観能雑感
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| 2002年10月13日(日) |
第72回 粟谷能の会 |
第72回 粟谷能の会 PM12:00〜 国立能楽堂
座席図から予測はついていたのだが、ちょうど目付柱が正面に来る位置の座席。中正面で観るのが好きなので、どうしてもこの手のリスクはある。小鼓方が隠れて見えない。源次郎さまが…。
能 「通小町」 シテ 粟谷 菊生 ツレ 長島 茂 ワキ 宝生 閑 笛 一噌 隆之(噌) 小鼓 北村 治(大) 大鼓 安福 健雄(高)
能の形式が定まる以前の古い形を持った曲。シテは後場のみ登場し、シテとツレとの掛合いで進行して行く。 ワキの僧に続いてツレの小町登場(登場時は勿論そうとは知れないのだが)。第一印象。でかい。背が高いのは事実なのだが、それだけでなく腰高で構えに安定感がない。謡は高く軽すぎるように思う。観る側にとってもツレの位取りの良し悪しを判断するのが難しいという事にやっと気付く。ツレが出る曲に対する経験値が不足しているためだろう。これから注意していきたい。 中入したツレが再び登場し、ワキ僧に戒をさずけてくれるよう頼むが、シテである深草の少々が幕内から声のみでそれを阻止しようとする。この謡出しが、いかにも一途な恋心を抱いたまま憤死した貴族という不気味な雰囲気を見事に形成していて、寒気を感じた程。面は痩男。若干構えに力がないが、加齢によるものか、役によるものか不明。僧に促されて百夜通いの様を見せるのが本曲の見どころと思われる。小町から「車を見付けられるのは困る」と言われ、粗末な服装に徒歩で夜道を一歩一歩歩いて行き、傘を取り落として「あら暗の夜や」と呟く様子が痛々しい。結局小町だけでなく少将も仏道に目覚めて成仏するというあっさりした幕切れ。菊生師、下居から立ち上がる際、後見の助けを借りたのみで、見事に勤められた。ちょっとした面使いなど、上手いなぁと思う。ただ、やはり加齢による影響は避けられない。声に少し力がなかったように感じたが、気の所為か。 今回は地謡がいまひとつ。初同でいきなりバラけてどうなるかと思ったが、あまり改善されないまま終曲。それでも飛び出すくらい勢いのある若手がいたほうが、まだいいと思う。
能 「野宮」 シテ 粟谷 明生 ワキ 宝生 欣哉 アイ 野村 与十郎 笛 一噌 幸弘(噌) 小鼓 大倉 源次郎(大) 大鼓 亀井 広忠(葛)
本三番目物でシテが高貴な女性六条御息所という難しい曲。明生師は初役だろうか。 幸弘師の透明感のある名ノリ笛でワキ登場。この曲に次第はないが、欣哉師が秋の寂しい情景を浮かび上がらせ場を形成し、そこに次第によりシテ登場。面は若女か。この次第が重かった。間延び寸前の重さ。否な予感…。続くシテの次第もやはり重く、そのためかどうかは不明だが、睡魔に襲われる。不覚。完全に眠ってしまうわけではないのだけれど、半覚醒状態が終曲まで続いた。退屈なわけではないのだが、能を観ていると眠気を感じるのは仕方がないのか。α波を誘発される。体調が悪い時など眠りたい訳ではないのに効果覿面である。今回は夜型生活が続いているツケか…。 悪くはないと思う(半覚醒状態でこんな事を言える立場ではないのだが)。しかし重さに必然性がいまひとつ感じられず、どこか散漫な印象を受けた。上演時間は2時間を少し超える程。いつもなら至福の時間である序ノ舞も、今回はあまり楽しめなかった。しかし段が進む程にシテの執心が剥がれ落ちて行くように感じられた。御息所は「家宅の門」を出ることができたのだろうか。 危惧していた拍手がやはり起こってしまう。こういう曲に拍手は不要だと思うのだが、どうだろう。
狂言 「樋の酒」 シテ 野村 萬 アド 野村 与十郎、橋下 勝利
主の留守に召使二人が酒盛りをしてしまう話。米倉に居る太郎冠者に酒蔵にいる次郎冠者が樋で酒を飲ませるのが見どころ。 萬師、本当に美味しそうに酒を飲む。相当な酒豪らしいが、下戸に酔う演技はやはり難しいのだろうか。すっかり気が大きくなった二人が小唄を唄い合うのが楽しい。与十郎師は自然で品があって良い。萬師を受けつつ自分のペースを保っている。 主人が帰宅してもしつこく酒を飲み続けるのが庶民の逞しさを描いていて面白い。こういう時の萬師は最高である。
能 「黒塚」 シテ 粟谷 能夫 ワキ 森 常好 ワキツレ 舘田 善博 アイ 野村 祐丞 笛 一噌 幸弘(噌) 小鼓 鵜澤 洋太郎(大) 大鼓 佃 良勝(安福 健雄師代演) 太鼓 金春 國和 (金)
安達ケ原の鬼女伝説を下敷きにした曲。業の哀しさを描いている。 ワキの山伏登場。中世では東北は正に「秘境」。次第で見知らぬ土地に思いを馳せたのだろう。日が暮れたので宿を求めるが、主の女性は侘しい住まいだからと一度は断るが重ねて乞われてついに承諾。かなり強引な頼み方なのだが受け入れるのはシテの優しさだろう。ここまでシテは作り物の萩柴屋の中に居る。ちょうど柱に隠れて見えず、戸を開けて出てきてからやっと面が痩女であることが分る。 宿を借りているくせに態度が大きい山伏はシテの主に枠桛輪(糸車)を回して見せろ言う。シテは車を操りながら世の儚さと廻る輪廻のやるせなさを語る。このあたりに自らの鬼性を空しく思う心情が表れる。車の糸を手繰る際、1回空振り。面の視界は本当に悪いのだということを改めて認識する。 薪を取ってくるからとシテは席を立つが、決して自分の閨を覗いてくれるなと頼む。そんな事は勿論しないという山伏。シテは常座と一ノ松を過ぎたあたりで念を押すように振り返るが、そのまま足早に幕入り。思ったよりあっさりしていた。 中入後、アイの能力がコミカルな演技で閨を覗こうとするが、山伏に気付かれて失敗。三度目にやっと成功し折り重なって腐臭を放つ死体を発見、慌てて報告。山伏達も早速逃げようとするが返ってきたシテと鉢合わせ。後シテは般若の面に白頭。集めて来た薪が哀しい。後は山伏の法力に屈して逃げて行くのだが、山伏に対する怒り、自分の鬼性に対する怒りがあまり伝わってこない。もっと激しく抵抗する様を見せても良いのではないか。なんだか最初から負けてしまっている風なのだ。 逃げて行く女は己の業から開放されたわけではない。また人を喰らって生きて行くしかないのだ。哀しい。
休憩時に高桑みどり氏を発見。思ったより背が高かった。
こぎつね丸
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