観能雑感

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観能雑感
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2004年11月14日(日)

宝生会　月並能

宝生会　月並能　宝生能楽堂　PM1:00～

　三川泉師ご出勤なので当然観に行く。見所は7割程度の入り。中正面後列正面席寄りに着席。
　
能　『大仏供養』
シテ　渡邊　荀之助
子方　前田　尚孝
ツレ（母）　野月　聡
ツレ（立集）　高橋　憲正、内藤　飛能、佐野　玄宜、亀井　雄二
ワキ　高井　松男
笛　中谷　明（森）　小鼓　観世　新九郎（観）　大鼓　大倉　三忠（大）
地頭　髙橋　章

　頼朝が東大寺の大仏殿修復の法会に参加するところを景清が襲うという内容の現在物。出典作者ともに不明。
　シテは掛素襖に白大口。若草山近くに住む母を訪ねて頼朝暗殺の意思を伝え、別れを告げる。特にどうということもなく淡々と進行。シテが橋掛りに立ち本舞台のツレを見やり、涙を隠すように向き直ったところは、抑えた表現だからこそ胸に迫るものがあった。
　後シテは春日大社の宮人に扮し、箒を持って登場。縷狩衣肩上げに指貫（うろ覚え）、翁（？）烏帽子。居並ぶ臣下をすり抜け地謡座を掠めるように箒を動かした時は緊張感が走った。子方とワキが切戸から退場した後は斬組み。箒を刀に持ち替え烏帽子を脱ぎ、鉢巻姿になったシテは頼朝の若い家来一人を斬り、再起を誓って姿を消す。
　平家追悼の念が景清という人物に集約された物語なのだろうか。場面展開が鮮やかで飽きさせず、情趣はないがこれはこれで楽しめる作品。
　奇しくも同日観世九皐会でも上演。遠い曲が重なるのは珍しい。

狂言　『萩大名』
シテ　山本　則俊
アド　山本　泰太郎（代演則重、掲示なし）、山本　則直

　則俊師の大名は真面目一方で実直。しかし悲しいまでに知識がない。対する則重師の太郎冠者、歳は若いがしっかり者という印象。主にてきぱきと指示する姿が頼もしい。招待主に対する賛辞は、大名の生活振りを象徴していていじましい。歌の最後の部分を伝えて姿を消した太郎冠者を呼ばわる大名の声がいかにも情けなく響き、つい笑いを誘われる。亭主に一喝されて素直に認めて留めるところがあっさりとしていてい気分がいい。
　この曲は流儀や家ごとの違いが顕著で面白い。こういう違いを楽しめる豊かさは大切にしていきたい。
　則重師は山本家の若手のなかで一番注目している。このところ成長著しく、観ていて嬉しくなるのだった。

能　『班女』
シテ　三川　泉
ワキ　宝生　閑
ワキツレ　殿田　謙吉、他1名（番組に記載なし）
アイ　山本　則直
笛　藤田　大五郎（噌）　小鼓　幸　清次郎（清）　大鼓　柿原　弘和（高）
地頭　今井　泰男

