観能雑感
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2003年05月24日(土) 第9回 山本順之の會

第9回 山本順之の會 宝生能楽堂 PM2:00〜

八世銕之亟師と山本眞義師追善の意を込めての番組構成。両師は同年に生まれ、同年に没したのだとか。大阪の職分家出身である順之師が銕仙会に所属するようになったのは、すぐ上の兄眞義師が雅雪師に教えを乞うた事が端緒だそう。
前日よく眠れなくて睡眠不足。厭な予感がしつつも会場へ。この予感は後に的中する。
順之師の縁者が出勤するためか、関西からのお客さんも多かったよう。
パンフレットには高桑いづみ氏が寄稿しており、昨年話題となった横浜能楽堂の企画公演「秀吉が見た卒都婆小町」について述べられていた。現在の謡のリズムとは異なる旋律、リズムに同じ詞章を乗せねばならず、シテの順之師の苦労の程がうかがえた。
 いろいろ不調で書くタイミングを逸してしまい、やや日を置いての記述。

仕舞 
野宮 観世 榮夫
最後の車に乗り移るところ、成仏するのではなく、永遠に迷い続ける事を受け入れた潔さのようなものが見えた。

藤戸 山本 勝一
順之師の兄上であろうと思われる。水の中を漂う亡者を思わせる身体。脇座を見込むと誰もいないはずなのに盛網がそこに存在しているかに見えた。
途中あろうことか携帯電話の電源を切っていないことに気付く。パンフレットを読むのに夢中になっていたのだ。マナーモードにさえなっていなかったので、出来るだけ音を立てないようにバッグに手を伸ばし、電源を切る。不覚。

融 山本 章弘
眞義師のご子息であろうと思われる。声は大きいが前者2名に比べるとやはり見劣りすることは否めない。先の二人は衰えてはいても身体に芯のような、確固としたものがあった。

狂言「隠狸」(和泉流)
シテ 三宅 右近
アド 三宅 右矩

太郎冠者は実は狸捕りの名人だと伝え聞いた主人は本人に問うが、当人は知らない振り。客人に狸汁を振舞うと約束してしまったと嘘をつき、太郎冠者を市場へ向かわせる。とにかく捕らえた狸を売ろうと市場で呼ばわっていた太郎冠者は、様子を見に来た主人と出くわす。主人は太郎冠者に酒を振るまい、舞をまわせ、なんとかボロを出すよう仕向ける。和泉流のみに伝わる曲。
 主とのやり取りが済むと、シテはいったん幕内に入り、出てきたときには狸のぬいぐるみを携えていた。こげ茶色の丸い頭部に楕円形の動体と足を縫いつけた極めて簡素な作りだが、首にかけた紐で吊るされたおよそチワワ大のそれは、いかにもvital signゼロに見え、可愛いやら哀れやら。主人に声をかけられ、何とか隠そうとするのが見所。酒を飲む時も、舞を舞うときも、腰に下げた狸を庇いながらするのが面白い。酒を飲ませてから以降はやや冗長という気もした。大げさでなく淡々と演じ、それが良かったと思う。
結局酔いが回った太郎冠者は、狸の存在を忘れ、舞っている最中に主に奪われてしまい、何だこれはという事で終曲。

能 「朝長」懺法
シテ 山本 順之
ツレ 浅見 慈一
トモ 馬野 正基
ワキ 殿田 謙吉
ワキツレ 則久 英志、御厨 誠吾
アド 三宅 右近
笛 藤田 六郎兵衛(藤) 小鼓 大倉 源次郎(大) 大鼓 安福 健雄(高) 太鼓 金春 國和(金)

元雅作と考えられている。修羅能だが、前シテと後シテは別人格であり、カケリは挿入されない。動きは少なく語り中心。
「懺法」とは禅宗に伝わる太鼓、鉦を用いた観音法要の事。詞章にも懺法の文字が見え、最近の研究によると創作当初からこの演出を考慮に入れていたらしい。時代が下るに従って洗練され、現行になった模様。太鼓方にとっては重習いであり、國和師は本日が披き。太鼓後見2名が番組に記載されている事からも、いかに重要視されているかが具間見える。

