観能雑感

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観能雑感
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2002年10月27日(日)

喜多流職分会自主公演

喜多流職分会自主公演

喜多流の定例会を観るのも喜多能楽堂に行くのも今回が初めて。10：30整理券配布、11：00見所入場と番組表に記載があるが、どれくらい混雑するのか見当がつかず、朝も極めて弱いため、10：50くらいに会場に到着。番号は89番だった。目黒は遠い…。
席を確保してから周囲をぶらつく。駅に向かって歩いていると、本日ご出勤の高井松男師らしき人が反対方向から歩いてくる。黒の上下に白いコートがお似合い。でもやはり顔が怖い…。
楽屋入り口前の駐車場に、シルバーメタリックのポルシェを発見。どなたの所有でございましょう？
やはり正面席には座れず、正面寄り中正面に着席。こぢんまりした見所。椅子の座り心地は良い。

仕舞
兼平　　粟谷　浩之
扇を2本使った仕舞は初めて観た。
六浦　　大島　輝久
注目の若手だけあって、上半身の安定した良いカマエ。声にも張りがある。鍛えた謡の声。
松山鏡　　佐々木　多門
小顔。現代人だなぁと思う。まだ謡の声とは言えないような気がした。
とにかく地謡が揃わなくて気持ちが悪かった。4人しかいないのになぜ？

能　「敦盛」
シテ　内田　成信
シテツレ　井上　真也、粟谷　充雄
ワキ　高井　松男
アイ　山本　泰太郎
笛　松田　弘之（内潟　慶三師の代演）（森）　小鼓　幸　信吾（幸）　大鼓　亀井　広忠（葛）

まず嬉しかったのが笛の代演。最も好きな笛方の松田師であるが、なんと3月以来まったく聴いていない。少なからず能楽堂に通っているのだが、廻り合わせが悪いのか。キレイというよりは、骨太で力強い音。表面的な叙情性では太刀打ち出来ない芯の強さ。音と息の混じり具合が絶妙だと思う。ヒシギを聴いて、久方振りの再会を喜ぶ。
小鼓の掛け声がどうもなじめない。なんと形容したらいいのか。「ふぉーん」というよなカンジ。声は好き嫌いが激しく別れるところなので何とも言えないのだが、気になる。
この曲はワキの僧とシテの亡霊が極めて近しい間柄、討った者と討たれた者である。しかし掛合いの中に、その滲み出てきてしまう因縁が何故か感じられない。シテが正体を明かした後も、その印象は拭い去る事が出来なかった。シテからの訴えかけが弱いというより、感じ取れなかった。型付けの通り舞っている、その先にあるシテの想いが伝わってこない。能の強い訴えかけとは、どこから生じるのだろうと考えさせられた。
上記のような理由で男舞はシテよりもつい笛方を見てしまった。力量のないシテは吹き飛ばされてしまうくらいの力強い旋律。逆に笛の強さがシテを助けている面もあったと想う。本日最大の収穫は松田師のこの男舞だった。控えている姿も内に力を込めているような風情で個人的には大変好ましい。
アイの泰太郎師、やはり痩せたようである（先日はビナン鬘使用だったので、断言できず）。アイ語りになるとやはり力みがあるが、忌避するものではない。
地謡、やや平板。ところどころ揃わない。しかし…。次の能にはもっとスゴイものが待っていたのだった。

狂言　「昆布売」
シテ　山本　東次郎
アド　山本　則直

供を連れずに出かけた大名が出会った昆布売りに太刀持ちをさせるが、逆に太刀を奪われ昆布を売はめになる。
大名の東次郎師、先日の盗賊とやはり声色が微妙に違うような気がする。使い分けているのだろうか。所作のひとつひとつが丁寧で目を引く。初めは確かに優位に立っていたはずの大名だが、いつの間にか昆布売りと立場が逆転。狂言では頻出するパターンだが、庶民の到底叶う事のない願望が託されているのだろう。平家節や小唄節を唄って見本を見せる昆布売りを、無邪気に見つめる大名が可愛いらしい。声を出しているときだけが演技ではないのだ。兄弟の異なる音色を持つ声が心地よい対比をなす。笑わそうという意図はまるでないかのように思えるほど表情を作らず、話の流れそのもので笑わせる、そういう山本家の芸風が自分には最も好ましい。楽しい時間だった。