　アイの則直師、休憩なしで進行するため装束を替えるための時間のみ取ってすぐに登場。装束だけでなく気持ちも切り替えねばならないのであろうし、なかなか大変であろう。
　狂言口開けでシテ登場。面は節木増か。毎回のことながら、幕揚げの瞬間に「可愛い」と嘆息まじりで思わせる。心ここにあらずといった虚ろな様子で橋掛りを歩むシテと、「あなたは昔はこんな人ではなかったのに」といきり立つアイが好対照。班女はとうとう長者から出て行けと言い渡され、我が身の寄る辺なさを嘆く。下居から立ち上がって左右を見るという、たったそれだけの所作で、野上の里から都までの距離感、一人歩き続ける孤独感と絶望が凝縮されていた。これほどまでに密度の高い『班女』の前場は初めて。
　後シテ、前場とは明らかに違うハコビで急く心に足が追いつかないといった態の狂女ぶり。謡い出し直後に絶句。その後も再び絶句があり、全体の流れの中で澱みとなった感は否めない。地頭今井泰男師、副地近藤乾之助師率いる地謡は秀逸で、クセは、ひんやりとした晩秋の空気とともに、宝生流の謡でなければ表現できないであろうと思われる寂寥感に満ちていた。シテが橋掛りに移動すると、そこは宮殿の欄干になり、背後に星空が広がって見えた。前場からの一貫した印象として、恋慕の情が主題とされる本曲であるが、全体を覆い尽くすのは孤独感であった。班女はどうしようもなく孤独だから、交換した扇にすがるように生きているのだろう。そうしなければ、我が身を支えることができないから。
　最後は萌黄色の狩衣も若々しい閑師扮する吉田少将とめでたく再会し、終曲。シテの面に安堵の表情が浮かぶ。たとえひとときでも、喜びという感情は生きている上で重要である。
　大五郎師、アシライは寂々とした風情で余人に替わるものがないが、舞は音程が気になる部分が目立った。何分ご高齢ゆえその日ごとの調子が大きく変わるのだろうが、あまり無理はして頂きたくないというのが正直な気持ちである。

能　『大会』
シテ　宝生　英照
シテツレ　小倉　健太郎
ワキ　工藤　和哉
アイ　山本　則孝、山本　則俊、山本　則秀
笛　松田　弘之（森）　小鼓　曽和　正博（幸）　大鼓　亀井　広忠（葛）　太鼓　助川　治（観）
地頭　亀井　保雄

　鳶に化けていた折子供たちに虐められていたところを助けてもらった礼をするために、僧の望みどおり霊鷲山での釈迦の説法の様子を見せる天狗だが、決して拝んではいけないという約束を僧が違えたために、帝釈天が現れ天狗をこらしめる。典拠は『十訓抄』。本日初見。
　休憩時間にロビーを歩き回って代演を告知する張り紙を探すも、見つからず。久々に宗家のシテを観ることになった。
　前シテは山伏姿。英照師独特の謡はそのまま。とくにしどころもない前場なので淡々と進行。どことなく漂う怪しさがあって、これは結構。
　アイは天狗三人で、それぞれ独特の面をかけていて見ていて楽しい。
　後シテは袈裟を付け、まさに釈迦の姿なのだが、それとなくうさんくさい。大小前に置かれた枠組みだけの椅子の作り物に鬘桶を置き、そこに腰掛ける。僧が禁を破ったため、早笛で帝釈天が登場。こちらの面も独特。天神か。松田師の早笛を聴くのは今回初めてだが、颯爽としていて力感があり、とにかくカッコいい。シテは物着で天狗姿に。舞働で戦うも、勝負は目に見えている。羽をぼろぼろにされ、谷底に落ちていって終曲。
　この曲の印象は片山清司師監修の絵本によるものが強い。一読してとにかく天狗が可哀相になった。ただ感謝の気持ちを伝えたかっただけなのに、こうまで痛めつけられるのは気の毒。仏罰を下すために現れるのが仏法守護の四天王の中で最強の帝釈天というのも意味深。天狗は堕落した僧であると言われているので、二重の意味で皮肉だ。
　『十訓抄』は仏教に基づいた教訓集だが、この場合は「僧の約束など安易に信じてはいけない」ということだろうか（明らかに違う）。
　
　話題は変わるが、来年1月の月並能のチケットが早々と完売になってしまった。HPのチケット予約の説明だと、月並能のチケット販売開始は公演2ヶ月前の第3土曜日。ということは20日が発売日のはず。一般販売分として能楽堂が持つ分が少なかったのだろうか。こんなことは初めて。ショックは尾を引きそうである。あああ。来年の初会、どこに行こう・・・。
　

こぎつね丸