橋掛りを歩んで来る囃子方を見て、「源次郎師、そう言えば久し振りだよなぁ」と思いつつ、見ているのは腰に当てた右手である。裃着用。
名ノリ笛に導かれてワキ登場。その佇まいと足取りからかつての主のための巡礼という雰囲気が漂う。
次第でシテ以下登場。藤田師の笛、以前に比べると華やかさに欠ける気もするが、ともすれば旋律的な美しさに流れ勝ちであったその音色は無駄なものを削ぎ落としたようで、私にはこの方が好ましく響く。大鼓が打ち出した瞬間に位が決定づけられたように感じられ、初めての感覚に驚く。三人の同吟が長く続くが、ほどほどの緊張感を保っていた。慈一師の後姿に若干締りがなく思えたが、着付けの所為もあったかも。山本師は大変小柄なので、女性の姿は可憐そのものであるが、その謡は滋味があり、芳醇。語リは下居姿のまま長時間続くが漫然とせず、相当苦しいだろうと思われるのだがそん事は微塵も感じさせなかった。このように端然とした下居姿を見るのは久々のような気がする。朝長の最後の場面は過剰な思い入れなく、客観性を持って淡々と語られるが、だからこそ朝長の哀れさが引き立つのだと思う。引き込まれる力強さを持った語りであった。面使いが巧みで、僅かに上向くと詞章の通り、彼方に荼毘の煙が立ち昇るようであった。
ワキに朝長の供養を依頼し、シテ以下中入。アイとの問答、語りの間に太鼓後見である三島元太郎師によって、新たな太鼓が運び込まれる。なぜ別の楽器が必要なのか、この時点では不明。
ワキ、ワキツレによる待ち謡の後、いよいよ懺法の開始。國和師を惣右衛門師が見守る。これまで意識した事はなかったが、さすが親子だけあって、こうやって比べてみると両者の顔立ちはやはり似ている。
打ち出された太鼓の音は、常とは全く異なった低く、太い音。調べ緒をだいぶ緩めてあるのだろうか。これでなぜ新しい楽器が必要なのかが判明。掛け声も通常の軽やかなものとは異なり、押し殺したような独特なもの。長い間を取って一音一音打たれる。その音に耳を傾けながら、立ち止まりつつ橋掛りを歩む後シテ。かつて経験したことのない密度の濃い時間が流れて行く。太鼓の音は、私には耳に馴染んだ法華の太鼓にどこか似ているように感じられた。「清経」の音取は劇の流れを分断する事が不満であったが、同じく分断するにしても、こちらはわざわざ行うだけの意味と効果があるように思われる。観る者も、そしておそらく演者も、到達点に向けて意識を集中して行くような、そんな時間だった。
後シテの面は今若か。緋の厚板に萌黄の法被だが、あまり良い色合わせだとは思えず、装束の組み合わせは同輩の浅見真州師に一歩を譲るか。
本舞台に入り、鬘桶に腰掛けてから主に地謡によってこの世の生の儚さ、父や兄の最後、自身の最後の様子が語られるのだが、ここにきて不眠がたたり、半覚醒状態となる。退屈なわけでは全くないのだが。無念。二人の弔いに感謝し、後生の心配はいらないからと語る朝長、ならば何故甲冑姿のままなのかと問う僧に、魂は成仏しても魄は修羅道に留まったままなのだと答える。朝長の優しさと武士の身の業の深さとに、戦の空しさが漂う。中ノリ地で負傷の場面が語られるが、膝頭を射抜かれたという事は半月板を損傷したのだろうか。耳にするだに激しく痛そうである。
地頭の銕之丞師以下、銕仙会の中堅、若手で構成された地謡。最近これらの構成での舞台が増えたが、いい事である。「地謡の銕仙会」と呼ばれた頃に比すと物足りないという意見もあるが、昔を振り返っているだけではどうにもならない。目標は高く、今出来る事を精一杯やることが肝要であろう。
番組に懺法小書演出のため、終曲後太鼓のみお調べがある。拍手はその後に賜りたい旨明記されていたのだが、シテの幕入り寸前に盛大な拍手が起こってしまい、以下、各役退出ごとに同様の結果。さらに太鼓のお調べが済んでいないのに席を立ち、慌てて座り直す人までいる始末。良い舞台であったのに締めくくりがこの有様で残念であった。拍手したり席を立った人は高齢者が多く、細かい字まで読む気になれなかったのかも知れないが、心中複雑。能に安易な拍手は不必要だと改めて思う。

中正面後列脇正面寄りという席で、舞台を遮るものがなく、見通しが良かった。騒音を立てる人や前傾姿勢で観る人等が周囲におらず、久々に落ち付いた観能。しなやかな指先に唾をつけ、調子駒(だったか?)を湿らせる源次郎師も素晴らしいアングルでばっちり拝めた。「パーツ愛」の神様は、今日も私に微笑みかけてくれたようである。


こぎつね丸