能　「井筒」
シテ　塩津　哲生
ワキ　森　常好
アイ　山本　則孝
笛　一噌　隆之（噌）　小鼓　北村　治（大）　大鼓　柿原　弘和（高）

　言わずと知れた名曲。登場人物も最小限、動きも少なく、能でしか表現できない独自の世界を描き出す。しかし…。予想だにしなかったのだが、苦痛の時間となってしまった。
　塩津師、シテを観るのは初めてなのだが、思ったより謡に張りがなく、声量も少なめ。意外。登場からシテはほとんどその場所を動かないのだが、それがちょうど柱に隠れてしまった。席の選択を誤まったか。
地謡、初同からバラつく。クセの出が逡巡したと思ったら、その後は全く揃わない。地頭云々というより、それ以前の問題。いつも謡い出しが揃わず、地頭を聞いてから出ているのかとも思うのだが、それで後が揃っているかというとやはり不揃い。不響和音を延々聞かされているかのごとく、気分が悪くなる。これでは美しい詞章を味わうどころではない。睡眠不足のせいか朝から頭痛がしていたので、ちょっとうとうとしてしまうかも…と心配していたのだが、この点に関してのみ、全くの杞憂だった。眠れる能は良い能だと言われるけれど、確かに酷い能だと眠れない。
頭痛が増してきたので、アイ語りは目を閉じて聴いた。則孝師、山本家の中では珍しく（酷すぎ）細身。若手でも山本家のアイは安心して聞いていられる。
後ジテ、全身が微かに震えている。体調不良か？序ノ舞にこちらに訴えかけて来るものがない。井戸を覗き、業平と一体化した己の姿を見つめるところでは声も擦れ気味。地謡、相変わらず揃わず。
全く作品世界に入って行く事が出来なかった。自分がこれまで観た舞台では最悪の地謡。能の骨格であり、彩りである地が良くないと、能自体が観るに耐えないものになる。これまで自分が観た喜多流の舞台は良い部類だったのだなぁと思った。層が薄いのはシテ方五流中最小人員ゆえ仕方なのか。小さいからこそ全体に目が届きやすいとも言えるはず。今後に期待したい。
「井筒」を観るのは2回目だが、満足した舞台に出会っていない。今回期待していただけに残念。

仕舞　殺生石　　松井　彬
地謡は先の仕舞より良かったと思う。

能　「葵上」
シテ　狩野　琇鵬
シテツレ　狩野　了一
ワキ　殿田　謙吉
ワキツレ　則久　英志
アイ　山本　則重
笛　松田　弘之（森）　小鼓　幸　清次郎（清）　大鼓　國川　純　太鼓　大江　照夫（金）

世阿弥以前から演じられている曲。登場人物が減ったと思われ、やりとりに若干不自然さがあるが、見どころの多い人気曲。
先ずワキツレの大臣が登場。シテツレの巫女に葵上を苦しめている憑物の正体を調べさせる。巫女の誦読に合わせて橋掛りを歩むシテが、いかにも巫女により呼び出されて来たように見え面白い。面は泥顔。恨みというよりは哀しみが滲み出ているように感じられた。
この曲の見どころのひとつである、壺折にしていた唐織を引き被き、「枕に立てる破れ車、うち乗せ隠れ行こうよ」と謡う場面、多くの解説書は「葵上を連れて行く」としているが、林望氏の指摘どおり、「浅ましい己の姿を恥じて、車で隠れ行く」と解釈した方が、自然だと思うのだが、型では正先に置かれている小袖（葵上を表す）に詰め寄り覗きこむので、連れて行くのは葵上のように思える。演者の解釈次第か。
ワキの殿田師、山伏装束が良く似合う。この方のサラリとした謡、宝生親子とはまた違う魅力があって良い。祈りでの対決は一瞬危うさも見せて、面白く観る事が出来た。そして1日に2回松田師の笛が聴けるとは…。嬉しい。アイの則重師、本日のアイでは最も若い。真面目な芸。このまま伸びていってほしい。
詞章だと御息所は成仏する事になっている。生霊だからそれはまずいのでは…。
地謡はこの曲が一番良かった。地頭は友枝昭世師。地謡全てにこのクオリティを保持できれば素晴らしいと思うのだが、現状では難しいのだろう。

能は総合芸術である。どこか一点だけに目が行くのは全体としては不出来なのだ。全てに満足できる舞台に出会うのは、なかなか難しい。

こぎつね丸