観能雑感

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観能雑感
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2003年11月27日(木)

国立能楽堂特別企画公演

国立能楽堂特別企画公演　PM6：30～

この曲にこのシテ、何が何でも観に行くと誓って決行。
会場には実際に木賊が展示されていた。細く濃い緑で節がありどこが茎で葉なのか分不明。
見所はSB席、GS席ともに埋まり満員。中正面後列正面席寄りに着席。
どうやら隣の席に座るらしい高齢のご婦人が後から自分の荷物を強引に置こうとしてそれが何度も肩にあたる。口では詫びているが形式的で甚だ不快。着席後も肘掛を占領される。気になった。

持病による体調不良のため書く期を逸してしまったため、省略番とする。

狂言　『業平餅』（大蔵流）
シテ　茂山　千之丞
子方　丘　いっせい
アド　茂山　あきら、佐々木　千吉、増田　浩紀、茂山　千作、茂山　七五三、　茂山　童司
笛　一噌　仙幸（噌）　横山　貴俊（幸）　大鼓　安福　健雄（高）

在原業平が度の途中に寄った茶屋で餅をただ食いするという、突拍子もない設定。代金はいらないから娘を都に連れて行ってもらいたいと主に頼まれ、承知したはいいが甚だしく後悔するはめとなる。
次第付きで登場した一行。シテの業平は狂言ではめずらしく絹を用いた装束。千作師演じる傘持ちは高齢という設定なのか、腰を曲げ足取りはやや覚束ない。狂言座で傘を置き、控えているのだが、居眠りを始めてしまい、疲れているのだなぁと少々痛々しい。千之丞師は80歳とは思えない朗々とした声。いかに自分は餅を食べたいのかを歌に詠んで聴かせるところは憐れっぽさが滲み、身分との落差が可笑しい。餅を夢中で食べる様子は滑稽だがとても美味しそう。傘持ちも涎をたらさんばかりに見詰める。
店の主人から娘を託され、二つ返事で引き受けたはいいが、美人とは対極の容貌に愕然とする。傘持ちを言いくるめて彼女の下に向かわせるがこちらも娘の顏を見るやいなや腰を抜かしてしまう。この一連の所作が面白くてついつい笑ってしまった。とにかく逃げようとする業平を娘が追いかけて終曲。
娘役の童司師、面をかけているせいか声がくぐもる。稽古不足なのが歴然。茂山家の狂言はこれまであまり縁がなく、舞台で実際に目にしたのは一度きりなのだが、千之丞師、貴族の大らかさと直裁な色好みを卑近になることなく融合させてさすがの役者ぶり。千作師もこの方ならではという味わいがあった。作品としても冗漫なところがなく良くまとまっており楽しめた。

能　『木賊』（宝生流）
シテ　髙橋　章
子方　辰巳　和磨
シテツレ　武田　孝史、朝倉　俊樹、金森　秀祥
ワキ　宝生　閑
ワキツレ　殿田　謙吉、大日方　寛、則久　英志
笛　一噌　仙幸（噌）　横山　貴俊（幸）　大鼓　安福　健雄（高）
地頭　三川　泉

不思議な曲である。老人は子を想うあまりに狂うがその子は幼児というわけではなく、青年一歩手前の少年。それも人買いにさらわれたのではなく自ら修行の道を選んだと思われる。何ゆえそれほど激しく我が子を慕うのか。一場ものの現在能だがシテは面をかけ、序ノ舞を舞う。作者は世阿弥か。曲趣を出すのが困難なためか上演頻度は低く（とは言っても観世流ではかなり演じられている）、宝生流では明治以降10回にも満たないとのこと。
次第でワキ、ワキツレ、子方登場。ツレも充実していて道行に深みが出る。
一声でシテ、シテツレ登場。手には木賊と鎌を持つ。睡眠不足の故かシテとツレの掛合いでウトウトしてしまうが、ロンギが始まると俄然目が覚め、地謡、シテそれぞれの謡にじっと耳を傾けた。そうせずにはいられないほど繊細で奥行きのある地に、流儀の特色ゆえ朗々と響き渡る謡ではないが、言語明瞭かつ味わい深いシテ謡の掛合いの妙。これらは一曲を通して失せることなく、選りすぐられた素材を丁寧に調理し、最小限の味付けをした料理をじっくり味わうがごとき贅沢な時間となった。
ワキ僧の問いかけに答えるシテ。感情を露にすることもなく、静かに応対するが、胸のあたりまで上げた手の動きに、この人は心の内で静かに泣いているのだと思った。
自宅に一行を案内するシテ。ここでツレより老人の精神状態が不安定であることが仄めかされる。子方はどうやらこの老人が父親らしい事に気付き、僧に告げるが思うところがあるのでこのまま黙っていてくれと頼む。物狂い能のご都合主義が顏を覗かせるが、看過する。シテは僧に酒を勧めるが出家の身だからと断られると中国の故事を引き重ねて勧める。そこからいかに親は子を想っているかが語られるクセへと続き、序ノ舞に入る。謡と所作、それぞれを一瞬たりとも逃したくないと思うほど双方充実。他流では子方の烏帽子、狩衣を物着するが、宝生流では水衣のまま。女性の物狂いのように感情に突き動かされるというよりは、現ない自らの有様を自覚しているかのような、抑制の利いた様子。流れるようにではなく、一歩一歩確かめるかのごとき舞。仙幸師の笛がシテの心情に寄り添い、哀しくも美しく響く。二段の後、子方を見咎め行き過ぎるもまたも戻るという動きがあり（宝生流のみとのこと）、舞という様式を崩すことなく巧みな心情表現を見せる。遂に子供は名乗り出て、再会を果たす二人。何故もっと早く言ってくれなかったのかと恨み言を言うのも定型の流れ。子方を先に行かせるがシテが舞台に残って留めるのではなくやや遅れて付いて行き、橋掛りで留め。

宝生流の底力を見せた舞台だった。静かな中にもしっかりと息づく力強さ、言葉そのものの威力を削ぐことなく音楽としても美しく聴かせた地謡。終始漫然とすることなく一曲を勤めきったシテ。パンフレットの詞章にたとえ一瞬でも目を落とすことさえためらわせた、充実した時間だった。この宝生流ならではの良さが失われつつあるのは誠に遺憾。後に続く世代の奮起を期待したい。ワキ、囃子方も好演。小鼓の横山師は東京ではあまり聴く機会はないが、低迷する東京の幸流から比すると誠に羨ましい存在。

舞台から受けた印象を言葉で伝えきれない無力さを、今回は一際強く感じた。

惜しむらくはまだ完全に終曲していない内に正面席後方から盛大な拍手が起こったこと。さすがに同調する人はいなかったが、囃子が留めてからすぐに他からも拍手が出てしまった。余韻もなにもあったものではない。残念。こういう事態に遭遇すると『砧』の一節、「その夢を破るな」が脳裡を過るのであった。

こぎつね丸