観能雑感
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2004年11月12日(金) 銕仙会定期公演

銕仙会定期公演 宝生能楽堂 PM6:00〜

 何かと慌しいのと体調不良とでまっすぐ帰宅したくなるも、チケットを無駄にしたくないので会場へ向かう。集客力のあるシテ方に某狂言方ご出勤で、脇正面の橋掛かり寄りにまで補助席が出る盛況振り。中正面後列脇正面寄りに着席。
 諸事情で簡単な記述に留める。

能 『雨月』
シテ 浅見 真州
シテツレ 長山 禮三郎
ワキ 宝生 閑
アイ 高野 和憲
笛 藤田 朝太郎(噌) 小鼓 幸 正昭(清) 大鼓 國川 純(高) 太鼓 三島 元太郎(春)
地頭 山本 順之

 本曲を観るのは3度目だが、観世流では初めて。作り物は大小前に置かれる。
 シテの登場あたりで予想どおり眠気が襲ってきて前場はほとんど混濁した意識の中で進行。西行に歌の上の句を付けさせ、気に入った旨伝える際の威厳は、本性を暗示させるもの。間際の時間、緊迫した空気が流れた。真州師の装束合せは相変わらず趣味が良い。
 後シテ、紋が透かし織りされた桑染(うろ覚え)狩衣に白指貫、尉髪に翁烏帽子、幣を持ち、面は皺尉。白味が勝り、少々気難しげな表情が神の気配を強く意識させる。陰陽の理をまず述べるのが面白い。和歌に因んだ流れだが、住吉明神が和歌の神とされるのは平安末期以降のことらしい。真ノ序ノ舞は超簡略版であった。何分ぼんやりしていたので定かではないが、初段のみで終了したように感じた。終演時間を考慮してのことだろうが、定例会での省略は如何かと思う。そもそも番組の構成に無理があるように思える。
 もっと良い状態の時に観たかった。残念。

狂言 『隠狸』(和泉流)
シテ 野村 萬斎
アド 石田 幸雄

 この曲は何度か観たこともあり、とにかく疲れきっていたので休憩時間に当てた。

能 『富士太鼓』現之楽
シテ 大槻 文蔵
子方 小早川 康充
ワキ 宝生 欣哉
アイ 深田 博治
笛 一噌 仙幸(噌) 小鼓 鵜澤 洋太郎(大) 大鼓 柿原 崇志
地頭 観世 榮夫

 殺された楽人の妻が太鼓に怒りをぶつけるという一風変わった復讐譚。今回初見。
 子方を伴ったシテが橋掛かりに登場。脇正面を向き、また子方と向き合うというごく単純な動きの中に、夫を案ずる憂愁が見て取れ、またその姿が気品漂い美しい。面は「桜女」という銘のある深井だそうだが、生活に疲れたような印象はなく、大人の女性の落着きと知性が感じられるもの。文蔵師によく似合っていた。水衣の下の唐織は紺地に金糸で格子状に縫い取りがされ、恐らくは秋草が織り込まれた凝ったもの。鬘帯も同系色でそれぞれが互いを引き立てていた。官人から夫の最後を知らされ、俯いた姿から正先の太鼓に目をやるところ、視線の強さを感じて次に出てくる太鼓への恨みの言葉が先に聞こえてくるような気がした。
 物着で夫の形見の装束を身に付ける。舞衣の色は紅で、富士は左方の楽人だったのかとふと思う。狂乱の態で太鼓を打つのだが、怒りというよりは悲しみが勝った姿であるように感じた。怒気はときおりふっと顔をのぞかせる。今回小書付きで通常の楽とは異なる譜で、太鼓が入らない。仙幸師の憂いを含んだ透明感溢れる音にじっと耳を傾けた。
 最後に振り返り、じっと太鼓を見つめて終曲。
 子方は長い道行を謡い、演劇上も母を押し留めようとするなど重要な役割を担う大変な役だが、立派にこなしていた。きりりとした下居姿に感心。
 今回出てくる太鼓、大太鼓だと思われるが、その音は低く、どこまでも突き抜けて行くような迫力に満ちたものである。屋内演奏用の小型なものでもそうなのに、本来の左右に分かれた火焔太鼓の音たるや、正に地中から天空まで音が駆け上って行くような印象を受ける。そんな太鼓を乱打したら、さぞかしすごい事になるのではないか・・・などと、埒もないことを考えてしまった。

 今日は落ち着いて観られる環境だったのにもかかわらず、自分の不調から情けない観賞状態になってしまった。こういう巡り合わせはなかなか上手く行かないものだと嘆息。


こぎつね丸