29号の日記
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| 2005年10月14日(金) |
グレートウォリアーズ |
ヤフオクで落札した中古DVD「グレートウォリアーズ」を観る。 レンタル屋を2、3軒探したんだけど、置いてないので、敬愛するヴェルキンゲトリクス(この作品の主人公)に免じて購入。 ヴェルキンゲトリクスとは古代ローマ時代のガリアの英雄。ガリアとは現在のフランス一帯。但し、現代と違い、統一国家はなく、ライオンの生息する森に、ガリア人と総称されたケルト系の人々が、多くの部族に分かれて半猟半農の生活を営んでいた。弥生時代の日本と同じような状況下にあったと考えて酔うだろう。
ガリア人の城塞都市。整然とした石積みの城壁に囲まれた中に、中世のものと余り変わらない立派な家が立ち並ぶ。ちょっと違うんじゃないの?と思う。文明の発達具合が弥生時代レベルの筈なんだから、せいぜい、自然石を積み上げただけの城壁に、掘っ立て小屋のような家で、全体としては吉野ヶ里遺跡のような「環濠集落」的なものだったんじゃないの?と思うのだが。 ガリア人の着ているものも、なんだか違うぞと思う。後の中世の農民でさえ、ぼろのような服をまとっていた筈だが。中には、これって、現代のポロシャツを染め直しただけじゃないか?と思われるものがあった。 さて、ヴェルキンゲトリクス役の俳優は、ロン毛の似合うかなりの色男。で、今回、敵役として登場するカエサル(字幕ではシーザーと書いてあったが、わざわざ英語訛りの発音で呼ぶ必要性を感じないので、以降カエサルで統一。それにしても、古代ローマ人が英語を話すのは違和感感じる。せめて人名くらいはラテン語で呼んで欲しい。)は、ちょっと中年太り気味で、頬がたるんだおっさん。確かにこの時点でカエサルは中年の筈だが、仮にも世界史で10指に入る英雄なんだから、もうちょっと引き締まった中年を俳優に選ぶべきなんじゃないかなと思う。 しかも、このカエサル、本物と違い、ちょっと鈍すぎる。ローマ重装歩兵が陣形を整えて城下に迫ったところで、城内から、兵士に向かって、生きた鶏が投げ下ろされる。兵士が鶏の奪い合いを始めるが、カエサルはあっけにとられているだけ。通常の指揮官なら、「何をしている!(これは我が軍を混乱させようとする敵の罠だ!持ち場に戻れ!)」と兵士に一喝するべきところ。ましてカエサルなのに、ぼんやりあっけにとられているだけとは、シロウト以下じゃん。
両軍の決戦の場となったアレシアの戦い。援軍を至急にとのヴェルキンゲトリクスの使いの者を前に、援軍を求められた城では、どの部族の者を援軍の総大将に選ぶかで揉めた末、結局、総大将が4人!という異常な事態に。国家として統一されていないとは、外敵に対して一致団結して当たれないという意味でかくも脆弱なものなんだと改めて思い知らされる。
ようやく援軍が到着するも、4人の総大将のうちの一人が、功をあせるあまり、「攻撃はかけるな(睨み合ったまま兵糧攻めにしろ。)」とのウェルキンゲトリクスの命を無視し、ローマ軍を攻撃。他の総大将も、抜け駆けは許さんと攻撃を開始したのを見て、ローマ軍の守備の完璧さを熟知している彼は嘆息。ああ、その気持ち、すごく分かるよ。
結果として、ガリア部族連合軍は大敗。突撃したガリア部族連合に対し、ローマ軍の矢の雨が降り注ぎ、後には死屍累々。ここの表現も正確ではない。単に狙ったんじゃなくて、ローマ軍は、突撃不可能なように、自陣の前に「堀」「茨を積み上げた障害」「落とし穴」をこしらえていたので、本当なら、「突撃している」ガリア兵にではなく、「茨に服がひっかかってまごまごしているガリア兵」や、「落とし穴にはまっているガリア兵」の頭上に矢の雨が降り注いだ筈である。
ともかく、その、本来、自分のせいではない敗北の為に、彼は、ローマ軍の陣へと向かう。「降伏する。自分の命と引き換えに、ガリア人の捕虜、それに城内に残っている者達の命を保障してくれ」と、本来ここで言ったはず。
俺がヴェルキンゲトリクスに惚れ込む理由はこの彼の言葉にあるのだが、この作品では彼からこの言葉は出てこなかった。おいおい、この言葉こそが最大の見せ場じゃないか。
まあいいだろう。日本では余り知名度が高くなく、海外では映画として上映されたにも関わらず、日本では映画としては上映されなかったらしいから。彼に関する作品を観られるというだけで、ありがたいと思うようにしよう。
ちなみに、俺がヴェルキンゲトリクスを知ったのは、確か「世界不思議発見」かなにかのテレビ番組で、カエサルをテーマに取り上げたものだった筈。その時テレビに映っていたヴェルキンゲトリクスは、上半身は裸に近く、文身(両腕にトライバル風のタトゥーあり)の猛者だった。この作品での「イケメンのヴェルキンゲトリクス」とは随分違う。多分、テレビ番組の方が本当に近いんだろうけど、俺はどっちも好きだ。
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