観能雑感
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2003年05月17日(土) 夜霧よ今夜もありがとう

夜霧よ今夜もありがとう

注:本文とタイトルは無関係であり、本文と能楽との関連性は極めて稀薄である。以下、筆者の嗜好の吐露。

放送大学の特別講座として「世阿弥と現代演劇」(タイトルうろ覚え)なる番組が放送された。2002年に開催された世阿弥シンポジウムから、主に海外の演劇関係者の発表、インタヴューを中心に構成されていた。興味深い話満載であったが、ここで重要なのはその事ではない。
番組の終了真際、参加者である大倉源次郎師による囃子についての解説と実演が流れた。時間にして僅か数分だが、個人的にはprecious momentだったのである。
果たしてどのような解説なのか、そして掛け声ではない源次郎師の声とはどんなものなのか。TV番組として放送される機会などそうあるはずもない。すかさずビデオをセットした。
黒いジャケットに白のスタンドカラーのシャツというスタイルの源次郎師、左手にマイクを持って、若干ハスキーな、落ちついた声で言いよどむ事もなく、掛け声の意味、機能等について手際良く解説する。恐らく解説付きの演能会等で慣れているものと思われる。話は大変面白かったがここで重要なのはその事でもない。
唐突だが私は美しい手が大好きである。人は自分にないものに惹かれる傾向があるという。自分の手は指が短く太いため、美しさとは対極にあり、余計にそう思うのかもしれない。そんな訳で、常日頃手に対する観察は怠らない。意識しなくてもつい見てしまうのだ。至近距離で見たことはもちろんないが、源次郎師の手は前々から惹かれていた。TV放送された能の映像を見ていたとき、「ん?」と思ったのが最初である。囃子方がアップになっときに、期待は確信へと変わったのであった。それ以来能楽堂でも源次郎師が登場すると手を注視してしまうようになった(手のみ見ていて能を観ていないわけではない。念の為)。
しかし今回はかつてないほどのアップ、さらに右手に拍子を取るための扇の骨だけのような木片(寡聞にして名称を知らない)を握っているのだ。握っているという事はつまり指を曲げているという事であり、指の長さを真に実感するのはただ伸ばしている時ではなく、曲げている時なのである。
木片を挟んで第二関節(あやふやな記憶だが、指の関節は付け根から数えるはず)で曲げられた指は、曲げているのかと疑いたくなるくらいすんなりと伸び、第三関節までの距離が長い。指が長いという事はすなわち関節と関節との間隔が長いのだという事を、眼前に突き付けられた。
美しい手と一口に言っても好みは千差万別であるが、私にも幾つか基準がある。まず肉厚であってはいけない。指は細く長く、骨格を感じさせつつも決して骨太ではあってはならない。関節ごとのふくらみは、あまりなく、直線的な方がいい。指先は四角く平らであるより、鋭角的であるものを良しとする。ツメは短く小さいのはダメで、長さは十分にあるのが良い(ツメを伸ばしているという事ではなく、もともとの大きさについてである)。手、本体だけでなく、手首も重要である。幅はあっても構わないが、厚みはあってはならない。どういう事かというと、手のひらを横にしたとき(親指が上にくる状態)、薄くなければならない。
以上の観点から、源次郎師の手は私としては申し分ないのである。拍子を取る右手を注視しつつ、心中は━━━(゚∀゚)━( ゚∀)━(  ゚)━(  )━(  )━(゚  )━(∀゚ )━(゚∀゚)━━━!!!!! であった。今の所、源次郎師は私の「美しい手ランキング」2位である。1位は映画「カストラート」の主演俳優、ステファノ・ディオジニにである。彼が1位である決め手は、「気持ち悪いのと紙一重」と言えるくらい長い指である。
よって、内田百けん(変換不可。門の中に月)の短編「山高帽子」で、友人の芥川龍之介をモデルにしたと言われている野口について「恐ろしく指の長い両手を〜」という記述を読んだだけでも内心嬉しさでいっぱいなのだ。
ちなみにパーツモデルの手のような、見られるという目的以外に存在しない、過保護な手は趣味ではない。手の美しさは用の美であると思っている。
以前源次郎師のHPに掲載されていた、鼓に調べ緒をかけている時(だったような気がする。うろ覚え)の、美しい手を堪能できる悩殺画像(あくまでも個人の嗜好である)を保存しておかなかった事を密かに悔やんでいたのだが、「パーツ愛」の神様(いるのか?)は、思いがけないところで私に贈り物をして下さったようである。
もし源次郎師に遭遇したならば(まずあり得ないが)、ぜひ手の型を取らせていただきたいものである。握手は遠慮させていただく。芸術品には直接手を触れてはならないのだ。
何て事を妄想する私は、これでも真面目な能楽ファンである。ええ、ホントに。ウソではない。決して…。


こぎつね丸