観能雑感
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2003年01月17日(金) 国立能楽堂定例公演 

国立能楽堂定例公演 PM6:30〜

風邪をひいたようだ。喉が痛い。ボーっとする。寒気もする。動けないほどではないので出かけるが、集中力散漫になってしまったことは否めない。薬による眠気の影響もある。よって今回の記述は断片的に終始する。無念。

狂言 「痩松」(和泉流)
シテ 野村 万禄
アド 野村 与十郎

昨年秋に観た大蔵流のと同趣の曲。女性を襲った山賊がその女性から反撃を受ける話。
全体的に平板な印象。山賊はあまり生活苦にあえいでいるという雰囲気がなく、戦利品をあれこれ物色している様子も真実味に乏しい。荷物を奪われた女性の怒りと反撃もなんだか取って付けたよう。人物描写に奥行きが感じられないまま終わってしまった。山本東次郎、泰太郎の「金藤左衛門」と比べるといかにも物足りない。

能 「求塚」(宝生流)
シテ 高橋 章
シテツレ 大友 順、小倉 伸二郎、和久 荘太郎
ワキ 宝生 閑
ワキツレ 大日方 寛、御厨 誠悟
アイ 野村 萬
笛 一噌 仙幸(噌) 小鼓 横山 貴俊(幸) 大鼓 亀井 忠雄(葛) 太鼓 三島 元太郎(金)

とことん悲惨な話である。シテの少女にこれといった罪はなく、にもかかわらず永遠に地獄の責苦を味わあねばならない。
閑師、風邪気味なのかお疲れなのか、声が若干擦れ気味。大事になさっていただきたい。
白い水衣に見を包んだシテ、ツレの橋掛りでのやり取りが暫く続く。始め同吟が不揃いだったがすぐに解消。早春、所々雪が残る野原で菜摘をする、おおらかな場面のはずなのだが、こちらの集中力が欠けている所為か、なんとなく過ぎてしまった。ツレの面は小面、シテは若女かと思ったが空木増(この字でいいのか?)とのこと。小面はあまり頬がふっくらしていなくて、きりりとした印象。流儀の主張だろうか。シテのみ白地の縫箔。
シテの謡にあまりノリが感じられない。のっぺりした印象。ワキに求塚の由来を話している時、三人称から突如一人称に変化する不気味さも素通りして行ってしまった。
間語で菟名日処女をめぐって争った二人の男性の後日譚が語られるのだが、一人は武器を持たずに塚に埋葬されたため、通りがかった旅人の夢に現れ刀を借り、翌日目を覚ましてみると血塗られた刀が残されていたという、空恐ろしい部分もあった。男性二人は川に身投げした彼女の後を追い、同じ塚に葬られる。よりによって同じにしなくてもいいじゃないかと思ってしまうのは現代人の感覚だからか。死して尚争いを止めない二人は目的と手段が逆転しているようで、これも責苦の一種なのか。
萬師、萌黄の入った熨斗目着用で早春らしさが出ていて良かった。こちらも声が擦れ気味。やはり風邪なのか。愛煙家とも伝え聞くので、くれぐれも大事になさって頂きたい。
ワキの待謡に誘われて後シテが塚の作り物から登場。出端が囃されるのだが、脇能の後ジテの出以外で出端を聴くのは今回が初めてかもしれない。なんという重苦しさ。後に語られる死後の苦しみを予感させるようでもある。しかし囃子になんとなく不統一感が残った。
後シテ、面は痩女、薄萌黄の大口に春の草花(だと思う)が織り込まれた白練。扮装はいかにも早春らしく美しいが、語られる死後の責苦は陰惨そのもの。言い寄る男性を選別するつもりで射らせた鴛鴦は鉄の嘴で脳髄をついばみ、その二人の男はこちらにこいとしつこく手招きし、逃げ様にも辺りは火と水に囲まれ、思わずしがみ付いた柱は火炎を上げ身を焼く。優柔不断さゆえに要らぬ殺生をさせたのは確かに罪かもしれないが、何もここまで苦しめなくても良いのではと思う。何と言っても彼女はまだ幼いのだし。優しさがかえって残酷な事は往々にしてあるが、昔も今も変わらない人の気持ちのすれ違いを容赦なく描いている。詞章は凄惨極まるが、舞台としてはこちら側の集中力不足のためか、あまり心に響いてこない。
 僧の読経で苦しみから開放されたのも束の間、彼女はまた塚の中へと戻って行く。永遠に繰り返される責苦。それが彼女に与えられた罰なのだとしたら、あまりにも残酷である。
シテと地謡との間に微妙な齟齬があったのか、全体的に散漫な印象。こちらの集中力が大分欠けていたのは事実だが、それだけではないと感じたのも事実。
もう少しでシテが幕に入るというところでやはり起きてしまう拍手。こういう内容の曲と拍手は全くもって合い入れない。今回に限らず、演能中ぐっすりお休みの方に限ってすごい勢いで拍手してしまうのは気のせいか。
後見に出る予定だった宗家は欠勤(先週の流儀の定例会には出ていたが)。私が開場に到着した時点でこの立て札(文字通り立て札なのだよ、これが)は出ていなかったと思う。舞台を観てまたかと思ったのみ。もはや驚かない。本当に「急病」なのか、はたまた例の病が関係しているのか定かではないが、この先どうなるのだろう。

付記:国立能楽堂主催の公演では月ごとにパンフレットが発行されるが、本曲の地謡が謡うところをシテ/ツレとしてある個所がいくつかあった。珍しい印刷ミス。こういう事はきちんとフィードバックすべきなのだが、風邪でボーっとしていたためご意見記入用紙の存在などすっかり忘れ果てていた。


こぎつね丸