られる風流能のような大掛かりな構成ではないにもかかわらず、これほど長期に渡って演能が滞ったのは何故だろうか。決して退屈な中身ではなく、むしろ楽しめる曲である。これを期に、今後も途絶えることなく上演してほしい。

狂言　『松脂』
シテ　善竹　十郎
アド　善竹　富太郎、善竹　大二郎、大藏　基誠、大藏　基義、宮本　昇、榎本　元、野島　伸仁

　正月の松囃子（祝儀の舞）を催すため、主が太郎冠者に近隣の人々を呼びに行かせる。皆で集まって「松脂や、松脂や」と囃す声に引かれて松脂の精が登場。薬練に使う松脂を分け与え、寿ぎの舞を舞う。
　松脂の精の出立はかなり特異。大口、厚板様の小袖に側次、黒頭は縮れさせ、頭部中央で分けている。背中に垂れた分は紐でまとめ、顔の両側に黒地に金の文様の入った長方形の板のようなものを掲げている。面は赤褐色で種類は不明。どことなく鳥山石燕の妖怪画を彷彿とさせる。舞は末社の神が舞う三段の舞で、最後に黒い板状のものを鮮やかに取り外すが、髪を纏めていたのは板状のもの二枚を繋いでいる紐だった。
　ちょっと不気味で珍しい物を観たというのが正直な印象。もちろん今回初見。

仕舞
『天鼓』　　辰巳　満次郎
『蝉丸』　　波吉　雅之
『山姥』キリ　　朝倉　俊樹

能　『野宮』車之伝　合掌留
シテ　三川　淳雄
ワキ　工藤　和哉
アイ　大藏　彌太郎
笛　中谷　明（森）　小鼓　幸　正昭（清）　大鼓　柿原　崇志（高）
地頭　髙橋　章

　登場直後、旅僧にこの場を立ち去れと言い放つ様子は有無を言わせない強い調子。長身は能楽師の場合不利に働くことが多いが、この方の場合そうはならず、優雅である。クセは途中まで鬘桶に腰掛けていた。しんみりと、かつ格調高い地謡は宝生流ならではのもの。
　間語り、一瞬絶句したのかと訝しく思える、独特な間。
　車の作物が常座に出され、後シテ登場。正体を明かしてからのほうが、不思議と弱々しく見える。車争いの件はシテが作り物の中にいる状態で進行。「人びと轅に取り付きつつ」で小さく左右を見回すシテは、自分の置かれた状況に困惑しているように見えた。愛する人の晴れ姿を一目見たい。それだけのことが何故自分には許されないのかと、悲しみにくれる。続く序之舞を含めて感じたのは、六条御息所の弱さだった。彼女は本当はただ光源氏のことを思い続けていたかっただけだったのかもしれない。しかし、周囲の状況、そして恐らく本来は内向的な性格ゆえに、事態は好ましからざる方向へ動いて行く。シテの後ろ姿は「好きな人を好きでいてどうしていけないのか」と悲しげに訴えているようだった。
　破之舞の前に鳥居の前で跪く型があった。柱に阻まれ上半身は見えなかったがこれが小書の合掌留のことだろうか。やるせなさが滲み出て、非常に効果的。
　自らの意志というより、ただそうするしかないのだという無力感を漂わせ、闇の中に一人取り残されるような風情の中、橋掛りに置かれた車に再び乗る態で終曲。
　序之舞の終盤部分で若干笛に乱れがあった。大きな瑕ではないものの、中谷師、お年を取られたのだなぁと感じる。

仕舞
『国栖』　　登坂　武雄
『松虫』クセ　　當山　孝道
『玉鬘』　　亀井　保雄
『実盛』クセ　　今井　泰男

能　『黒塚』白頭シテ　三川　泉
ワキ　宝生　閑
ワキツレ　大日方　寛（番組に記載なし）
アイ　大藏　吉次郎
笛　内潟　慶三（森）　小鼓　住駒　幸英（幸）　大鼓　國川　純（高）　太鼓　松本　章（春）　
地頭　今井　泰男

　前シテの摺箔は暗灰青の地に銀箔文様、その上に段織状態で銀箔をかけたような、一風変ったもの。閨を覗かないでくれと言い置いて去る際、思わせぶりに振り返る型はない。
　後シテ、腰に巻いた摺箔が花浅葱に黄の文様（花のようにも見えたが不明）で、これまた印象的。白頭の元結が非常に大きかった。頭から僅かに覗く般若の角が悲しい。早笛で登場。怒りよりは悲しみ、そして無力感を感じた祈りだった。女は己の意志とは関係なく、人を喰らって行き続けなければならない。調伏されて力は削がれる。しかし、そこに救済はない。
　

　前列の方が終始体を動かし続けて鬱陶しかった。今日のように眠気に苛まれていなければ、さらに気になったことだろう。無闇に体を動かさないのは観客席に座る者のルールだと思う。一方脇正面後列では1日通して袋をガサガサさせ続けていた方あり。咳き込み出して飴を出すのにまたガサガサ。大きな独り言付き。気になっていたのは私だけではなかったようだが、送られる視線に反応するくらいならそもそもこういう行動は取らないであろう。出るのはため息のみ。

こぎつね丸