観能雑感
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2005年11月11日(金) 銕仙会定期公演

銕仙会定期公演 宝生能楽堂 PM6:00〜 

 上演機会のほとんどない脇能に、シテは浅見真州師。この機会は逃せない。
 中正面前列に着席。目付柱の真正面。座席は脇正面後列の一部を除いてほぼ埋まっていた模様。

能 『白鬚』
シテ 浅見 真州
前ツレ 小早川 修
後ツレ 天女 谷本 健吾、龍神 長山 桂三
ワキ 宝生 欣哉
ワキツレ 大日方 寛、則久 英志
笛 一噌 幸弘(噌) 小鼓 幸 清次郎(清) 大鼓 柿原 崇志(高) 観世 元伯(観)
地頭 山本 順之

間狂言 『勧進聖』
聖 野村 萬
船頭 野村 祐丞
道者 小笠原 匡、山下 浩一郎、住吉 講、中本 義幸、
鮒 野村 万蔵

 白鬚神社縁起に起因する曲。作者不明。クセは観阿弥作。白鬚物と言われる先行芸能があった模様。観世、金春流のみ現行曲。銕仙会では37年振りの上演とのこと。
 大小前に一畳台が出され、宮の作り物が置かれる。台の左右には松の木。
 真ノ次第でワキ登場。脇能のみで見られる、揚幕から登場直後のワキが伸び上がる動作、これを観るのが何故か無性に好きである。稲穂の成長を願うものだという説があるとか。欣哉師はいつも役柄に相応しい空気をまとって登場するけれど、今回も現れた時から颯爽当していていかにも脇能が始まるという空気が充満。続いて真ノ一声でツレを先頭にシテ登場。ツレは縷水衣、シテは絓水衣のよくある出立。面は三光尉。両者とも釣竿を持っている。シテ、ツレが本舞台に入るあたりでウトウト。クセで白鬚明神の謂れが語られる。下居したシテはちょうど柱に隠れてしまった。事の起こりは釈迦がこの世に生まれ出でる前にまでに遡り、なんとも壮大。入滅後、釈迦は琵琶湖周辺を仏法結界の地として譲るよう、釣り糸をたれていた老人に求めるが、老人は釣り場所が奪われると拒否。すると薬師如来が現れて、我はあの老人よりも遥かに長い時間この地に留まる者である。あの老人は我を知らない。この地を仏法流布の拠点とするなら力を貸そうと言い残し、飛び去る。釣り糸を垂れていたその老人こそ、白鬚明神であり、そしてそれは自分であると語ったシテは、来序で作り物の中へ、ツレは幕内へ向かい中入。
 間狂言は通常末社の神であるが、今回は替間。白鬚神社の勧進のために琵琶湖に舟を出した聖。そこへ清水詣のために北からやってきた道者がやはり舟に乗ってやって来る。聖は勧進するようしきりにすすめるが、道者は持ち合わせがないと拒絶。すると聖は何やら祈祷の言葉を口にすると、水底から大鮒が現れ、怒りを露にする。驚いた道者達が着ている衣を聖に投げ与えると鮒は喜び、舟のとも綱を加えて対岸まで一気に引いて行く。
 聖が大分強引に勧進を要求する様子が何とも可笑しい。柄杓の中に小銭が入っていて、実際にじゃらじゃらと音を立てて飛び散った。祈祷以降は地謡が入り。鮒は狂言版早笛のような囃子で登場。黒垂に鮒の戴をのせ、法被厚板に類する装束を付けていた。面は不明だが、何となく魚類を連想させる面立ち。暴れまわる様は狂言版舞働のような囃子にのって表現された。最後は橋掛かりで飛び返り。ところで、舟を対岸まで牽引できる鮒の大きさはどのくらいなのだろう。鯨くらいか。
 出端で宮の中から白鬚明神が登場。白の袷狩衣に紫地に金の文様入り大口。鳥兜を被り、面は鷲鼻悪尉。白っぽく、口を開けた表情が神々しさと不気味さを兼ね備えていて、土着の神に相応しい。勅使を慰めるために舞楽を奏する。舞は楽。ことさら足拍子が多様される舞であるが、その音が囃子の一部のごとくに存在感を持って聴こえたのは今回が初めて。力強く踏まれる足拍子の厚い響きだけでも、悪尉楽に相応しいと思った。ずっと観ていたいような舞だった。イロエ出端で天女が天燈を持って登場。花の文様の唐織に黄大口。面は小面。続いて龍神が早笛で登場。こちらは龍燈を持つ。これまで聴いた中で最速の早笛だった。舞働の後、天女は空へ、龍神は湖へ帰り、今上を寿いで終曲。
 後の長俊の風流能と同様の構成で見飽きない。脇能の囃子は聴き所満載なのでそれも嬉しい。脇能の笛には情趣云々が要求されないので、幸弘師の良い面が生かされたと思う。楽は聴き応えがあったものの、悪尉楽という重厚さと、素性の明確でない神(新羅、高句麗の神との関連も指摘されている)を表現するためのある種の怪しさは不足気味。少々厳しい意見ではあるが、この方の力量を考慮してのことである。楽を聴きながら、昨年末に亡くなられた幸政師の吹く盤渉楽を思い出していた。残念ながら実際の舞台で聴くことは叶わなかったけれど、それは敢えて喩えるならば、透明なせせらぎの底に沈んでいる、小さな水晶の玉を思わせる。このごろよく聴いているが、観客も同業者もこの方を惜しむ声が多かったことに、改めて思い至る。
 上演時間は2時間20分。長いと感じることはなかった。長期間眠らせておくには惜しい曲だと思う。
 
 前列の方は舞の際、首を動かすというより体を左右に大きく乗り出していた。いつも思うが、シテの姿を常に完全な形で捉えていたいのならば、中正面には座るべきではない。


こぎつね丸