観能雑感

アクセス解析

body{margin:0;}.NIN{padding: 0;margin: 0;position: absolute;width:100%;height:100%;background-color:black;color:white;}

観能雑感
INDEX｜past｜will

2005年01月29日(土)

国立能楽堂特別公演　

国立能楽堂特別公演　PM1：00～

　滅多に出ない曲が出るため観に行く。見所は満席。消防法の関係で、補助席は出さなくなったのだろうか。中正面最後列正面席寄りに着席。隣の方の脂じみた濃厚な体臭に悩まされる。今日もついていない。

能　『大社』（金剛流）
シテ　宇髙　通成
前ツレ　宇髙　竜成
後ツレ　種田　道一、松野　洋樹
ワキ　高安　勝久
ワキツレ　塩田　耕三、藤野　藤作

間狂言　『神子神楽』（大蔵流）
シテ　茂山　七五三
アド　茂山　逸平、茂山　童司

笛　松田　弘之（森）　小鼓　幸　正昭（清）　大鼓　亀井　広忠（葛）　太鼓　桜井　均（春）
地頭　松野　恭憲

　神無月に廷臣が出雲大社に参詣に訪れると老人が現れ、なぜ出雲のみ神無月を神有月と呼ぶのか、大社のいわれ、神が来迎する時間などを伝え、社殿に消えて行く。その夜、十羅刹女の化身、御崎の神が現れ舞を舞い、続いて祭神である杵築太神が現れ舞い、その後海龍王が杵築太神に小龍を捧げる。四海安全、五穀豊穣、御世を寿ぎ、それぞれ社殿と海中に消えて行く。観世弥次郎長俊の作。観世、金剛、喜多流のみ現行曲。脇能自体上演頻度が落ちている昨今、このような壮大な構成の曲はますます演じられなくなっているのだろうか。
　大小前に一畳台が置かれ、社殿の作り物を載せる。ワキの登場。同吟がやや不揃い。続いて真ノ一声で前シテ、ツレ登場。シテは肩上げ水衣の老人。面は皺尉（うろ覚え）。ツレは若い男。ツレの謡がほとんど聴こえず、カマエ、ハコビもぎこちない。この大舞台に相応しいとは思えなかった。通成師、声量あるも、言語不明瞭。ワキとの問答の後、正体を暗示しつつ、来序で社殿の奥へ消える。ツレは橋掛りを退場。地謡、クセ終了後、後列が扇を引いても前列がそのままで、地頭が合図してやっと引く。全体的に訴求力に乏しかった。
　間狂言は替間。参詣人（童司師）が出雲大社の神主と神子（逸平師）に、神楽奉納を願い出る。神主により神有月のいわれが語られた後、神楽が奏される。まずは小鼓のノット、続いて笛による狂言神楽が響く中、神子は鈴を持ち舞い、神主は銅拍子（小さなシンバルのような楽器）を鳴らす。神子なので鬘を付け、女性の格好をしているが、型は三番三の鈴ノ段を思わせる。笛のシャギリとともに終了。
　出端で後ツレの御崎の神が登場。長絹、黒垂、小面の女神の扮装。天女ノ舞を舞う。舞はゆったりと型が大きいが、求心力に欠け、ついつい目は囃子方へ。神々しくも颯爽とした音。ツレの舞が終ると社殿から杵築太神登場。白の大口と袷狩衣、鳥兜、面は鼻瘤悪尉。「悪尉楽」と呼ばれる重厚な楽を舞う。というわけで、やっと松田師の楽を聴く機会を得た。初めて聴く師の楽が悪尉楽というのも、待った甲斐があったというもの。これまで聴いた事のある楽とは異なる印象の旋律に、最後までのらずに、しかし高揚感を伴い奏される楽は圧倒的な迫力。闇の中にこそ存在する再生の力を感じた。しかしシテはその重厚さに拮抗できず、やはり求心力に欠け、我知らず視線は囃子方に向かってしまう。面受けが悪いのか、クモラセ勝ちなのも気になった。杵築太神が社殿に戻ると早笛で海龍王が登場。法被、半切、赤頭、龍戴、面は黒髭。手に小さな箱を持ち、杵築太神に捧げる際蓋を開けると、小さな龍が入っていた。これが貢物の小龍を表す。続いて舞働で威勢を示し、それぞれ帰るべきところに帰って終曲。
　上演時間は2時間5分。長大だが難解なところもなく、見た目も華やかで楽しめた。杵築太神とは大国主命だろうか。素戔嗚尊と考えるよりも自然な気がする。
　脇能は囃子ごとが多いが、まさにここに極まれりといった態。特に笛方は狂言の間も休む間もなく、後場に眼目の悪尉楽が待っており、その後も吹き通しで、気力、体力ともに充実していなけれ勤めるのは困難かと思われる。体力的に上演可能な方は大勢いるけれど、この重厚さ、力強さを体現できるのは、現在松田師をおいて他にないと実感した。あの悪尉楽を聴くことができたのは、生涯の財産である。
　広忠師、一皮剥けた印象。
　
　惜しむらくは、別の流儀で観たかったということだろうか。

能　『葵上』梓之出　空之祈　（観世流）
シテ　鷹尾　祥史
シテツレ　梅若　晋矢、鷹尾　彰弘
ワキ　森　常好
ワキツレ　梅村　昌功
アイ　茂山　真邦
笛　杉　市和（森）　小鼓　飯田　清一（幸）　大鼓　河村　総一郎（石）　太鼓　金春　惣右衛門（春）
地頭　土田　晏

　正先に紅い縫箔の出し小袖が置かれる。
　小書付きゆえシテの出の謡を省略し、照日の巫女の梓弓の音に導かれて出てくる様を強調。同じく常の形では出ないツレの青女房を伴い、大小前に車の作り物が置かれる。紅で彩られた『熊野』の車とは対照的に、白黒。こうして見ると、シテのかける泥眼という面は確かに気品があることが解る。シテの謡は明瞭なれども、御息所の抱える懊悩の深さ、正気ならば絶対にしないはずの後妻打ちを実行してしまう切迫した心境は今ひとつ伝わってこず、あっさりした印象。壷折りの唐織を橋掛り入り口で被き、消えて行く。御息所が破れ車に乗せて連れて行きたかったのは葵上ではなく、浅ましい我が身だったのだと思う。
　後場は横川の聖との対決。般若の面が哀しそうに見えた。緋長袴姿だが、祈りの場面の動きは鈍くなかった。ワキが正先に居る時、シテが橋掛りにいて、聖が一瞬霊の姿を見落とす様を表したのが小書「空之祈」。法力には勝てず、成仏する態だが、実際のところこの時点で御息所はまだ死んではいない。それでも、たとえ一瞬でも彼女の心が晴れたらいいのにと思った。
　重量級の曲を観た後なので、あれこれ考える余力がなかったものの、いつ観ても面白い曲である。
　
　囃子方はそれぞれ京都、福岡、名古屋、東京に拠点を置く方々。一同に会させたのには、何らかの意図はあったのか。上演する上で効果的だとは思えなかった。
　

　本日の笛方は奇しくも二人とも故森田光春師に師事されている。しかし芸風は全く異なり、お調べの譜など同じものとは思えず。しかしそれぞれに良さがあり、それが能楽の豊かさなのだと思う。

こぎつね丸